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24.09.17

日本製鉄のUSスチール買収問題。アメリカが反発する背景

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ネットニュースの内側にいるプロフェッショナルが、注目のニュースを読み解きます。


今日はダイヤモンド・ライフ副編集長の神庭亮介さんにお話を伺いました。神庭さんが注目した話題はこちらです。


「日本製鉄のUSスチール買収問題。アメリカが反発する背景」

吉田:日本製鉄は先週、アメリカの鉄鋼大手USスチールの買収計画を巡り、バイデン大統領に買収に理解を求めたとみられる書簡を送ったと明らかにしました。一方、ワシントン・ポストが13日、買収に対するアメリカ政府の判断が11月の大統領選の後になる可能性があると報じました。買収を巡る強硬姿勢に変化が生じるかどうかが注目されています。


ユージ:神庭さん、そもそも「USスチール」というのは、どんな会社ですか?


神庭さん:「鉄鋼王」アンドリュー・カーネギーや銀行家のJPモルガンの鉄鋼会社などが合併して1901年に生まれました。JBpressによると、当時の時価総額はアメリカの国家予算の2倍にも達したということですごく大きな会社です。かつては世界最大の鉄鋼会社として我が世の春を謳歌したのですが、日本や中国の企業の台頭で2022年には粗鋼の生産量が世界27位まで転落してしまいました。そこに「2兆円で買収しまっせ」と救いの手を差し伸べたのが日本製鉄です。買収が実現すると、世界3位の巨大鉄鋼企業が誕生することになります。


吉田 :このニュースは、最近ずっと報じられていますが、どうしてこんなに揉めているのでしょうか?


神庭さん:買収を阻む「3つの壁」があります。1つ目が「政治の壁」です。いまは大統領選の真っ最中。共和党候補のトランプさんは、買収を「絶対阻止する」と息巻いています。民主党候補のハリスさんも「アメリカ国内で所有、運営されるべきだ」と反対する姿勢を示しています。USスチールの本社ピッツバーグは、大統領選の激戦州であるペンシルベニア州にあるのですが、アメリカ大統領選は各州ごとに「勝者総取り」で選挙人を奪い合う仕組みです。全米での人気や支持率よりも、激戦州・スイング・ステートの動向がカギを握ります。だからこそ、トランプさんもハリスさんも有権者の心をつなぎ留めるために躍起になっていて、イチ企業の買収話という枠を越えて、一大政治問題になっています。


ユージ:いわゆる「政争の具」になってしまってるわけですね。2つ目の壁は何でしょうか?


神庭さん:2つ目は「労働組合の壁」です。アメリカでも日本と同じく労組は加入率が落ちて弱体化していますが、一部の産業では例外的に「強い組合」が残っています。その1つが全米鉄鋼労働組合(USW)で、このUSWが買収に強く反対しています。USWはUSスチールの従業員も含めて、120万人もの組合員を抱えています。ピッツバーグに本部があり、ペンシルベニアにも5万人の組合員がいます。日本製鉄側は、USスチールの会社名は残します。買収を受けて解雇や工場閉鎖をすることはありません。13億ドル(約1,830億円)の追加投資を行うなど、かなりの好条件を提案していますが、USWは「買収の前に連絡がなかった」「信用できない」と反発しています。USスチールの買収の際に日本製鉄に競り負けた、「クリーブランド・クリフス」というアメリカの鉄鋼企業があるのですが、USWにはこのクリフスの社員もいます。USWの強硬姿勢の裏に、横取りを狙うクリフスの陰があるのでは?といぶかる声も出ています。


吉田:なかなか複雑ですね。3つ目の壁は何でしょうか?


神庭さん:3つ目は「感情の壁」です。123年の歴史を持ち、一時はアメリカを代表するような企業でもありました。それが他国の企業に買収されるかもしれません。日本で言えば、トヨタ、Honda、任天堂が外資に買収されるような寂しさがアメリカの方、特に地元ピッツバーグの方にはあるのではないか。その気持ちは理解できなくもありません。そういう企業ナショナリズムをくすぐる形で大統領選の「政争の具」にされているわけです。


吉田:本社があるピッツバーグはどのような状況でしょうか?


神庭さん:かつては「鉄の町」として栄えたのですが、今では工場や店舗が閉鎖されてしまっている形です。地元の方の中にも、買収によって資金が入って再び街が活性化することを期待する声もあります。ロイター通信によれば、もし日本製鉄による買収が失敗した場合、「数千人の組合員の雇用を危険にさらし、複数の製鉄所の閉鎖や本社移転を余儀なくされる可能性が生じる」と当のUSスチールが声明を出しています。従業員の雇用を守るどころか、反対な結果になってしまいます。頭では分かっているのですが、なかなか認めることができないということで、「感情の壁」があるのではないでしょうか。


ユージ:これはなかなか大変な状況ですね。今後はどうなりそうですか?


神庭さん:バイデン政権は買収を阻止する方向で動いていたのですが、ここへ来て潮目が変わってきました。ワシントン・ポストは、アメリカ政府が買収を阻止するかどうかの正式決定を11月の大統領選の後まで先送りするのではないかと報じています。日本製鉄からしたら「もうええでしょう!」という気持ちだと思うのですが、今は「待ち」のフェイズ。大統領選の熱狂が冷めれば、先ほど挙げた3つの壁のうち「政治の壁」と「感情の壁」はだいぶ和らぐはずです。選挙後に仕切り直した方が、日本製鉄にとっても地元住人にとってもより冷静な議論ができるのではないかなと思います。

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