PASSENGER DIARIES

EDC 営業日誌(過去のお客様)

2023年8月26日放送

Passenger

遠山大輔

本日のお客様は、グランジ 遠山大輔様。
1979年、北海道出身。
2005年、大さん、五明拓弥さんとともにお笑いトリオ『グランジ』を結成。その後、2010年4月、TOKYO FMをキーステーションに放送されている『SCHOOL OF LOCK!』の2代目校長に就任!“とーやま校長”として2020年3月まで10年間、パーソナリティを務められました。現在も『SCHOOL OF LOCK!教育委員会』など、ラジオのレギュラー番組を多数抱える人気パーソナリティ!そんな遠山さんのこれまでの人生を辿るドライブに出発です!

 

 

~川島さんとの関係~

川島さんと2人きりで喋る機会は今回が初めてだと言う遠山さん。楽屋で会ったり、お仕事をしたことはあっても、お互い“麒麟”“グランジ”として出演していることがほとんどだったそうです。ただ、芸人界で“TOKYO FMでブイブイ言わせている”という遠山さんの評判は、川島さんにも伝わっていたとか。笑
2010年4月から10年間、『SCHOOL OF LOCK!』の“とーやま校長”として平日夜の帯番組を担当し、現在もラジオ番組のレギュラーを3本抱えている遠山さんは、名実ともに“ラジオスター”!そんな遠山さんですが、「こんなに緊張することがあるかってくらい今日はドキドキしている…」とおっしゃいます。川島さんとのドライブに緊張していたそうで、本日は予定の起床時間より50分も早く起きてしまったのだとか…。笑

 

 

~お笑い少年~

川島さんと同じ1979年生まれの遠山さん。見てきたものや影響を受けたお笑いなど、共通している部分が多く、その中でも特にダウンタウンさんの話題で意気投合!
遠山さんが小学6年生だった1991年、フジテレビ『ダウンタウンのごっつええ感じ』の放送がスタート。その中で遠山さんが印象に残っているのが、電車のコント。浜田さん、今田さん、吉田ヒロさんなどのレギュラー出演者が乗客に扮して横一列に並び、松本さんがガタンゴトン、ガタンゴトン、オジンオカン…と、声だけで笑わせていくネタでした。そのコントで「本当に息できなくなるくらい笑った」と話す遠山さん。川島さんも「知らない笑いでしたね。笑ったんだけど、何で笑ったんだろう…という新しすぎる笑い。」と当時の衝撃を語ります。また、「新喜劇の“眉毛ボーン”でおなじみの吉田ヒロさんが、すっごく悔しそうな顔してんねん。」とも。吉本新喜劇では“ギャグのスーパースター”だった吉田さんが、“こんな天才がいるんだ…”と松本さんに対して負けを悟ったような表情が川島さんは印象的だったそうです。遠山さんは「その感性をお持ちなのもすごいですね…!」と驚きつつ、「ちょっとその視点は無かったんで、改めてDVDで見てみます!」と、“ごっつ愛”溢れるお話をして頂きました!


(『ごっつええ感じ』の放送が始まった小学6年生の頃の遠山さん!)

こうして、お笑いに興味を持ち始めた遠山さん。ただ、地元・北海道のテレビで流れるお笑いは関東のモノが中心。大阪の文化はなかなか伝わって来ませんでした。
そんな中、高校生の頃、遠山さんには“みんなはダウンタウンに夢中だよな、でも俺はもう違うところ行ってるからな!”と同級生に差をつけたい時期があったそう。雑誌などを読み、当時、大阪の心斎橋筋2丁目劇場を中心に活躍していた千原兄弟やジャリズムといったコンビの存在を知り、大阪の友達に、大人気だった関西のテレビ番組『すんげー!Best10』などを録画したビデオテープを送ってもらっていたそうです。多くの芸人が出演するその番組の中で遠山さんが撃ち抜かれたのは、千原兄弟。
1997年に千原兄弟の全国ツアー『右から2番目の星に住む迷子達の声』が開催され、遠山さんはその北海道公演を観に行きます。当時、千原兄弟は芸歴6~7年で、ジュニアさんはまだ23歳の頃でしたが、全国ツアーを開催できて、しかもチケットは即完という人気ぶり。のちにお笑い芸人になり、ご自身でも単独ライブをやり、他の芸人さんの単独ライブもたくさん観てきた遠山さんですが、この1997年の千原兄弟の単独ライブが今でもこれまでで一番面白かったと断言されます。そして、影響を受け過ぎた遠山さんは、高校の文化祭で、全校生徒約800人の前で千原兄弟風の一人コントを披露!ただ、素人が真似してもやはりウケず…それでも“まあ、こういうお笑い、みんなわかんないタイプね”というスタンスで、メンタルを保ち続けたのだとか。笑


(千原兄弟に憧れていた、高校生の頃の遠山さん!)

