第438話 目線を低く保つ
-【長野にまつわるレジェンド篇】白土三平-
[2024.01.20]
Podcast
常に弱者の視点に立ち、『サスケ』『カムイ伝』などの名作を遺した、漫画家のレジェンドがいます。
白土三平(しらと・さんぺい)。
白土にとって、長野県上田市真田町で暮らした少年時代は、自身の稀有な作風の原点だったと、のちに回想しています。
光文社の漫画雑誌『少年』に、1961年から1966年まで連載され、アニメ化もされた『サスケ』。
江戸時代、甲賀流の少年忍者・サスケが、さまざまな刺客と闘いながら成長していく様を描いた傑作ですが、絵柄の子どもらしさとは対照的に、登場人物たちは、理不尽に、そして残酷に切られ、死んでいきます。
そこに救いはなく、哀しさと寄る辺なさだけが余韻として残るのです。
彼のライフワークになった『カムイ伝』は、階級差別を受ける出自を持つ主人公が、冷酷な社会に対峙しながら、自然の猛威にも翻弄され、「食うために生きぬく」姿を描いた、名作です。
白土は漫画の中に、当時では珍しい、解説を差し込みました。
少年たちは、それを読み、枯れ葉を集め、雲隠れの術を真似たのです。
忍者たちが切り合った場面を画いた後、どんなふうに刀を使ったか、スローモーションで見てみましょうと、刀さばきも解説しました。
戦時下、中学生の時に都会から長野に疎開してきた、白土少年。
彼の父が、「日本プロレタリア美術家同盟」に属する画家だったことも重なり、中学での扱いは決して優しいものではありませんでした。
配給の長靴はもらえず、彼は片道2時間かかる雪道を、藁草履で通い続けたのです。
さらに白土少年を驚かせたのは、過酷な自然との闘い。
イノシシを解体する様子を間近で見ました。
ひとは、平気で差別し、階級をつくる。
ひとは、生きるために、獣をさばき、野山をめぐる。
この体験は、彼の心に深く刻まれ、生涯、忘れることはありませんでした。
戦国の世の無常を描いた、唯一無二の漫画家・白土三平が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
忍者を扱った漫画で、世界的にも有名な白土三平は、1932年2月15日、東京、杉並に生まれた。
父は、画家の岡本唐貴(おかもと・とうき)。
ダダイズム、シュールレアリスムの影響を受けた、プロレタリア作家だった。
白土が幼い頃から、特高に目をつけられる。
「アカ」というレッテル。
小林多喜二とも同志だった。
父は、資本主義や軍国主義に真っ向から反対し、たびたび捕らえられ、拷問を受け、無残な姿で家に帰ってきた。
幼い白土には、わからない。
なぜ父が、お上がダメだと言うことをやり、自分の意見を変えないのか。
傷だらけの父は、腫れあがった口もとをおさえながら言った。
「いいか、よく聞け。
まだおまえは小さいからわからないと思うが、弱いひとを救える社会でないと、ダメなんだ。
強いひとが、何かを持っているひとが、弱いひと、持っていないひとを救える社会でないと、ダメなんだ。
戦争は、よくない。
戦いは、何も生まない。
侵略は、あらたな侵略を生むだけなんだ」
逃げまどい、家を転々とする。
神戸、大阪。住む場所はいつも、中心地からはずれた、虐げられたひとが暮らす村だった。
漫画家・白土三平が、5歳か6歳の頃。
大阪で長屋暮らしだった。
川があり、神社があり、丘があり、森があった。
白土が、初めて自然に触れた場所。
父を訪ねて、よく顔を見せる男性がいた。
たどたどしい日本語の高さん。
拷問を受け、外に出歩けない父の代わりに、白土と遊んでくれた。
家にくるときは、モクズガニの塩辛やキムチを持ってきた。
あるとき、白土は、高さんにわがままを言った。
「亀がほしい」
高さんは、幼い白土をひょいと肩車して、ズボズボと近所の池に入った。
獲れたのは、大きなイシガメ。
うれしかった。父に自慢する。
泥だらけの高さんを見て、寝たきりの父は怒った。
「亀が欲しかったら、自分でとりなさい!
