EDC 営業日誌(過去のお客様)
2021年2月6日放送
本日のお客様は、照英様。
※少年時代の照英さん
※釣りを楽しむ照英さん
 
 
大学卒業後、持ち前の体型を武器に、ファッションモデルとして活動。 テレビに出るきっかけとなったのは、たまたまファッションショーを観に来ていたテレビ番組のプロデューサーさん。モデルの照英さんに目を付け、番組オーディションの話を持ち込みます。その番組が特撮ヒーロードラマ『星獣戦隊ギンガマン』。オーディションを受け、最終選考の10人(合格者は5人)まで残ります。演技経験者が多い中、演技未経験の照英さんの型にとらわれない芝居は、高評価を受け、後日、『地球を1年間守って頂いてよろしいですか?』と、合格の連絡が入ります!こうして、俳優・照英が誕生しました。
その後、映画監督などが主催するワークショップに積極的に参加され、より深く芝居の世界に。朝ドラ『まんてん』・大河ドラマ『新選組!』・『水戸黄門』など有名作品にも出演。『水戸黄門』ではレギュラー出演者として約7年間、京都の太秦でほぼ休みなく撮影をされていました。俳優として安定の地位を築きはじめた頃、照英さんは自ら『水戸黄門』の降板を申し出ます。当時31歳。新たな事に挑戦したいという気持ちと、結婚したばかりの奥様のことを考え、悩み抜いた末の決断でした。俳優として成長させてもらった『水戸黄門』には感謝をしつつ、翌年降板。お子さんも生まれたタイミングで、東京を拠点にご家族3人での生活が始まりました。これを機に活躍の幅を広げ、子育て番組などにも出演されるようになります。
※モデル時代の照英さん
 
 
照英さんはなんと、2回しか会ってない女性にプロポーズしてご結婚!
その女性が、奥様の和加子さん。福島県でフリー・アナウンサーをされていた和加子さんと番組での共演をきっかけに連絡先を交換。次に会ったのは、その4年後!ドラマの撮影で福島県へ訪れることが決まり、「今度、福島に行くのでご飯に行きましょう!」と連絡を取りました。しかし、照英さんの福島滞在期間とはスケジュールが合わず、「じゃあ、今から東京に出て来ちゃいなよ!」と冗談まじりで伝えると、和加子さんは「行っちゃおっかな〜」と言いながら、本当に東京にやってきました!和加子さんは、4年前と全く変わらない表情・リアクションで、その純真さに心奪われた照英さんは、「この人と一緒にいれば、ずっと元気でいられる!」と直感し、お店で乾杯すると同時に「俺と結婚してくれないか?」と、突然のプロポーズ!
戸惑う和加子さんに対して、「俺は本気だ、福島に帰ったらご両親に相談してみてくれないか?」と伝え、後日、ご両親との会食の場をセッティングして、「結婚を前提にお付き合いさせて頂いてもよろしいですか?一生守ります!」とご挨拶。
突然のことでしたが、照英さんの本気の愛が伝わり、婚約者として和加子さんとのお付き合いがスタートしました。
 
 
小学生の頃、野球をやっていた照英さんは、中学校に入り、肩の強さを見込まれて、陸上部の先生にやり投げを勧められました。中学ではやり投げの競技がなく、高校に入って初めて投げた記録が埼玉県の県記録を更新!高校2年時には、ジュニアオリンピック、3年時にはインターハイ・国体に出場され、オリンピックを目指すレベルの選手になりますが、大学卒業と同時に競技から離れます。
月日は流れ、2018年頃、マスターズ(シニア層のスポーツ大会)に出場する選手に取材をするテレビ番組で、インタビュアーをしていた照英さんがやり投げを行う企画がありました。長年のブランクもあり、記録は振るわず、やっぱりダメだな〜と衰えを感じながら、計測していた審判員にお礼の挨拶をすると、その審判員はなんと、高校時代のやり投げの恩師!番組のサプライズで、恩師と再会をした照英さんは、「みっともない記録を出して申し訳ございません!」と謝ると、先生は責めること無く、芸能界で頑張っていることを褒めてくれました。先生から優しい言葉を掛けられて、なおさら自分が情けなくなってしまった照英さんは、やり投げへの闘志が再燃!そこから、本腰を入れて練習を積み重ね、1年後、埼玉県のマスターズ大会に出場。結果は、大会新記録で優勝!続いて、東日本大会でも優勝!勢いは止まらず、全国大会でも優勝を果たし、見事日本一に輝きました!
現在は、コロナ禍で大会の中止が相次いでいますが、照英さんはいつか、「マスターズ世界大会での金メダル」または「日本新記録の樹立」を果たす!という大きな夢を持っています。
全日本マスターズに出場した照英さん
 
