yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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ストーリー

第422話 自分のアイデンティティーを守る
-【文学に革命をもたらしたレジェンド篇】グリム兄弟-

[2023.09.30]

Podcast 

©Alamy/amanaimages


ドイツに古くからある民間伝承を丁寧に集め、童話を文学の1ジャンルとして確立したレジェンドがいます。
グリム兄弟。
兄ヤーコプ・ルードヴィヒ・カール・グリムと、弟ヴィルヘルム・カール・グリムの二人は、協力し合い、『グリム童話』を世に送り出しました。
『赤ずきん』『シンデレラ』『ヘンゼルとグレーテル』『白雪姫』『ラプンツェル』など、その多くはディズニー映画のもとになり、全世界で最も知られる物語のひとつになったのです。
鬼才テリー・ギリアムは、2005年に『ブラザーズ・グリム』というファンタジー映画を撮りましたが、童話がこんなにも有名である一方、作品を紡いだグリム兄弟については、意外に知られていません。
彼らはなぜ、民間伝承に興味を持ち、気の遠くなるような作業を経て、童話に心血を注いだのでしょうか。
彼らが生きていた時代は、ドイツという国家はなく、ナポレオンひきいるフランス軍が侵攻、神聖ローマ帝国が崩壊していきました。
ドイツ民族である自分たちのアイデンティティーが戦争によって、脅かされる、そんな激動の渦の中にあったのです。
グリム兄弟は、優れた言語学者として『ドイツ語辞典』や『ドイツ語文法』を出版する一方、古くから伝わる民話を集め始めます。
『童話集』の前書きには、こんな言葉が書かれています。

「今こそ、昔から伝わる物語を、しっかりと心にとめる時であると思います。
なぜなら、昔話を覚えているひとがどんどん減っていくからです。
人間は、昔話から離れてはいけない。
そこには大切な教えが書かれているのです。
私たちは、家の隅や庭の暗がりに潜むものを守らなくてはいけないのです」

グリム童話集が刊行された1812年は、奇しくも、ナポレオン軍が大敗をきっした年でもありました。
先祖代々、口伝えで語り継がれてきた物語を、あたかも、古い箪笥の引き出しから取り出して、ほこりを払い、ほころびを直すかのように、再び世に出し、後世に残す。
そんな地道な作業こそ、彼らにとっての己を守る戦いだったのです。
貧しさに苦しみながらもドイツ民族の誇りのために生きた賢人、グリム兄弟が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

©Alamy/amanaimages

グリム兄弟、兄のヤーコプは1785年、弟のヴィルヘルムは1年後の1786年に、それぞれ生まれた。
兄弟は全部で9人いたが、幼くして亡くなった子どももいて、残ったのは6人。
ヤーコプは次男、ヴィルヘルムは三男で、二人は幼い頃から仲がよかった。
父は、法律家として成功。
出世も順調で、裕福な家庭を築いた。
緑豊かな田園地帯のお屋敷。
兄弟は、自然に触れ、のびのび育つ。
弟は体が弱く、遠くに出かけることができなかったが、兄は冒険が大好き。
隣町の農家に出かけ、農作業を手伝ったりした。
このとき、農家のおじいさんが語る昔話を早くも聞いていた。
鳥がさえずる牧歌的な風景の中、おじいさんと切り株に腰かける。
森の奥に住む魔女の話に夢中になった。
屋敷に戻ると、それを弟に聞かせる。
ベッドに横たわる弟が、笑ったり、驚いたりする顔を見ると、うれしくなった。
父は教育について、熱心だった。
家庭教師をつけ、英才教育。
読み書き、算術を徹底的に学ばせると共に、教会で厳しい宗教教育も受けさせる。
道徳心こそ、己を律する最大の武器だと信じていた。
父も母も、まわりの人たちも、彼ら兄弟たちは皆、父と同じ、法律家の道を歩むのだと思っていた。
しかし、ヤーコプ11歳のとき、父が肺炎で亡くなる。
まだ44歳だった。
悲嘆にくれる間もなく、一家は一気に経済的な困窮に落ちてしまう。
屋敷は売られ、親戚に頼るしかない。
一家を支える重責は、ヤーコプの肩にのしかかった。
なんとか学校に通い続けられたのは、祖父のおかげ。
祖父は、ヤーコプに手紙を書いた。
「誰のおかげで、こうして学ぶことができるか、肝に命じなさい。
クラスで一番をとって喜んでいるようでは足りない。
学年で、いや、学校で一番になり、私に恩返ししなさい」