誰かにねだるのは、資本家がやることだ!
そんな亀、逃がしなさい!!」
なぜ、叱られるのか、わからない。
亀は、手放したくない。
こっそり甲羅に穴をあけ、飼うことにしたが、やがて、イシガメは姿を消した。
漫画家・白土三平は、12歳の時、長野県上田市にいた。
戦時下での疎開。
旧制中学への転校は、白土にとって過酷だった。
父が、「アカ」というレッテルを貼られている。
つまり「アカの子」。
それを悟られてはいけない。必死に隠す。
でも、国家的な行事や学校生活での祭りごとで、ことごとく孤立した。
先生に意味もなく叱られ、先輩には殴られた。
殴られた顔を父や母が見たら心配する。
白土は近くの川で顔を冷やし、腫れがひくのを待って、帰宅した。
常にお腹が減っていた。
野山に出かけ、山菜、キノコを採って、母に褒められた。
イワナを手づかみで獲れるようになると、自信がついた。
自然と一緒に生きる。
自然の恵みをいただく。
そのありがたさが、骨身にしみた。
信州の自然は、白土少年を鍛え、育み、多くのことを教えた。
漫画家になって、父の教えを具現化していることに気がついた。
幼いときは、父を怨んだこともある。
父のせいで、いじめられ、肩身の狭い思いをしてきた。
でも…一生を賭けて父がしてきたことを、尊敬できるようになっていた。
父の言葉がよみがえる。
「いいか、よく聞け。
まだおまえは小さいからわからないと思うが、弱いひとを救える社会でないと、ダメなんだ」
【ON AIR LIST】
◆サスケ / ハニー・ナイツ
◆サスケのわらべうた かあさんのうた / 岡田恭子
◆忍びのテーマ(『忍風カムイ外伝』より) / 水原弘
◆Alive / 倖田來未
【参考文献】
『白土三平伝 カムイ伝の真実』毛利甚八(小学館文庫)
『白土三平論』四方田犬彦(ちくま文庫)
白土三平(しらと・さんぺい)。
白土にとって、長野県上田市真田町で暮らした少年時代は、自身の稀有な作風の原点だったと、のちに回想しています。
光文社の漫画雑誌『少年』に、1961年から1966年まで連載され、アニメ化もされた『サスケ』。
江戸時代、甲賀流の少年忍者・サスケが、さまざまな刺客と闘いながら成長していく様を描いた傑作ですが、絵柄の子どもらしさとは対照的に、登場人物たちは、理不尽に、そして残酷に切られ、死んでいきます。
そこに救いはなく、哀しさと寄る辺なさだけが余韻として残るのです。
彼のライフワークになった『カムイ伝』は、階級差別を受ける出自を持つ主人公が、冷酷な社会に対峙しながら、自然の猛威にも翻弄され、「食うために生きぬく」姿を描いた、名作です。
白土は漫画の中に、当時では珍しい、解説を差し込みました。
少年たちは、それを読み、枯れ葉を集め、雲隠れの術を真似たのです。
忍者たちが切り合った場面を画いた後、どんなふうに刀を使ったか、スローモーションで見てみましょうと、刀さばきも解説しました。
戦時下、中学生の時に都会から長野に疎開してきた、白土少年。
彼の父が、「日本プロレタリア美術家同盟」に属する画家だったことも重なり、中学での扱いは決して優しいものではありませんでした。
配給の長靴はもらえず、彼は片道2時間かかる雪道を、藁草履で通い続けたのです。
さらに白土少年を驚かせたのは、過酷な自然との闘い。
イノシシを解体する様子を間近で見ました。
ひとは、平気で差別し、階級をつくる。
ひとは、生きるために、獣をさばき、野山をめぐる。
この体験は、彼の心に深く刻まれ、生涯、忘れることはありませんでした。
戦国の世の無常を描いた、唯一無二の漫画家・白土三平が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