 
あるテレビの特番で、ホッキョクグマの生態系にせまるドキュメンタリーの現地取材を担当した照英さん。ノルウェー・スヴァールバル諸島から、ヨットで移動しなが2週間ホッキョクグマを探し続けていました。すると、鯨が座礁しているという情報が入り、ヨットから小型のモータボートに乗り換えて岸へと向かい、上陸。ホッキョクグマが鯨の肉を食べに来るのを待つことにします。レポートしながらしばらく待っていると、コーディネーターが丘の上に一頭のホッキョクグマを発見!もの凄い勢いでこちらに向かってきます!一刻も早くその場を離れないと、撮影クルーが餌になってしまう・・・。急いで、モーターボートに乗り込みますが、極寒と焦りでエンジンがかからず、スタッフ全員でオールを漕ぎ、岸から離れようとしますが、さざ波の影響で陸地に戻されてしまいます。ホッキョクグマとの距離は僅か5〜6m!飛び掛かって来られたらひとたまりもない距離です!緊急事態に備えて、コーディネーターはショットガンを携行していましたが、銃のベルトをきつく締め過ぎており、なかなか取り出せません。そこで照英さんは、一か八か、持っていたオールをホッキョクグマ目掛けて投げ付けます。やり投げの経験が活きたのか、運良くホッキョクグマに命中し、驚いて逃げていってくれました。もしオールが当たっていなかったら、確実に襲われていました。この衝撃的な出来事の一部始終は、カメラマンがプロ根性で撮影していたそうですが、あまりにも危険過ぎるということでお蔵入りになったそうです・・・。
野生動物の恐ろしさを身をもって体験した照英さんですが、まだまだ地球のいろんなことをもっと知りたい!知らなければならない!と海外ロケへの意欲は尽きません。
※動物園で見ると愛らしいホッキョクグマ
 
 
近年、最もハマっているのは金魚。今は100匹ほどですが、一時期は2000匹もの金魚を飼育・繁殖されていました。品種は、お祭りの「金魚すくい」でよく見る、ワキン・デメキンではなく、東錦、オランダシシガシラ、ランチュウなどの珍しいものが中心。
全日本金魚品評会で優勝した金魚は1匹100〜200万の高値が付くこともあるそうです。照英さんは、品評会で日本一を獲ることを目標に、繁殖・飼育を続けています。
また、昨年、照英さんが作出した金魚は新種になる可能性があり、新種と認定された際は「ショウエイ」と名付けて、図鑑に載せることが夢!新種と認定されるためには、固定品種(同じ色・サイズで産まれる)として作出されなければならないなどの条件があり、愛と情熱をかけて研究中です。
※金魚と照英さん
 
 
最後に、奥様と初めて出会った場所・福島県只見町へご案内しました。
歳を重ねても、様々なことに挑戦を続ける照英さん。その陰には、結婚して15年、常に支えて下さる奥様の存在があります。「色んな部分で奥さんに認めてもらえるように、さらに精進したい!」と語る照英さん。
是非、新種の金魚として認められた際には、奥様の名前を付けて欲しいですね!
 
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