yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

STORY

ストーリー

第415話 開拓者になる
-【医学の発展に貢献したレジェンド篇】エリザベス・ブラックウェル-

[2023.08.12]

Podcast 

©Charles Bowman/Robert Harding/amanaimages


19世紀初頭、世界に女性医師がひとりもいなかった頃、多くの苦難を乗り越え、初めての医師になった女性がいます。
エリザベス・ブラックウェル。
彼女が医師を目指したのは、24歳の時でした。
末期がんにおかされた、知り合いの女性の介護をしていると、車いすの女性は、つぶやくように言ったのです。
「エリザベス、どうして女性のお医者さんがいないのかしらねえ。
私、男の先生に診てもらうのが恥ずかしくて…」
そのとき、エリザベスは、父親が亡くなる前に言ったひとことを思い出しました。
「いいかい、何かを始めることを恐れてはいけない。
どんな仕事だって、最初に始めたひとがいたんだ。
だったらエリザベス、お前がその『初めて』になったっていいんだよ」
父親のサミュエルは、奴隷解放運動に熱心に参加したり、女性の参政権獲得のために活動したり、当時のイギリスでは、かなり進んだ考えの持ち主でした。
だから、女性は結婚して家に入るという選択しかなかった時代に、エリザベスに十分な教育を受けさせたのです。

ただ、医師になると決意した彼女の前には、多くの障壁が立ちはだかります。
そもそも、医学校への入学が困難。
優秀な成績にも関わらず、入学試験すら受けさせてもらえない学校もあり、11校、落ち続けました。
それでも諦めなかったエリザベスは、12校目のジェネバ医学校に合格。
しかし、学内での女性蔑視は驚くほどひどかったと言います。
さらに医師になってからも、患者から感染した化膿性眼炎のため、右目を失明。
度重なる厳しい現実にも、彼女は歩みを止めませんでした。
次世代に女性の医師を増やしたいと、フローレンス・ナイチンゲールと共に、ロンドン女子医学カレッジを設立。
亡くなる直前まで、後進の指導にあたりました。
なぜ彼女は、挫けることなく、先駆者として前進することができたのでしょうか?
エリザベス・ブラックウェルが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

©Alamy/amanaimages

世界で初めての女性医師、エリザベス・ブラックウェルは、1821年2月3日、イギリス西部の港町、ブリストルで生まれた。
父は砂糖を精製する工場を営む経営者。
裕福だった。
11人兄弟の三女として生まれたエリザベスは、幼い頃から、ひとと同じことをするのが苦手だった。
まわりの女の子が花嫁にあこがれているとき、本を読み、自然と戯れ、空想にふける。
「私が生まれて来た意味は、なんだろう。
私しか歩めない人生って、どんな人生だろう」
母は、叱った。
他の子と同じようにしなさいと言った。
でも、父は違う。
いつでも、エリザベスの良き理解者だった。
「これからは、女性も社会に出て、思う存分、能力を発揮できる世の中にならなくちゃいけない」
そして、いつも父の口ぐせは、「一度決めたら、最後までやりとげなさい」

不吉な影が一家を襲ったのは、エリザベスが11歳の時。
世の中を不景気が席巻。
父の工場の経営が傾き始め、やがて、更なる不幸がやってくる。
火事で、工場が全焼。
ブラックウェル一家は、心機一転、イギリスを離れ、アメリカに移る。
しかし…不幸の嵐が消え去ることはなかった。

エリザベス・ブラックウェルは11歳の時、イギリスから新天地アメリカまで、船に乗った。
父から「船底の船室の扉を、絶対開けてはいけないよ」と言われる。
ダメだと言われると、やりたくなる。
開けるなと言われれば、開けたくなる。
エリザベスは、こっそりデッキを回り込み、船底の船室のドアをゆっくり開けた。
鼻をつく悪臭。
薄暗い中に、倒れているひと、うごめいているひとがいて、うめき声が聞こえる。
いきなりドアは閉じられた。背後に父がいる。
「開けちゃダメだと言っただろう」
「お父さん、あのひとたちは?」
「コレラやチフス、伝染病にかかったひとたちだ。
残念ながら、誰も助からないだろう。
私たちにはどうすることもできないんだ」
エリザベスは、そのときの衝撃を生涯忘れなかった。
病に罹り、ただ、死を待つだけのひとたち。
「たったひとりでも救えたらいいのに…」
アメリカでも、父は砂糖の精製工場を営む。
夜を徹して働いた。
生活を安定させ、子どもたちにちゃんとした教育を受けさせてあげるために。
特にエリザベスには、好きなことを好きなように学ばせてあげたかった。
しかし、1837年恐慌が勃発。
心労もたたり、父は重い病に倒れた。
最期の病床で、父はエリザベスに言った。
「いいかい、エリザベス、何かを始めることを恐れてはいけない」

エリザベス・ブラックウェルにとって、父の死は、人生の最高の理解者を失うことでもあった。
ただ、哀しみにくれている暇はない。
すぐにでも稼がなければ、家族は生きていけない。
母は働いた経験がなく、あてにはできない。
弟は裁判所で働き、エリザベスは、二人の姉と学校を開いた。
今でいう学習塾。
学問に目覚めた少女がやってきた。
わかりやすい指導は評判を呼び、生徒数は増えていく。
子どもたちを教えながら、エリザベスは父の言葉を思い出していた。
「私も、私にしかできないことを見つけたい…」
母の友人の看病をしていたとき、医師に女性がいないことに気がついた。
女性の患者で、女性医師に診てもらいたいと思う人が、きっとたくさんいるに違いない…。
アメリカに渡る船で見た、伝染病の患者たちを思い出す。
「私は、医師になりたい。世界で初めての女性医師になりたい」
困難にぶつかったときは、父の言葉に背中を押してもらった。
「どんな仕事だって、最初に始めたひとがいたんだ。
だったらエリザベス、お前がその『初めて』になったっていいんだよ」
1859年1月、エリザベス、37歳。
イギリス医療委員会に登録が認められ、世界で最初の女性医師が誕生した。
以来、彼女は外科医として多くの命を救い、さらに女性の権利運動、女性医師の育成など、自ら歩いてきた道を、のちのひとのために大きく広げた。

「開拓者になるのは容易ではありません。
でも、それはとても素敵なことです。
私は、最悪の瞬間ですら、世界の全ての富と交換するつもりはありません」
エリザベス・ブラックウェル

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FREEDOM FOR THE STALLION / アン・サリー
I DO NOT WANT WHAT I HAVEN'T GOT(蒼い囁き) / Sinead O'Connor

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