第404話 夢の世界に生きる
-【今年周年のレジェンド篇】江戸川乱歩-
[2023.05.27]
Podcast
今年デビュー100年を迎えた、推理小説家のレジェンドがいます。
江戸川乱歩(えどがわ・らんぽ)。
本名は、平井太郎(ひらい・たろう)。
ペンネームの由来は、彼が敬愛したアメリカの作家、エドガー・アラン・ポーです。
1923年、大正12年に発表したデビュー作『二銭銅貨』にも、ポーの名前が出てきます。
不思議な暗号解読と、どんでん返し。
雑誌に掲載された乱歩の作品は絶賛され、「日本初の本格探偵小説」現る!と、もてはやされました。
ただ、探偵小説家として食べていけるとは、とうてい思いませんでした。
お金があれば、全部使ってしまう。
いつも貧乏のただなかにいて、いくつも職を変えました。
貿易商、造船所の職員、古本屋さん、屋台のラーメン屋さん、数え切れません。
ただ、乱歩にとって小説家という職業は、特別なものでした。
幼い頃から、誰ともつるまず、孤独に妄想を繰り返す日々。
友だちは誰もいませんでした。
そんなとき、彼を救ってくれたのは、物語の世界。
だから、なんとかその世界に恩返しがしたい。
ただ、いつも自分が書くものに、不安を抱えていました。
すぐに書けなくなり、放浪。
その繰り返しが続きます。
世の中は、乱歩に、エキセントリックで異様なフェティシズムやサディズム、グロテスクを求めますが、本当に書きたかったのは、本格的な探偵小説でした。
皮肉なことに、通俗的な怪奇小説で生活は安定していきますが、絶えず、自分の中の乖離(かいり)に苦しんだのです。
乱歩は、ファンに色紙を頼まれると、こう書きました。
「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと」
うつし世とは、現実。
それよりも、夢こそ真実だと詠んだのです。
現実が嫌なら、すぐに夢に逃げればいい。
終生、妄想の世界に生きた推理小説家、江戸川乱歩が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
今年、デビュー100年を迎えた、推理小説家、江戸川乱歩は、1894年10月21日、現在の三重県名張市に生まれた。
2歳で亀山市に移る。
初めての記憶を、乱歩は光文社文庫『わが夢と真実』で、こう書き記している。
「高台に町があった。そこの石の鳥居のお宮さんに、祖母と遊んでいると、下の方からピイッと笛の音がして、おもちゃみたいな汽車がゴーッと走って行った」
気弱で、引っ込み思案。
外に出るより、家で寝転がり、ずっと天井を眺めていた。
名古屋に移転してからも、学校は半分くらい病欠。
常に誰かにいじめられた。
一方で、妄想癖、空想癖は、磨かれていく。
母に読み聞かせをしてもらうのが、好きだった。
特に、菊池幽芳(きくち・ゆうほう)が訳した、ウィリアム・ル・キュー著『秘中の秘』という怪奇探偵小説には、夢中になった。
挿絵を見ながら、母の語りを聞くと、現実を忘れた。
今ここにいる自分より、空想の中の自分のほうが、生き生きとしていた。
そんな乱歩を、母は怒るでもなく諭すわけでもなく、ただ本を読み続けた。
江戸川乱歩は、小学生時代、あきらかに他の同級生とは違う時間を持つようになる。
昼間こそ友だちと外で遊んだが、日が暮れると、理由のない寄る辺なさ、はかなさが彼の心に影を落とす。
夕焼けが空を支配していくのを眺めながら、芝居の声色を使ってわけのわからぬ独り言を言った。
やがて、さみしさに押しつぶされ、涙を流す。
命は、果てる。
まわりにいる父も母も、いつかいなくなる。
哀しさが押し寄せ、夜、眠れない。
乱歩少年は、自分だけの「神様」を祀るようになった。
家にある古箪笥の開き戸に、仏壇のような装飾をほどこし、文字を書いた紙をさらに白い紙で包み、礼拝。
「この神様が、ボクを守ってくれる。
いじめられても、ひとりぼっちでも、大丈夫、怖くない」
その効力は、自分でも意外なほどだった。
夕暮れのさみしさも、「神様」に話せば、すっと気持ちが楽になった。
