yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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第427話 自分に満足しない
-【建築の世界に革命をもたらしたレジェンド篇】辰野金吾-

[2023.11.04]

Podcast 

日本の近代建築の父と言われ、東京駅をつくった男として有名な建築家がいます。
辰野金吾(たつの・きんご)。
彼が手掛けた20以上の建築物は全国に点在し、100年以上の時を越え、いまなお、その堂々たる風格を見せてくれます。
日本初の石造建築として知られる、日本銀行本店本館。
和風建築の最高傑作、天見温泉の南天苑。
アインシュタインも講演を行った、大阪中央公会堂。
さらに、先月はこんなニュースで報じられました。
「辰野金吾のふるさと、佐賀県唐津市『旧唐津小学校』の校舎の礎石群が、唐津市役所で出土した」
辰野は、唐津を愛し、自らすすんで小学校の設計を引き受けたのです。
さらに、唐津の子どもたちのために奨学金を設定。
地域の発展のために尽くしました。

彼の建築技術は、頑丈で耐震性に優れ、「辰野堅固」と称され、彼が造った多くの建築物が現存する理由でもあります。
まだ建築家という職業がなかった時代に、近代建築の礎を築いたレジェンドですが、彼の残した金言には、謙虚なものばかりが並んでいます。
たとえば、「俺は頭が良くない。だから人が一する時は二倍努力してきた」という言葉。
辰野は、工部大学校、現在の東京大学工学部を首席で卒業して、国からヨーロッパへの留学を命じられても、「ほんとうに俺なんかでいいんだろうか、とにかく努力して、期待に答えるしかない」と考え、がむしゃらに建築に打ち込みました。
彼は、「うぬぼれる」というのを最も嫌悪しました。
英語が誰よりもうまいのに、さらにイギリス人について学ぶ。
建築に関しては、自分への追込み方が尋常ではありませんでした。
そこには、彼が味わった挫折の経験があったのです。
日本で最初の「建築家」のひとり、辰野金吾が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?


東京駅を造った建築家、辰野金吾は、1854年10月13日、肥前国唐津、現在の佐賀県唐津市に生まれた。
父は唐津藩の下級役人。
武士でありながら刀も槍も使えない、馬にも乗ることができない、まかない夫だった。
城下町の子どもたちに、バカにされる。
自分のことはいくら言われても我慢できたが、父親を侮辱されるのは許せなかった。
ただ、背も低く、痩せていて、力もない。
喧嘩しても、すぐ負けた。
悔し涙を流しながら家に帰ると、母に叱られる。
「おまえはもうじき、江戸にいる叔父さんの養子になる。我慢ができる子でないとつとまりませんよ」
7歳になったばかりの辰野に、母が与えた仕事は、水汲み。
一町半、およそ163メートル先にある井戸まで、1日5回から6回、往復させた。
手ははれあがり、肩には食い込んだ木桶の跡が消えなかった。
雨の日も風の日も、雪の日も。
母は休むことを許さなかった。
辰野は、やがて知った。
我慢する力は、自分を救ってくれることを。

建築家のレジェンド、辰野金吾は、幼い頃、背も小さく、痩せて、体力もなかった。
でも、夢は、刀や槍が持てる武士になること。
一方で、ひとより劣る体力を挽回するために、勉学にいそしんだ。
知恵や知識は、決して裏切らない。
体の強さで勝負できないのであれば、知力でいくしかない。
13歳で唐津藩の鉄砲隊に入ったときは、うれしかったが、鉄砲を持たせてもらえず、掃除係。
相変わらず、バカにされた。
今に見ておれ、と密かに勉強に精を出す。
いつか父を越える武士になってみせる、それだけが望みだった。
そうして迎えた明治維新。
全てが一変した。
武士になって刀や槍を使うという夢は消える。
父は職を失い、家計は火の車。
辰野が農家の手伝いをして、なんとか家族は生き延びた。
そんな中、村に「学校」なるものができるという噂を聞きつける。
「英語」を学べるという。
英語…。
刀や槍の技術ばかりを鍛えていた周りの若者の中にあり、辰野だけが勉学をコツコツとやっていた。
そこに目をつけた「学校」の関係者が声をかける。
「辰野くん、よかったら、ここに通わないかい? これからはね、外国文化を学ぶのが重要になるんだよ」
「学びたいのはやまやまですが、わたくしは身分が低いのです」
そう、辰野が言うと、男は、こう続けた。
「身分なんてもんは関係ないんだよ、大事なのはたったひとつ、志だけだよ」
辰野少年に声をかけた男こそ、のちの日銀総裁、そして、第20代内閣総理大臣になる、高橋是清(たかはし・これきよ)だった。


若き日の辰野金吾に、再び絶望の日々がやってくる。
せっかく意気揚々と学び始めた英語学校。
しかし、刀を奪われた武士が反乱を起こし、焼かれてしまう。
学校は閉鎖に追い込まれ、高橋是清も東京に帰っていった。
これから、どうしたらいいのか…。
辰野は、諦めなかった。
自分を少しでも高めたい、そんな気持ちが衰えることはない。
父に頭を下げた。
「東京に行かせてください」
反対されると思った。
家計は苦しい。働き手がないと、一家は路頭に迷う。
でも、父はひとこと、「行ってきなさい」と言った。
旅費を持たせてくれる。
母に聞いた。
父は、武士の時代の宝物を全て売ってお金に替えたという。
涙がこぼれた。
生半可な努力では足りない。
いつか大成して、きっと親孝行する。
そう誓って、唐津をあとにした。
辰野金吾は、妥協しない。
自分に満足しない。
つらいとき、憤りを感じるときは、寒い日に汲んだ井戸の水を思い出した。
辰野は、知っていた。
ひ弱な彼が無事に帰ってこられるか心配で、物陰からじっと見守ってくれた、母のことを。

「私は、東京駅のレンガにこだわりました。
レンガの赤は、どんなときも挫けぬ、情熱の証なのです。
あれを見て、日本国民が勇気を感じてくれたら、こんなにうれしいことはありません」
辰野金吾


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