yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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ストーリー

第412話 憎しみは何も生まない
-【医学の発展に貢献したレジェンド篇】野中婉-

[2023.07.22]

Podcast 

江戸時代中期に活躍した、日本で最初の女性医師と言われるレジェンドがいます。
野中婉(のなか・えん)。
彼女の運命は、想像を絶するほど過酷なものです。
4歳になるころ、幽閉。
いわゆる座敷牢に閉じ込められ、それからおよそ40年間、一歩も外に出ることを許されませんでした。
しかし、狭い部屋の中で、父が懇意にしていた儒学者の谷秦山(たに・じんざん)と手紙のやりとりをして勉学に励みます。
儒学、詩歌、漢学に、医学。
44歳でようやく自由の身になったとき、彼女は、医者として生きていくことを決めるのです。
彼女の数奇な人生は、作家の大原富枝が小説化し、岩下志麻主演で映画にもなりました。

なぜ、婉は、幽閉されることになったのか。
それは彼女の父、野中兼山(のなか・けんざん)への、報復でした。

兼山は、土佐藩の家老。
干ばつで苦しむ農民のために、新田開発を積極的に行うなど、地域の発展のために尽力した賢人です。
特に、彼が作った山田堰の技術は革新的で、アフガニスタンの灌漑(かんがい)事業に身を捧げた、中村哲(なかむら・てつ)医師に受け継がれました。
藩の英雄であるはずの兼山でしたが、そのやり方に独裁的な様相が混じり、藩士の恨みを買ってしまいました。
1663年、反対派の謀略により、失脚。
謀反の罪に着せられ、49歳の若さで、この世を去りました。
反対派の兼山に対する恨みは強く、野中家の血筋をいっさい断つことに執着します。
野中家には、母、乳母、兄弟姉妹が7人いましたが、全員が獄舎に閉じ込められ、婉の兄や弟がこの世を去り、女性たちが子どもを産めなくなる年齢まで、座敷牢から出ることを禁じ、子孫を残せないようにしました。
監視の目が一日中ある、狭い獄舎の中、次々と亡くなっていく兄弟たち。
44歳で外に出ることを許された婉は、何を思い、何を胸に抱いて、その後の人生を生きたのでしょうか。伝説の女性医師・野中婉が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?


江戸時代の女性医師・野中婉は、1661年、寛文元年、土佐藩に生まれた。
父は、藩の重鎮、野中兼山。
やりすぎた強引な政策のため、藩士の恨みを買った。
クーデターが起こり、退陣。
ほどなくこの世を去る。
婉ら家族は、宿毛の地に幽閉された。
ときに、婉4歳。
外に出ることは許されず、外部の人との接触も断たれた。
野中の血を根絶することが目的だった。
婉たち子どもたちの最初の仕事は、母の自害を止めること。
物心ついてすぐの獄舎暮らし。
「生きる」というのは、どういうことかわからない。
ただ、そこにいるだけ。
何もしない。何もできない。
でも、婉は思っていた。
自ら死を選んではいけない。
そこにただいるだけだとしても、父のように気高くありたい。
兄弟の誰よりも、父の遺伝子を受け継いでいた。
獄舎にあったわずかな本もあっという間に読破。
暗記してしまう。
四六時中、監視の目が光り、外出はできなかったが、読書や学問は許された。
婉は、学んだ。
学ぶことが、「生きること」になった。

不遇な野中婉を支援する人物が現れた。
父が可愛がっていた、谷秦山。
彼は、のちに儒学者の大家になるが、このとき、自分が読んだ本を片っ端から婉に送った。
手紙も書く。
文通が、幽閉の場に射す、唯一の光になった。
ただ、婉は学べば学ぶほど、わからなくなる。
父も若くして学問を修めたひと。
なのに、なぜ、あんな死に方をしなければならなかったのか。
そもそも、私たちは、どうしてこんな仕打ちを受けなくてはいけないのか。
やがて、彼女は思い至る。
男たちが「政治」という名のもとに繰り返している、憎しみの連鎖。
残念ながら、父もまた例外ではなかった。
誰かを憎み、怨み、復讐すれば、必ずそれは自分に返ってくる。
自分に返ってこなくても、どこかで一族の末裔が滅ぶ。
生き残った誰かは、また怨み、憎しみ、復讐を誓う。
この呪縛から抜け出す道はないのか。
婉は、学問への意欲をなくす。
せっかくの支援者、秦山に、手紙を書く。
「学ぶことと、学ばないこと。
そこにどんな差があるのでございましょうか。
現にわたくしは、学ぶことで生きる気力を失いつつあるのでございます」

野中婉に、谷秦山は手紙を書く。
「それでも、あなたは学ばなくてはいけない。
憎しみの連鎖を断つには、憎しみを理解する知力が必要で、あなたは今、その途上にいるのです。
ここで止めてはいけません。
医学を極めなさい。
医学は、ひとの命を救える、数少ない学問です。
そこには、憎しみが介在しない。医学を、目指しなさい」


婉は、父が大好きだった。父が何よりも自慢だった。
このまま学問を続けると、父への尊敬がガラガラと崩れ去るような心持ちになっていた。
でも…医学なら…。
獄舎で死にゆく兄や弟を看病しながら、必死で医学を学ぶ。
そんな婉の姿を見て、もうひとりの支援者が現れた。
野中家を監視する医師、安田道玄(やすだ・どうげん)。
本来であれば敵であるはずの婉に、実践的な医術を伝授した。
「安田様は、なにゆえ、わたくしに医術を教えてくださるのですか」
彼女が問うと、道玄は答えた。
「あなたに、希望を見たからです。
誰かを監視する仕事を喜んでやる人間が、どこにいますか」
こうして婉は、放免される日をひたすら待った。
実に40年の時が流れ…彼女は外に出た。
母や姉、妹を食べさせるため、すぐに医院を開業。
その献身的で的確な医術は、評判を呼び、名が知られていくようになる。

「人生のほとんどを幽閉の身で過ごした、わたくしだから言えることがあります。
人生は、とても単純です。
だれかを憎むためではなく、だれかを幸せにするために、生きればいいのです」
野中婉



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I WISH I KNEW HOW IT WOULD FEEL TO BE FREE / Nina Simone
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