- 今月の旅人
- 片渕須直(アニメーション映画監督)
映画『この世界の片隅に』の監督、脚本を手掛けた片渕須直監督が、映画の舞台となった広島、そして呉を歩きます。今週は、映画で主人公すずさんの義姉、径子さんの声を担当した尾身美詞さんと一緒に、水上交通「雁木タクシー」に乗船。すずさんの故郷、広島市江波から市の中心部に向かいます。
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
映画『この世界の片隅に』の監督、脚本を手掛けた片渕須直監督が、映画の舞台となった広島、そして呉を歩きます。今週は、映画で主人公すずさんの義姉、径子さんの声を担当した尾身美詞さんと一緒に、水上交通「雁木タクシー」に乗船。すずさんの故郷、広島市江波から市の中心部に向かいます。
太田川(通称本川)を遡ること3~4キロ。岸に見えてきたのは常夜燈、いわゆる灯台です。昔はこの辺りが広島の海の玄関口でした。すずさんも船の上からこの常夜燈を目にしたのかも。
いくつかの橋をくぐって、広島平和記念公園に到着。
すずさんが海苔を背負って上陸した岸もすぐ近く。
「雁木タクシー」
広島平和記念資料館東館の情報資料室で監督と尾身さんと迎えてくれたのは、広島市文化財団主任学芸員の田村規充さん。広島平和記念資料館本館の耐震工事の際、地下から戦中戦後の遺物が多数発掘されました。
広島平和記念資料館の地下から掘り出されたのは、コンテナ1000箱分を越える遺物。ガラス瓶や屋根瓦、万年筆、髪留め、食器など。名前入りの硯が発見され、存命の持ち主にお返しした、というエピソードも。この地で生きた人々の息遣いが聞こえてきそう。
中にはグリコのおまけ、のらくろ二等兵の玩具も。
広島平和記念資料館の情報資料室には映画「この世界の片隅に」の台本が資料として収蔵されています。誰でも自由に閲覧することができます。また資料室には映画の絵コンテも展示。知られざる「片隅巡礼スポット」です。
続いてやってきたのは、基町ポップラ通り。ここは戦後、人々が肩を寄せ合って暮らした場所。当時は原爆スラムと呼ばれていました。いまは川辺に芝生が広がる市民の憩いの場。ここで映画「この世界の片隅に」の野外上映会が開かれます。
映画上映を前に片渕監督もちょっと一休み。
会場では被爆ピアノによるコンサートも行われました。矢川光則さんが所蔵、管理するこのピアノは昭和13年製造、ヤマハのアップライトピアノ。爆心地から3キロメートルの民家で被爆しました。矢川さんは「音楽で平和の尊さを伝えたい」と、国内外のコンサートに被爆ピアノを貸し出しています。
「被爆ピアノ」
あたりが夕闇に包まれる頃、片渕監督と尾身さんがステージに。
川からの風がやさしく吹き抜けます。
上映を終えて来場者と記念撮影。「この世界の片隅に」の灯がまた多くの人の心にともりました。
アニメーション映画監督
1960年生まれ。日大芸術学部映画学科在学中から宮崎駿監督作品『名探偵ホームズ』に脚本家として参加。『魔女の宅急便』(89/宮崎駿監督)では演出補を務めた。TVシリーズ『名犬ラッシー』(96)で監督デビュー。その後、長編『アリーテ姫』(01)を監督。TVシリーズ『BLACK LAGOON』(06)の監督・シリーズ構成・脚本。2009年には昭和30年代の山口県防府市に暮らす少女・新子の物語を描いた『マイマイ新子と千年の魔法』を監督。口コミで評判が広がり、異例のロングラン上映とアンコール上映を達成した。さらに2016年には『この世界の片隅に』(原作:こうの史代)の監督、脚本を務めた。映画はクラウドファンディングによる資金調達も話題となり、幅広い世代の支持を受けて大ヒット。人気は海を越え、これまで、世界60以上の国と地域で上映されている。2018年12月には『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が公開に。
映画『この世界の片隅に』オフィシャルサイト