第419話 自らの自由を守る
-【文学に革命をもたらしたレジェンド篇】ジョージ・オーウェル-
[2023.09.09]
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©Alamy/amanaimages
今も読み継がれているディストピア小説『1984年』の作者で、今年生誕120年を迎えるレジェンドがいます。
ジョージ・オーウェル。
本名は、エリック・アーサー・ブレア。
イギリス植民地時代のインドに生まれた彼は、誰も書いたことのない、未来の預言書をこの世に送り出しました。
衝撃作『1984年』は、こんなストーリーです。
1950年代に核戦争が起こり、世界は、オセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つに分断。
三国は、常に戦争状態にありました。
物語の主人公、ウィンストン・スミスは、オセアニアの真理省に勤務。
「過去のデータの改ざん」を仕事にしています。
オセアニアは、ビッグ・ブラザーと呼ばれる独裁者に支配された全体国家。
市民の思想や言動、教育も厳しく統制されています。
街中に設置された巨大なテレスクリーンが、24時間、人々を監視しているのです。
スミスは、過去のある新聞記事を見つけたことから、社会、政府への疑念を抱きます。
彼は、政府の目を盗み、反逆ともいえる「日記」をつけ始め、日常が大きく傾いていくのです…。
報道の捏造や、増え続ける監視カメラ、さらに今も続く戦争。
今から74年前に書かれた小説が、現実のものとして、私たちに迫ってきます。
小説『1984年』は、多くの芸術家、文化人に影響を与え続けてきました。
デヴィッド・ボウイは、この小説にインスパイアを受け、アルバム『ダイアモンドの犬』をリリース。
『1984年』という曲も発表しています。
ジョージ・オーウェルがこの小説を書いたのは、45歳のとき。
亡くなる1年前のことです。
出版後、彼はこんな言葉を残しています。
「私の描いた社会が、必ず出現するとは思いません。
ですが、おそらく出現すると思っています」
未来を予感し、自由と平等を奪われた世界の恐ろしさを描いた賢人、ジョージ・オーウェルが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
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ディストピア小説『1984年』の作者、ジョージ・オーウェルは、1903年6月25日、イギリス領のインド、ベンガルに生まれた。
先祖は貴族階級とも血縁関係がある家柄だったが、19世紀に没落。
父は下級役人の職を全うしていた。
いわゆる中流階級。
安定した暮らしと、子どもたちへの高等教育が約束されていた。
オーウェルが1歳の時、父だけインドに残し、家族はイギリスに帰国。
オックスフォード州のテムズ河のほとりに居を構えた。
幼いオーウェルは、職人たちの仕事を見るのが好きだった。
魚を釣るひと、レンガを積むオジサン、配管工や鍛冶屋さん。
じっと見ていると、「坊主、やってみるか?」と声をかけてくれる。
レンガを積む作業は、楽しかった。
やがて、その職人の子どもと仲良くなる。
夕食を出されたとき、驚いた。
パンと具のないスープだけ。
家に帰ると母親に叱られた。
「あっちには、いってはいけないの! 遊ぶ友だちは選びなさい!」
初めて、貧富の差、階級の差があることを知る。
それでも、オーウェルはやめなかった。
配管工の子どもとは、森に入り、鳥の巣を探した。
泥だらけで家に帰ると、また厳しく母に怒られる。
「何度言ったらわかるの!?
あの子たちと遊んだら、あなた、笑われるのよ!」
なぜ笑われるのか、わからない。
ただただ悔しくて、涙が流れた。
ジョージ・オーウェルにとって、8歳で入った進学校、寄宿制のセント・シプリアンでの日々は、過酷なものだった。
セント・シプリアンは、名門私立中学に入るためのいわば、予備校のような位置づけ。
富裕層の名家の子息が入る学校だった。
オーウェルは、成績優秀者として選ばれた特待生。
学費は半額になった。
父は定年を迎え、イギリスに帰国。
家計は厳しい状態だった。
抑圧的な教師の叱責や体罰。
特待生という負い目。
さらには、常に成績向上だけを求められる生活。
息が詰まりそうだった。
かつて少年時代に味わった、牧歌的な香りはどこにもない。
同級生はみな、ライバル。
ストレスは、限界を超える。
8歳にして、オーウェルは寝小便をした。
同室の生徒が言いふらし、たちまち校内中でからかわれる。
ほとんどのクラスメートの家の年収が、ジョージの家のおよそ200倍以上。
さらにオーウェルは、父のかつての仕事の内容を知ってしまう。
インドでのアヘン貿易の管理。
父を軽蔑し、また、同級生たちも大嫌いだった。
学校の周りの森を散策し、昆虫や動物と触れ合い、木陰で本を読む時間が、唯一のやすらぎ。
このとき、早くもオーウェルは悟った。
ひとは、大きなものに巻かれると、途端に裏切る。
そして、恐怖という支配は、ひとの思考能力を奪う。
ジョージ・オーウェルは、優秀な成績をおさめ、イギリス屈指の名門校に奨学金で進学。
大学では、エリート教育の渦に呑み込まれ、気がつけば、体制側の思想を信じつつあった。
卒業後、イギリス帝国直属の警察官として採用される。
しかし、ビルマに赴任したとき、幼い頃感じた帝国主義への違和感が、再び頭をもたげる。
現地のひとたちへの圧政、暴力、搾取。
オーウェルは思った。
「これでは、自分が軽蔑した父と同じじゃないか…」
5年勤めたあと、警官を辞める。
イギリスに戻るが、どんなふうに生きたらいいか、わからなくなる。
放浪生活。時には路上で寝た。
ただ、文章を書くことだけは続ける。
ロンドンにいることがつらい。
スペイン内戦を知り、志願兵になった。
前線で銃撃される。
弾は喉を貫通。
奇跡的に助かった。
第二次世界大戦には、ジャーナリストとして参戦。
現状の悲惨さや戦争の愚かしさを文章で伝えた。
なぜひとは差別し、争い、自由を奪うのか。
死ぬまで全体主義を憎み、もどかしい思いを、小説にした。
彼は戦地で、幼い日、友だちと鳥の巣を探しに森に入った幸せな時間を、何度も何度も思い出した。
あの自由で、何も恐れなかった日々…。
「自由は、与えられるものではなく、自分で守るものである」
ジョージ・オーウェル
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