第426話 幸せは自分の中にある
-【絵画の世界に革命をもたらしたレジェンド篇】アンドリュー・ワイエス-
[2023.10.28]
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©Ellen McKnight /Alamy/amanaimages
アメリカン・リアリズムに革命をもたらした画家がいます。
アンドリュー・ワイエス。
ワイエスの作品は、自身が生活した半径100メートル以内の日常に根差しています。
人種差別が激しかった時代にも関わらず、黒人と交流を持ち、彼らをモチーフに描きました。
画かれる題材には、ある意味、ドラマティックな華やかさはありませんが、彼は国民芸術勲章や大統領自由勲章を授与されるまでになったのです。
彼の幼少期は、孤独そのものでした。
虚弱体質、神経衰弱。
学校に通うことができず、家庭教師と父親だけが先生でした。
しかも、優秀な姉に対するコンプレックスは計り知れず、常に「ボクなんかが生きている意味あるのかな」という思いでいっぱいだったのです。
ただ彼は、絵を画くことだけは大好きで、その「好き」を生涯手放しませんでした。
ワイエスの代表作『クリスティーナの世界』。
メイン州の沿岸地域の小高い丘に、ひとりの女性が寝そべりながら、遠くの家を目指しています。
この桃色のワンピースを着た女性は、ワイエスの隣人、アンナ・クリスティーナ・オルソン。
彼女は、病気の後遺症で筋肉が衰えていく障害を持っていましたが、車いすを拒否。
両腕を使い、匍匐前進して移動しました。
その姿は、ある人から見れば滑稽に映り、子どもたちは彼女を真似して笑いました。
でも、ワイエスは、彼女の前に進む姿を見て、涙を流します。
「クリスティーナは、体は不自由かもしれないが、心は誰より自由だ。私もそうありたい」
クリスティーナも、唯一、ワイエスにだけは心を許したと言います。
「あなたには、嘘がありません。私はこういう境遇なので、ひといちばい、ひとの嘘には敏感なのです」
ワイエスは、知っていました。
幸せは、どこか遠い国にあるのではない。
自分の心の中にある。
20世紀を代表する、奇跡の画家。アンドリュー・ワイエスが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
20世紀のアメリカを代表する画家、アンドリュー・ワイエスは、1917年7月12日、アメリカ北東部ペンシルベニア州、チャッズ・フォードで生まれた。
姉3人、兄ひとりの、末っ子。
小学校に入学するが、2週間で神経衰弱となる。
すぐに退学。
虚弱体質で外出できず、両親はやむなく、家庭教師をつけることにした。
以後、彼は学校に通うことはなかった。
家にいるときは、暇さえあれば、絵を画いていた。
9歳から水彩画を描くようになったが、彼の心には激しいコンプレックスが宿っていた。
父親は、自分を完全に無視。
姉二人に、手取り足取り、丁寧にデッサンを教えた。
「なぜ、お父さんは、ボクに何も教えてくれないんだろう。
きっとボクには才能がないんだ、そして、ボクのことが嫌いなんだ…」
父親のアトリエに呼ばれ、どんどんうまくなっていく、姉たち。
ワイエスは、満たされぬ思いをぶつけるように、自分流に好き勝手に描く。
ときにそれは、水彩画の領域を越え、対象物の輪郭すらあやふやな抽象画だった。
ワイエスは、中世の城を画き、第一次大戦で傷ついた兵士を描いた。
それは、15歳になったときのことだった。
ワイエスは、秋風が舞う10月のある朝、父親に言われた。
「今日から私のアトリエに来なさい。基礎からおまえに教えようと思う」
写実主義の巨匠、アンドリュー・ワイエスは、15歳のある朝、父親のアトリエのドアをノックした。
中に入ると、絵具の匂いで満たされる。
「おまえに、基本を教えるときがきたようだ」
挿絵画家として有名な父親が言った。
「お父さん、お父さんはどうして今までボクを無視したんですか?」
思い切って、ワイエスは聞いてみる。
「それは…」
父親は、こう説明した。
「子どもたちの中で、誰よりおまえに才能があるのは、一瞬でわかった。
ただ、おまえは病弱なため、甘え癖がついている。
このまま私が早々に指導すれば、おまえの個性が芽吹く前に、おまえは私のコピーになってしまう。
私は芸術の道に行けなかった。
商業作家になったこと、そのことに後悔はないが、ただ、子どもたちのたったひとりでも、私を越えてくれたらいいなと願っていたんだ。
芸術家として、全世界に、そして、後の時代にも語り継がれるひとになってほしいと祈っていたんだ。
アンドリュー、それがおまえだ」
うれしかった。
ワイエスは、うれしさのあまりその場で泣き崩れた。
父親はさらに、こう続けた。
「アンドリュー、いいか、覚えておけ。
自分の感性は自分で守らないと、他の誰かによってたかってぐちゃぐちゃにされてしまうんだ」
©Randy Duchaine/Alamy/amanaimages
アメリカの画家、アンドリュー・ワイエスが28歳の時、最愛の父親が交通事故でこの世を去った。
ワイエスは、心に誓った。
「ボクは、自分の感性を守り抜きます。お父さん、あなたに恥ずかしいと思う絵は、ゼッタイ、画かない」
ワイエスは、自宅がある故郷チャッズ・フォードと、別荘があるメイン州クッシング以外には、ほとんど旅をすることもなく、ひたすら、その二つの場所で出会うひと、見た風景だけを描き続けた。
黒人、身体障害者、名もなきひとを見つめ、絵のモティーフにした。
まわりから旅をすすめられ、絵の題材に壮大な景色や偉人の肖像画を画くように言われても、拒んだ。
「私は、一本の線を画くまで、数日、数週間かけます。
何本もの線を画きたくないのです。
描く対象を心の底から愛せると思ったとき、心に幸せな感情があふれます。
そうしてやっと一本の線が描けるのです。父が喜んでくれる、一本の線が」
アンドリュー・ワイエス
【ON AIR LIST】
SHADOWS AND LIGHT / Joni Mitchell
A LONG TIME, A LONG WAY TO GO / Todd Rundgren
弦楽のためのアダージョ / バーバー(作曲)、カーメン・ドラゴン(指揮)、キャピトル交響楽団
MY FATHER'S EYES / Eric Clapton