人それぞれいろんな人生を歩んできたことでしょう。
そんな10年を振り返って、あなたが変わったことは何ですか?
どんなに些細なことでも構いません!
たくさんの書き込み、ありがとうございました!!
THE TRADにゲスト出演してた関取花さんが登場♪
先日リリースされたばかりのNewアルバム「新しい花」
皆さんぜひチェックしてください!!!
“あなたのこの10年は…予想通りの人生?予想外の人生?”
結果は……
“はい”、という方は「24.0%」!
“いいえ”、という方は「76.0%」!
ラジオネーム<Black Cat>女性/37歳/東京都/専業主婦
「みなさまお疲れ様です。
10年間の変化ですが、
ガラケーからスマホに変えたことです。
30歳の誕生日に、意を決して買いに行きました。まわりの人はスマホが多く、遅いデビューでした。
手にしたときのドキドキ感、使いこなせるかという不安感、いまでも覚えています。
たまに、パカっとあけるガラケーを懐かしく思うことがあります。好きだったな、小さいガラケー。
これから先はどうなるのかな。柔軟に対応できる大人にならないとな、と思います。」
本部長「僕は2台持ちでガラケーも持ってますが、キャリアの会社から
”もうその機種は修理できません”ってお便りが来て、いよいよかなって思ってますけど…」
浜崎秘書「(笑)」
本部長「スマホが出てまだ10年ちょっとですよ!」
浜崎秘書「そうですよ!」
本部長「ここから10年ってどうなっていくんでしょうね?」
浜崎秘書「どんどん変化していくんでしょうね。」
本部長「10年が長いのか短いのか分かりませんが、速度は早いな!って思います、ハンコ!」
ラジオネーム<田舎戻りのヨシ>男性/26歳/茨城県/会社員
「やしろ本部長、浜崎秘書お疲れ様です。
本日の案件、10年前と比べると前向きになりました!10年前は高校1年生の終わりくらい、当時はとにかく自分に自信がなかったし、自分のこともあまり好きではありませんでした。時が過ぎて大学受験も就活も希望のところに行けず失敗、挫折ばかりでしたが、大学は地元を離れて神奈川に住み、一人暮らし、語学留学を経験して、辛い時は10年前より「大変だけどなんとかなるっしょ!」と前向きに思える回数が増えた気がします。
今は地元に戻ってきましたが、今の姿を10年前の自分が想像したことはなかったなあと思います。」
本部長「もしかしたら上手くいかないな…と思っている時は
少しだけなにかに甘えている時なのかもしれませんね。」
浜崎秘書「どういうことですか?」
本部長「頼れる人がいない時ってぼやいていても仕方ない!ってなるじゃないですか?」
浜崎秘書「やるしかない!って。」
本部長「やるしかない!って思考が前向きな言葉を
呼び込んでくれることもあるかもなって思いました、ハンコ!」
ラジオネーム<ふぐさし子>女性/27歳/東京都/会社員
「10年で変わったこと。
10代から20代後半になって、一人で晩酌するようになりました。
お刺身も、10代の頃はイカやエビなどが好みでしたが、
青魚系のお刺身が好きになりました。
ブリやアジのお刺身が美味しくてたまりません。
大人になったな〜と思います。」
本部長「早くない?その移行!?」
浜崎秘書「(笑)」
本部長「僕は好きになるの遅かったなぁ…口が子供なんで。
秘書は一人で晩酌するの?」
浜崎秘書「よくしますよ!」
本部長「週どれくらい?」
浜崎秘書「週3くらいですね!」
本部長「塩舐めて?」
浜崎秘書「味噌ですね!」
本部長「なんかボケっぽくないぞ…(笑)」
浜崎秘書「美味しいんですよ!」
本部長「かっこ良いわ!ハンコ!」
今回は「東日本大震災から10年、あの頃と今のコロナ禍の違い」について
愛と経済の伝道師「宗さま」こと、
三井住友DSアセットマネジメントの宗正彰さんにお話をお伺いしました!