 

 

~お笑い芸人の道へ~

千原兄弟のライブで貰ったチラシで吉本興業の養成所・NSCを知り、高校卒業の2ヶ月前にNSC東京校に電話をした遠山さん。しかし、その年の4月からのコースはすでに募集が締め切られており、翌年、東京5期生として入所しました。当時の遠山さんはピン芸人で、千原兄弟への憧れから、人を笑わせようとしているはずなのに暗いネタをやり、今思えば「知られてないお前がそんな暗いじめじめしたことやったって誰も笑わないよ」とツッコみたくなるような芸風だったそうです…。
しかし、半年ほど経って“このまま一人でやっていても千原兄弟にはなれない”と気づき始めます。そんな中でコンビを組まないかという誘いを受けます。誘ってきたのは、現在、平成ノブシコブシとして活躍する吉村崇さん。同期で、同じ札幌出身ということもあり、仲良くなったのだとか。当時の吉村さんは伏し目がちでボソボソと小声で喋っており、今の明るい、破天荒なイメージとはだいぶ異なっていたそうです。そんな吉村さんからのコンビの誘いですが、遠山さんは“まだピンでいける”という自信があり、結局断ってしまいます。その後、現在は放送作家として活躍する大平カンフーさんとコンビを組むものの上手くいかず…しばらく宙ぶらりんの状態に。
ただ、大平さんが「めちゃくちゃツッコみたくてしょうがないヤツおるで。」と言って遠山さんに紹介した人が、現在の相方である大さん。元々、かもめんたるのう大さんとコンビを組んでいた大さんですが、解散してピン芸人になり、今後に悩んでいたタイミングだったそう。こうして、まずはコンビとしてグランジの活動が始まります。するとしばらくして、五明さんが別のコンビを解散。そのタイミングで、関東の多くの若手芸人を見てきたお笑いライブ作家の山田ナビスコさんの勧めで五明さんが加入。最初、試しにネタを作ってみたところ、遠山さん自身はあまり手応えが無かったそうですが、山田さんが「お前ら最高だよ!絶対これ続けた方がいいよ!!」と絶賛したことで、2005年4月に3人組としての活動が本格的にスタートしました。


(2005年、結成してすぐのグランジの3人!中央に写っているのが遠山さんです!)

その後は劇場にも多く出演し、2008年からは数年続けて『キングオブコント』の準決勝に進出。単独ライブのチケットも瞬く間に完売する人気トリオへと成長していきます。
この頃、劇場で麒麟がMCのライブコーナーがあり、川島さんがグランジのネタを見ることもあったそうですが、今でも「意味わからんかった」と話すほど印象に残っていることが。それは、“お坊さんがコンパに行く”というグランジの鉄板コントにまつわるお話。遠山さんと五明さんがお坊さんに扮し、大さんが女性役を演じるというネタで、披露すれば劇場では大ウケでした。しかし、鉄板ネタゆえに披露し過ぎていたせいか、次第にコントの内容にも異変が起こるように…。大さんがツッコむとき、木魚を叩くバチで遠山さんや五明さんの頭を思いきり叩いたり、さらには女性用のカツラも被らず、坊主であご髭で女性役を演じるようになったりと、大さんのやけくそな行動がエスカレートし、客席も少し引いている雰囲気だったとか。笑
その頃、トリオ内で喧嘩も頻繁にしていたそうで、時には取っ組み合いの喧嘩に発展することもあったそうです。

 

 