グリム兄弟、ヤーコプとヴィルヘルムは、勉学に励んだ。
同じ部屋、同じベッド。
1日12時間、勉強した。
学校で、貧しさをからかわれ、いじめられても、いつか見返してやろうと誓い合った。
貧富の差、階級制度について、切実に考えざるをえない環境。
なぜか、裕福な家の生徒が奨学金をもらい、貧しい子にはチャンスがない。
家の経済状況が子どもの将来を決めてしまう社会の仕組み。
理不尽な世の中に打ち勝つには、力をつけるしかない。
今、目の前の勉強をこなしていくこと。
二人で励まし合い、頑張った。
それぞれのクラスで、ギムナジウムを卒業。
二人とも首席だった。
社会的に地位の高い家庭の生徒は、そのまま大学の法科にすすめるが、二人には難しい試験が待っていた。
どこまでいっても、不公平な制度が心をくじく。
でも兄弟は、辛くなると、祖父のこんな言葉を思い出した。
「正しく生きてさえいれば、人生は容易い」

マールブルク大学に入ったヤーコプとヴィルヘルム。
健気に頑張る二人の姿に目をとめる法学者がいた。
フリードリヒ・カール・フォン・ザヴィニー。
ザヴィニーは、特に、ヤーコプのずば抜けた知能に注目した。
のちに歴史法学の創始者になるザヴィニーは、ヤーコプに言った。
「法の精神を理解するためには、ひとつの民族がいったいどんな慣習や言語を共有してきたかを繙く必要がある。
どうかな、私と一緒に、ドイツの古い文学や民間伝承を研究してみないか」
こうして、グリム兄弟の前に、新しい扉が開いた。

グリム兄弟の兄、ヤーコプには、家族を支える使命があった。
大学に行きながら、陸軍省で職を見つけ、働く。
弟のヴィルヘルムは、体が弱く、病気の治療にお金が必要だった。
やがて、フランス軍が故郷カッセルに侵攻。
ヤーコプは職を失う。
フランス軍を憎んだ。
その怒りの矛先を、ドイツ民族のルーツ、民間伝承研究に求めた。
自分たちのアイデンティティーは自分たちで守らないと、簡単に壊されてしまう。
そして、幼い日に、自分の話をニコニコ笑って聞いてくれた、弟の笑顔を思い出す。
我ら民族は、どんな物語を共有して生きてきたか。
どうして、こんなにも不公平で理不尽な世の中になったのか。
そして、なぜ人間は、醜く争うのか。
その答えを、古い民話に探す。
弟ヴィルヘルムには、天性の文才があった。
兄が調べ、集め、弟が読みやすい物語に作り直す。
こうして、二人の共同作業が始まった。
ザヴィニー先生は、ことあるごとに二人を支えた。
いつもこんな言葉で励ました。
「自分のやることを愛しなさい。それが成功する最大の近道です」
ヤーコプとヴィルヘルムは、童話の中に、この世の法、仕組みを見た。

「障害物に接する最善の方法は、それらを踏み台として使うことです。
それらを笑い飛ばし、時に踏みつけ、そうすれば、それらがあなたをより良い方向に導いてくれるでしょう」
グリム兄弟

【ON AIR LIST】
夢はひそかに(ディズニー映画『シンデレラ』より) / リンダ・ロンシュタット
眠りの精(ブラームスのドイツ民謡集より) / エリー・アーメリング(ソプラノ)
ヘンゼルとグレーテル / テルツ少年合唱団
輝く未来(ディズニー映画『塔の上のラプンツェル』より) / マンディ・ムーア&ザッカリー・リーヴァイ

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