忍者を扱った漫画で、世界的にも有名な白土三平は、1932年2月15日、東京、杉並に生まれた。
父は、画家の岡本唐貴(おかもと・とうき)。
ダダイズム、シュールレアリスムの影響を受けた、プロレタリア作家だった。
白土が幼い頃から、特高に目をつけられる。
「アカ」というレッテル。
小林多喜二とも同志だった。
父は、資本主義や軍国主義に真っ向から反対し、たびたび捕らえられ、拷問を受け、無残な姿で家に帰ってきた。
幼い白土には、わからない。
なぜ父が、お上がダメだと言うことをやり、自分の意見を変えないのか。
傷だらけの父は、腫れあがった口もとをおさえながら言った。
「いいか、よく聞け。
まだおまえは小さいからわからないと思うが、弱いひとを救える社会でないと、ダメなんだ。
強いひとが、何かを持っているひとが、弱いひと、持っていないひとを救える社会でないと、ダメなんだ。
戦争は、よくない。
戦いは、何も生まない。
侵略は、あらたな侵略を生むだけなんだ」
逃げまどい、家を転々とする。
神戸、大阪。住む場所はいつも、中心地からはずれた、虐げられたひとが暮らす村だった。
漫画家・白土三平が、5歳か6歳の頃。
大阪で長屋暮らしだった。
川があり、神社があり、丘があり、森があった。
白土が、初めて自然に触れた場所。
父を訪ねて、よく顔を見せる男性がいた。
たどたどしい日本語の高さん。
拷問を受け、外に出歩けない父の代わりに、白土と遊んでくれた。
家にくるときは、モクズガニの塩辛やキムチを持ってきた。
あるとき、白土は、高さんにわがままを言った。
「亀がほしい」
高さんは、幼い白土をひょいと肩車して、ズボズボと近所の池に入った。
獲れたのは、大きなイシガメ。
うれしかった。父に自慢する。
泥だらけの高さんを見て、寝たきりの父は怒った。
「亀が欲しかったら、自分でとりなさい!
誰かにねだるのは、資本家がやることだ!
そんな亀、逃がしなさい!!」
なぜ、叱られるのか、わからない。
亀は、手放したくない。
こっそり甲羅に穴をあけ、飼うことにしたが、やがて、イシガメは姿を消した。
漫画家・白土三平は、12歳の時、長野県上田市にいた。
戦時下での疎開。
旧制中学への転校は、白土にとって過酷だった。
父が、「アカ」というレッテルを貼られている。
つまり「アカの子」。
それを悟られてはいけない。必死に隠す。
でも、国家的な行事や学校生活での祭りごとで、ことごとく孤立した。
先生に意味もなく叱られ、先輩には殴られた。
殴られた顔を父や母が見たら心配する。
白土は近くの川で顔を冷やし、腫れがひくのを待って、帰宅した。
常にお腹が減っていた。
野山に出かけ、山菜、キノコを採って、母に褒められた。
イワナを手づかみで獲れるようになると、自信がついた。
自然と一緒に生きる。
自然の恵みをいただく。
そのありがたさが、骨身にしみた。
信州の自然は、白土少年を鍛え、育み、多くのことを教えた。
漫画家になって、父の教えを具現化していることに気がついた。
幼いときは、父を怨んだこともある。
父のせいで、いじめられ、肩身の狭い思いをしてきた。
でも…一生を賭けて父がしてきたことを、尊敬できるようになっていた。
父の言葉がよみがえる。
「いいか、よく聞け。
まだおまえは小さいからわからないと思うが、弱いひとを救える社会でないと、ダメなんだ」
【ON AIR LIST】
◆サスケ / ハニー・ナイツ
◆サスケのわらべうた かあさんのうた / 岡田恭子
◆忍びのテーマ(『忍風カムイ外伝』より) / 水原弘
◆Alive / 倖田來未
【参考文献】
『白土三平伝 カムイ伝の真実』毛利甚八(小学館文庫)
『白土三平論』四方田犬彦(ちくま文庫)