~SCHOOL OF LOCK!~

2010年4月、TOKYO FMをキーステーションに全国で放送されている平日夜のラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』のパーソナリティに遠山さんが抜擢されます。それまでラジオパーソナリティの経験は全くなかった遠山さんがなぜ選ばれたのか…この経緯についてもたっぷりと伺いました。
元々、『SCHOOL OF LOCK!』は2005年10月にスタートした番組。当初は山崎樹範さんが“やましげ校長”、当時『カリカ』というコンビで活動していたマンボウやしろさんが“やしろ教頭”としてパーソナリティを務めていました。ただ、2010年にやましげ校長が退任されることになり、それに伴って番組も終了…という話も一時はあったそうですが、それでは“生徒”と呼ばれる全国のリスナーに対して無責任だということで、新たに2代目の校長を探すことになりました。各プロダクションにそのオーディションの知らせが届き、吉本興業からは遠山さんを含めて5人が候補となり、遠山さんによるとその中には平成ノブシコブシの吉村さんもいたのだとか。
遠山さんは「ちょっとTOKYO FMに行ってもらっていい?」と吉本の社員さんから言われて、何のオーディションなのかもよくわかっていない状態でしたが、当時のプロデューサーと、好きな音楽、漫画などについて30分ほど雑談してひとまずオーディションは終了。すると、1週間程してマネージャー同伴で再びプロデューサーと面談することに。横にいるマネージャーを見ると、スケジュール表を見ながら「4月以降全然大丈夫です。空いてますね。」などと話しており、何かの話が進んでいることを感じた遠山さん。「なんですかこれは?」と聞いたところ、『SCHOOL OF LOCK!』の2代目校長を探していることを知らされたのだとか。ただ、遠山さんは番組の存在こそ知っていたものの聴いたことはなかったため、どういう番組なのかもわかっていなかったそうです。
ただ、それでも最終候補の3人に残った遠山さん。他の2人は、FMでラジオ番組のレギュラーを担当したことのある経験者と、男前な俳優の方だったとか。最終審査として、やしろ教頭とラジオブースで1時間程、生放送想定で番組を進行していく場が設けられました。この最終審査の手応えは全くなく、遠山さんは“これ多分無いだろうな…”と思ったそうですが、数日後、やしろさんから電話で呼び出されます。呼び出された場所は番組プロデューサーの自宅で、そこにはプロデューサーと番組スタッフとやしろさんの姿が。ここで、4月から遠山さんが新しい校長として就任することが告げられたのだそう!ただ、全く手応えが無かった遠山さんは「えっ、あれがですか!?あんなに喋れてないし、てんぱりまくってたのに…」と驚き、選ばれた理由を尋ねると、「一番下手くそだから遠山くんにした。」との返事が。10代に向けた『SCHOOL OF LOCK!』では毎日様々な生徒(リスナー)と電話で話しますが、その中には学校生活を楽しんでいる生徒もいれば、いじめられていたり、“学校辞めたいです”“死にたいです”と悩んでいる生徒もいます。話が上手い人も良いけれど、そつなく流暢に喋るパーソナリティだと、悩める学生との間に距離が生まれてしまう可能性も。だからこそ、上手く喋れていなかった遠山さんが抜擢されたのだとか。
この2週間後には“とーやま校長”として初めての放送が始まりました。就任してしばらくは、やしろさんや周りのスタッフに毎日のように怒られたとか。しかし、言葉の言い回しや喋るトーン、相槌の打ち方まで細かく教えてもらったことで、遠山さんはパーソナリティとして成長していき、全国の10代のリスナーの心を掴むことができたのです。

 


(『SCHOOL OF LOCK!』2代目校長に就任した直後、2010年4月上旬の生放送の様子!)
※写真は、『SCHOOL OF LOCK!』公式HPより。

 

 

