yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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第423話 自分だけの楽園を探す
-【絵画の世界に革命をもたらしたレジェンド篇】アンリ・マティス-

[2023.10.07]

Podcast 

©Andrey Khrobostov/Alamy/amanaimages


強烈な色彩で美術界に革命をもたらした画家がいます。
アンリ・マティス。
今年4月から8月まで東京都美術館で開催された、20年ぶりの回顧展には、連日多くのひとが訪れ、マティス人気が不動のものであることが改めて証明されました。

20世紀を代表するフランスの巨匠、マティスの特徴は、なんといっても、豊かで常識を打ち破る色彩です。
「形のピカソ、色のマティス」と称されるように、形を壊し、平面に立体を焼き付けたパブロ・ピカソに対し、マティスは、色で世界を驚かせました。
黒い輪郭線の人物や家具、金魚たち、そして、赤や青、黄色の原色が画面にあふれます。
彼の色彩美は、晩年の色紙を切って貼る、切り紙絵に結実。
こちらは、来年2月から5月まで国立新美術館で開催される「マティス 自由なフォルム」という展覧会で本格的に紹介されます。
ポップでモダンなアート作品は、現代作家にも多大な影響を与え、お店や自宅のインテリアに彼の作品のレプリカを飾るひとは絶えません。

なぜ、彼は色彩に目覚め、その才能を開花することができたのでしょうか。
マティスが生まれたのは、フランス北部のひなびた村でした。
他国との国境が近く、絶えず、侵略や戦争の脅威にさらされ、第一次世界大戦のときは、激しい銃撃戦が勃発。
村人たちは、「死」の恐怖に怯えました。
マティスの幼少期の記憶は、暗く灰色の空とレンガ色に統一された家や工場群。
そこに、色はありません。
穀物や種を扱う商いをしていた父は、子どもたちを働かせ、いつも怒鳴り散らしていました。
「早く、ここから抜け出したい。
光や色で満ち溢れた世界がどこかにあるはずだ」
それが、幼い頃の願いでした。
しかし、高速道路までおよそ80キロ。
鉄道はありませんでした。
どこにも行けない閉塞感を抱えたまま、20歳まで、ふるさとで過ごしたのです。
だからこそ、旅の行商人が都会から持ってきた、色鮮やかな織物を見たときのときめきは、生涯、彼の心に残り続けました。

彼はこんな言葉を残しています。
「見たいと願うひとたちのために、花はいつも、そこにあります」
色彩の魔術師、アンリ・マティスが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

©Mark Bassett/Alamy/amanaimages

アンリ・マティスは、1869年12月31日、フランス、ル・カトー・カンブレジという村に生まれる。
父は穀物や種を扱う商人。
店は繁盛し、裕福な暮らしだった。
ただ、父はがさつで威圧的。
店の手伝いをさせられ、重い布袋をかつぐのが日課になり、幼いながら腰痛に悩まされる。
反対に、母方は織物をする繊細な家系。
母は、内職で、食器に絵を画く仕事をしていた。
幼いマティスは、長男として店を継ぐという選択しかないのが嫌だった。
逃れたい、どこか遠い場所に行きたい。
そんな思いをいだいて、よく木に登った。
どんなに高く登っても、村に色彩はない。
灰色の空と、灰色の畑、レンガ造りの家が続いているばかり。
父は店を拡大し、外国から生き物を輸入して売った。
金魚や鳥。
陽の光にキラキラ光る、金魚鉢。
ゆらめく真っ赤な金魚。
逃れられない運命を、金魚や鳥かごの鳥に投影した。
毎日、金魚や鳥に話しかけるようになる。
「おはよう。今日も変わり映えのない一日が始まるね」
彼らは何も答えず、ただ、空虚な目でこちらを見た。

アンリ・マティスは、父の稼業に興味がなかった。
あまりに熱意が感じられないので、法律の勉強でもさせようと学校を受験させる。
合格するが、やはり法律にも興味はわかない。
とりあえず学校を卒業して法律事務所で見習いの職につくが、灰色の日々は変わらなかった。
21歳のとき、虫垂炎で入院する。
見舞いに来た母が、暇つぶしになればと、あるものを持ってきた。
包みを開けると、そこにあったのは絵具箱だった。
「ずっと寝てるのは退屈だろう。
ほら、ここにスケッチブックもあるから、窓から見える風景でも画いたらどう?」
母に言われて、絵を画いてみる。
体に電流が走ったように感じた。
楽しい、うれしい、幸せな気持ちがあふれる。
白い紙に、色を置く。
灰色だった心に、色彩が宿っていく。
彼はのちにそのときのことを、こう語った。
「そこに、楽園がありました」

退院して、法律事務所で働きながら、夜、美術学校に通う。
丹念にデッサンを習う。
やがてマティスは、父に言った。
「お父さん、僕は、本格的に絵を習いたいんです。
パリに行かせてください」

アンリ・マティスは、もう迷わなかった。
絵を画くこと。
それ以外に自分の楽園はない。
パリに出て、ギュスターヴ・モローの教室に通う。
ルーブル美術館に毎日通い、いいと思った絵画を徹底的に模写した。
26歳のとき、ようやく、モローのアトリエへの入学が認められた。
そこで生涯の親友になる、ジョルジュ・ルオーに出会う。
マティスは、思うまま、線を画き、色を塗った。
批評家から野獣派だと揶揄され、笑われても、気にしなかった。
結婚した妻の肖像画。
鼻筋は、なぜか緑。
髪の毛はヘルメットのように固く、頑固な青。
背景には、緑やオレンジ、ピンク色を置く。
どんなに馬鹿にされても、彼は揺るぎない信念を持っていた。
「絵は、僕が見たままでいいんだ。
これまで僕が持っていなかった色をそこに置く。
小さい頃、見ることのなかった色を取り戻すんだ」
マティスは晩年、病を患い、満足に絵筆が持てなくなった。
もう、油絵は画けない。
しかし、彼は諦めなかった。
楽園を手放すわけにはいかない。
助手に色紙を買ってこさせた。
ハサミで切る。
さまざまな色の紙を細かく切る。
それを貼り合わせて、絵を作った。
色が踊りだす。
色彩が幸せを運んでくる。

「整いすぎた家では、ひとは生きていけません。
どうか、心を窒息させないように。
そのためには、ときにジャングルに逃げ込むことが必要です。
シンプルな生き方を見つけるために」
アンリ・マティス

【ON AIR LIST】
リトル・ブルー(feat. ブランディ・カーライル) / ジェイコブ・コリアー
ラグタイム・パラード / エリック・サティ(作曲、ピアノ)
2つのアラベスクより 第2曲ト長調 / ドビュッシー(作曲)、ジャック・ルビエ(ピアノ)
つづれおり(タペストリー) / キャロル・キング

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