彼は8歳にして学んだ。
「ボクはきっと、何か、大きなものに守られている。
そう思って生きれば、この世でなんとかやっていける。
きびしい現実が待っていても」
乱歩は、夕焼けに涙することもなくなった。
江戸川乱歩の父は、大きな商店を経営していたが、明治45年の不況のあおりを受け、倒産。
一家は一夜にして、一文無しになった。
父が涙を流して家族みんなに頭を垂れる姿を、乱歩は生涯忘れなかった。
中学卒業後、官立学校に入ろうと思っていたが、お金がなく、断念せざるをえない。
早稲田なら苦学でも通えるのではないかと、親戚を頼り、上京。
湯島天神下の小さな印刷会社に住みこんで、活版の見習いをしながら早稲田の予科に通う。
貧しかった。
なんとしても稼がねばならない。
図書館の番人、家庭教師、かけもちでいろいろやるが追いつかない。
春先には冬の衣服を売ってしのいだ。
なんとか卒業。
在学中に推理小説を書くようになり、処女作『火縄銃』を雑誌に投稿するが、採用されなかった。
卒業後も、職を転々とした。
乱歩にとって、現実は常に厳しい。
だからこそ、夢の世界が必要だ。
人間は、いにしえから、現実の世界だけで生きてこなかったはずだと、乱歩は思った。
幼い日、母の読み聞かせでワクワクした自分。
孤独や死の恐怖を忘れられた自分。
そんなワクワクする探偵小説、あるいは、みんながあっと驚くトリックがつまった推理小説が書きたい。
江戸川乱歩は、おのれの人生をもって、叫び続けた。
「現実が厳しければ、いつだって、夢の世界に逃げればいい。
真実は、夢の中にあるのだから」
【ON AIR LIST】
少年探偵団のうた / 宮下匡司
夢を見るだけ / エヴァリー・ブラザーズ
茎 / 椎名林檎×斎藤ネコ
火の玉ボーイ / ムーンライダーズ
★今回の撮影は、「江戸川乱歩館~鳥羽みなとまち文学館~」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
営業時間など、詳しくは公式HPにてご確認ください。
江戸川乱歩館~鳥羽みなとまち文学館~ HP
江戸川乱歩(えどがわ・らんぽ)。
本名は、平井太郎(ひらい・たろう)。
ペンネームの由来は、彼が敬愛したアメリカの作家、エドガー・アラン・ポーです。
1923年、大正12年に発表したデビュー作『二銭銅貨』にも、ポーの名前が出てきます。
不思議な暗号解読と、どんでん返し。
雑誌に掲載された乱歩の作品は絶賛され、「日本初の本格探偵小説」現る!と、もてはやされました。
ただ、探偵小説家として食べていけるとは、とうてい思いませんでした。
お金があれば、全部使ってしまう。
いつも貧乏のただなかにいて、いくつも職を変えました。
貿易商、造船所の職員、古本屋さん、屋台のラーメン屋さん、数え切れません。
ただ、乱歩にとって小説家という職業は、特別なものでした。
幼い頃から、誰ともつるまず、孤独に妄想を繰り返す日々。
友だちは誰もいませんでした。
そんなとき、彼を救ってくれたのは、物語の世界。
だから、なんとかその世界に恩返しがしたい。
ただ、いつも自分が書くものに、不安を抱えていました。
すぐに書けなくなり、放浪。
その繰り返しが続きます。
世の中は、乱歩に、エキセントリックで異様なフェティシズムやサディズム、グロテスクを求めますが、本当に書きたかったのは、本格的な探偵小説でした。
皮肉なことに、通俗的な怪奇小説で生活は安定していきますが、絶えず、自分の中の乖離(かいり)に苦しんだのです。
乱歩は、ファンに色紙を頼まれると、こう書きました。
「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと」
うつし世とは、現実。
それよりも、夢こそ真実だと詠んだのです。
現実が嫌なら、すぐに夢に逃げればいい。
終生、妄想の世界に生きた推理小説家、江戸川乱歩が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