「東日本大震災」から丸10年…
当時、日本の株式市場はまだ日経平均株価が1万円前後だったのですが、
震災当日の終値は10250円とあまり下がっていませんでした。
それは震災発生の時刻と株式市場が閉まるまでに
10数分しかなかった為に反映されなかったからです。
そして、週明けの火曜日には8605円。
この下落率は1987年のブラックマンデー、2008年のリーマンショックに次いで、
当時、過去三番目でした。
もう一つ、問題だったのが日本円が戦後最高値を更新しました。
普通であれば日本がダメージを受けているので円は売られて安くなると思いきや、
その当時のマーケットでは保険会社が保険料を支払うために
海外に所有している資産の売り、円に変えるだろうという噂が広がった為です。
一件落着したのが18日の午前。
G7の財務大臣と中央銀行の総裁が電話会合を開き合意した
為替の協調介入により81円台に戻りました。
東日本大震災による経済損失は震災発生後の3ヶ月後、
内閣府の発表で16兆9000億円でした。
東日本大震災と新型コロナ。
同じ「災い」と言えるかもしれませんが、
株式市場や景気に与える影響はどちらもかなりのものです。
宗正彰さん、今月もありがとうございました!
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https://www.rakuten-sec.co.jp/web/special/fund_smam/
ラジオネーム<ゆず茶ひめ>女性/33歳/東京都/自営・自由業
「本部長、秘書、花さん、リスナー社員の皆様お疲れ様です!
10年前と変わったこと。結婚して住む場所も変わり、子供も生まれて生活が丸っきり変わりました。
10年前、私は5年間お付き合いした別の彼氏がいました。学生時代からの彼で、就職して徐々にすれ違いちょうど10年前にお別れしたのですが、その時は、もうこの人以上に好きになれる人は見つからないだろうと思っていました。なので、しばらくは恋愛する気持ちになれずにいました。
でも、5年前くらいに好きになれる人と出会いました。それが今の旦那です。結婚し、転勤になって住む場所も変わり、10年前の私には想像もできなかった今があります。結婚して数年経つので、ときめきみたいなものはあんまり無いですが(笑)とても幸せです。
番組で花さんの歌を聴きながら、10年前を思い出して懐かしくなりました。」
本部長「やっぱり結婚って大きいですよね。
後は就職に転職、お子さんと…全然違う生活ですよ!」
浜崎秘書「はい。」
本部長「もうときめかないっていうけど、
それは表現の仕方が違うだけで、ときめき慣れてるだけじゃないかと思うんです!」
浜崎秘書「あぁ!」
本部長「それでも生活しなきゃいけないので、
ときめきをコントロールできるようになっただけなんです!」
浜崎秘書「(笑)」
本部長「だから、ゆず茶ひめさんは旦那さんにずっとときめいてるんですよ、ハンコ!」
クリエイティブ・ディレクターの箭内道彦さんが来社♪
スカロケには毎年この時期にお越しいただいています!
箭内さんは東日本大震災の直後から
音楽イベントやテレビCM、広告コピーなどを通じて
「ふくしま」の発信を続けられていいます。
15年は『ふくしまプライド。』という言葉を掲げ、
16年は『あなたの思う福島はどんな福島ですか?』という新聞広告を
17年は、TOKIOのCMで『TOKIOは言うぞ』というメッセージを発信されてきました。
今年は松岡茉優さんが「ふくしま 知らなかった大使」に就任し、
ふくしまの今を一緒に知ってもらうべくPR動画を作成されました。
詳しくはこちらをご覧ください。
https://fukushima-shiranakatta-taishi.jp/
震災から10年…
しかし、10年というものが区切りなどではなく
1日1日を丁寧に生きてきた延長でしかない。
美味しい食べ物もたくさんあるが、何よりの魅力は人だと語る
今まで発信を続けてこられた箭内さんだからこその
リアルで真っ直ぐな言葉の数々を聞かせていただきました。
浜崎秘書「それでは、本部長、箭内さん!?」
本部長・浜崎秘書・箭内さん「今日もお疲れ様でしたーーーー!!!!!!」
スカイロケットカンパニー社員の皆様、今日もお疲れ様でした!
明日も17時より会議を行いますので、時間厳守で出席お願い致します!
こちん
海猫先生
わきわきわっきー
コエダ
飲酒ロック
ブラキオサウルスのビーム
生涯、一小役人
あまママ
笹巻き
などなど...たくさんの書き込みありがとうございました!.
1.新しい花 / 関取花
2.美しい人 / 関取花
3.空はまるで / MONKEY MAJIK
4.115万キロのフィルム / Official髭男dism
5.blue / xiexie
6.Take Over / DEAN FUJIOKA
7.空ノムコウ / マハラージャン
8.さくら(独唱) / 森山直太朗
9.苺 / ひとりぼっち秀吉BAND
10.I love you & I need you ふくしま / 猪苗代湖ズ