~奥田民生さんの言葉~

遠山さんがこれまで人に言われた中で一番印象深い言葉は、奥田民生さんの言葉。30年来の民生さんファンである遠山さん。上京するタイミングで『さすらい』が発売になり、この曲の「人影見当たらぬ終列車 一人飛び乗った」という歌詞に感化され、飛行機ではなく札幌駅から上野駅まで電車に乗って上京したそうです!
時は流れ2013年、『SCHOOL OF LOCK!』の生放送教室に民生さんがゲストで登場!その際、この上京のエピソードを、スタッフが民生さんに打ち合わせで話していたようで、2時間の生放送の終わり際、民生さんがアコースティックギターを持って「僕の曲で飛行機から電車に変えたみたいな話聞きましたけど…」と言ってくれたのだそう!続けて、「あのね、人のそういう曲とか、真に受けちゃダメよ。」と、民生さんなりの言葉をかけた後、「じゃあその『さすらい』歌います」と、遠山さんには完全サプライズで弾き語りを披露してくれることに!
遠山さんはドキドキしながらヘッドホンを両耳にセットして、いざ!…と思いきや、民生さんからは「何やってんの?」との言葉が。「ちゃんと聴きたいんで…」と遠山さんが説明すると、「いや、それだったらラジオで聴いてるのと一緒じゃん。」と一言。遠山さんの中ではこの言葉は“君に向かって歌うんだから、ヘッドホン取りなよ!”という意味だと理解し、ストレートな言葉をあえて使わない民生さんならではの粋な一言に感動したとか。“少しでもあんなこと言えるような男になりたいなあ”と、今でも民生さんには憧れているそうです。川島さんも「ミュージシャンって、そういうところズルいよなあ〜。」と言いつつ、カッコ良さ溢れる民生さんのエピソードに聞き入っていました!

 

 

~川島さんに質問~

ここで、遠山さんから川島さんに質問が。それは「何をとっても完璧な川島さんのダメなところってあるんですか?」というもの。
これに対して川島さんは、「トランプの神経衰弱が全くできない。」と回答。笑
川島さん曰く、瞬間的に記憶するのが苦手で、神経衰弱のようなゲームは特に苦手なのだとか。以前出演した番組で、アニメのキャラクターで神経衰弱をする企画があったそう。例えばテーマが『キン肉マン』であれば、『キン肉マングレート』と『テリーマン』が出ても、「この2人は同一人物なんです。」と説明できればワンペアで取れるというような趣向を凝らした神経衰弱でしたが、川島さんはそもそもの神経衰弱が全くできず、マネージャーや周りのスタッフに“疲れているのでは…?”と心配されてしまったのだとか…。
他にも、人の名前を覚えるのが苦手な川島さん。番組のスタッフの名前も全く覚えられず…ただ、スタッフに対して愛が無いのではなく、とにかく覚えられないのだそう。番組の司会もたくさん務めていますが、生放送のクイズコーナーでは、その前のCM中に全員の顔と名前を改めて確認するようにしているのだとか。

 

 

~遠山さんのエウレカ!(発見・気付き)~

遠山さんのエウレカは、『SCHOOL OF LOCK!』のプロデューサーからの教え。
それは、“とーやま校長”になって1年程経った頃のこと。自信が持てず、頻繁に噛んでしまったり、大好きなPerfumeがゲストに来た際には愛が溢れて喋りすぎてしまい、Perfumeに喋る隙を全く与えなかったり、リスナーに対しても“こう言ったら、誰かに「それは違うだろう」と言われるんじゃないか…”と悩んでしまったりと、上手くいってなかったそう。そんな姿を見た当時のプロデューサーから、「あなた何をそんなごちゃごちゃ考えてるの。余計なこと考えなくていい。目の前の生徒一人のことだけを考えていればいい。」と言われたのだとか。遠山さんの足りない部分は、教頭のやしろさんに補ってもらって、「お前はとにかくど真ん中の160キロストレートだけを投げ続けろ。」というプロデューサーの言葉で視界が開けたと言います。「テクニックはいらないから、突き進んでいけ!」と言われたことが今でもすごく心に残っている遠山さん。今でも、例えば番組に新曲をリリースするゲストを迎える際には、曲を作った人や演奏した人、レコード会社の人、ファンなどといった、たくさんの人のことを考えた最大公約数の言葉よりも、自分が本当に思ったことをゲストに直接投げかけることを大切にされているそう。不特定多数に届く場所でも目の前の一人に向かって届けることが、ラジオでもお笑いでも大事だとお話しいただきました!
これからも、遠山さんならではの“生きた言葉”で、全国のリスナーやお笑いファンを楽しませてくれることでしょう!


(現在は、金曜23時からTOKYO FMをキーステーションに全国ネットで放送中の
『SCHOOL OF LOCK!教育委員会』に“とーやま委員”として出演されています!
こちらも、ぜひお聴きください!)
※写真は、『SCHOOL OF LOCK!教育委員会』公式HPより。

 

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PLAYLIST
  • 「若者のすべて」
    フジファブリック
  • 「だいじょばない」
    Perfume
  • 「さすらい」
    奥田民生
  • 「爪痕」
    The Birthday
  • 「Lust For Life」
    イギー・ポップ