今年、デビュー100年を迎えた、推理小説家、江戸川乱歩は、1894年10月21日、現在の三重県名張市に生まれた。
2歳で亀山市に移る。
初めての記憶を、乱歩は光文社文庫『わが夢と真実』で、こう書き記している。
「高台に町があった。そこの石の鳥居のお宮さんに、祖母と遊んでいると、下の方からピイッと笛の音がして、おもちゃみたいな汽車がゴーッと走って行った」
気弱で、引っ込み思案。
外に出るより、家で寝転がり、ずっと天井を眺めていた。
名古屋に移転してからも、学校は半分くらい病欠。
常に誰かにいじめられた。
一方で、妄想癖、空想癖は、磨かれていく。
母に読み聞かせをしてもらうのが、好きだった。
特に、菊池幽芳(きくち・ゆうほう)が訳した、ウィリアム・ル・キュー著『秘中の秘』という怪奇探偵小説には、夢中になった。
挿絵を見ながら、母の語りを聞くと、現実を忘れた。
今ここにいる自分より、空想の中の自分のほうが、生き生きとしていた。
そんな乱歩を、母は怒るでもなく諭すわけでもなく、ただ本を読み続けた。
江戸川乱歩は、小学生時代、あきらかに他の同級生とは違う時間を持つようになる。
昼間こそ友だちと外で遊んだが、日が暮れると、理由のない寄る辺なさ、はかなさが彼の心に影を落とす。
夕焼けが空を支配していくのを眺めながら、芝居の声色を使ってわけのわからぬ独り言を言った。
やがて、さみしさに押しつぶされ、涙を流す。
命は、果てる。
まわりにいる父も母も、いつかいなくなる。
哀しさが押し寄せ、夜、眠れない。
乱歩少年は、自分だけの「神様」を祀るようになった。
家にある古箪笥の開き戸に、仏壇のような装飾をほどこし、文字を書いた紙をさらに白い紙で包み、礼拝。
「この神様が、ボクを守ってくれる。
いじめられても、ひとりぼっちでも、大丈夫、怖くない」
その効力は、自分でも意外なほどだった。
夕暮れのさみしさも、「神様」に話せば、すっと気持ちが楽になった。
彼は8歳にして学んだ。
「ボクはきっと、何か、大きなものに守られている。
そう思って生きれば、この世でなんとかやっていける。
きびしい現実が待っていても」
乱歩は、夕焼けに涙することもなくなった。
江戸川乱歩の父は、大きな商店を経営していたが、明治45年の不況のあおりを受け、倒産。
一家は一夜にして、一文無しになった。
父が涙を流して家族みんなに頭を垂れる姿を、乱歩は生涯忘れなかった。
中学卒業後、官立学校に入ろうと思っていたが、お金がなく、断念せざるをえない。
早稲田なら苦学でも通えるのではないかと、親戚を頼り、上京。
湯島天神下の小さな印刷会社に住みこんで、活版の見習いをしながら早稲田の予科に通う。
貧しかった。
なんとしても稼がねばならない。
図書館の番人、家庭教師、かけもちでいろいろやるが追いつかない。
春先には冬の衣服を売ってしのいだ。
なんとか卒業。
在学中に推理小説を書くようになり、処女作『火縄銃』を雑誌に投稿するが、採用されなかった。
卒業後も、職を転々とした。
乱歩にとって、現実は常に厳しい。
だからこそ、夢の世界が必要だ。
人間は、いにしえから、現実の世界だけで生きてこなかったはずだと、乱歩は思った。
幼い日、母の読み聞かせでワクワクした自分。
孤独や死の恐怖を忘れられた自分。
そんなワクワクする探偵小説、あるいは、みんながあっと驚くトリックがつまった推理小説が書きたい。
江戸川乱歩は、おのれの人生をもって、叫び続けた。
「現実が厳しければ、いつだって、夢の世界に逃げればいい。
真実は、夢の中にあるのだから」
【ON AIR LIST】
少年探偵団のうた / 宮下匡司
夢を見るだけ / エヴァリー・ブラザーズ
茎 / 椎名林檎×斎藤ネコ
火の玉ボーイ / ムーンライダーズ
★今回の撮影は、「江戸川乱歩館~鳥羽みなとまち文学館~」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
営業時間など、詳しくは公式HPにてご確認ください。
江戸川乱歩館~鳥羽みなとまち文学館~ HP