- 今月の旅人
- アーサー・ビナード(詩人、翻訳家)
アメリカ合州国ミシガン州生まれのアメリカ人で、現在は広島に暮らし、日本語(そして英語)で詩を書く詩人、アーサー・ビナードさんが、自身が暮らす街、広島を旅します。ヒロシマと広島のあいだをいつも行き来しているアーサーさんと歩く広島の街。広電に乗って、自転車に乗って、アーサーさんは、第二の故郷ヒロシマを旅していきます。
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
アメリカ合州国ミシガン州生まれのアメリカ人で、現在は広島に暮らし、日本語(そして英語)で詩を書く詩人、アーサー・ビナードさんが、自身が暮らす街、広島を旅します。ヒロシマと広島のあいだをいつも行き来しているアーサーさんと歩く広島の街。広電に乗って、自転車に乗って、アーサーさんは、第二の故郷ヒロシマを旅していきます。
広電の広島港行きに乗っていくと、ここに着きます。ここは、終点。そして反対方向に乗るときには、始まりの駅。広電には、古い車両、新しい車両、とっても新しいモダンな車両と、いくつかタイプがあります。この写真の、向かって右側に停まっている車両は、とっても新しいモダンなタイプ。アムステルダムやストックホルムの街を走っているトラム(市電)を思わせるかっこいい車両で、乗り降りするときにはノーステップ、車いすも簡単に乗降できるバリアフリー・トレイン。乗り心地も静かです。一方、向かって左側は旧いタイプの車両。でも、古民家ホテルに泊まるような味わい深さがあって、旅人にはむしろ「こちらに乗りたい!」と思わせる魅力があります。どちらも、広電、市民の足。広島の人たちは広電を日々愛用しているのです。
「ほら、見て」とアーサーさんが教えてくれました。日本各地で走っていた市電、路面電車のいわゆる「お古」が、今、広電として走っているのです。このアンティークで可愛い古めかしい車両の広電は、その昔、京都を走っていました。京都市電の車両が、サインやマークもそのままに広島市内を行き交っています。京都の路面電車のお古は多くて、叡山鉄道のお古もあります。アメリカ、サンフランシスコのあの有名な坂道を往来する路面電車も、古くなるとハワイへ運ばれて、車のタイヤをつけられて、路上を今度はバスとして走っています。列車のお古が別の街で使われるというのは、わりと世界共通のようです。「列車は、すごく長持ちするんだよね」とアーサーさん。
広電を降りるとそこは、広島港宇品旅客ターミナル。人々が船を待っています。
「路面電車に乗って、終点に着くと、そこが港って、すごくいいよね!」とアーサーさん。
船といってもそれは、車もバイクも自転車も徒歩もみんな一緒に乗り降りする気軽なフェリー。朝夕は、通勤、通学の人たちもたくさん。旅人、観光客ももちろんいますが、広電と同じようにフェリーもまた市民の生活になくてはならない大切な足なのです。江田島や似島といった広島の瀬戸内の島々を結ぶフェリーもあれば、瀬戸内海の向こうの愛媛県へ向かう船もあります。アーサーさんが言います、「広島は、街の中心から20分くらい路面電車に乗って、そしてここでフェリーに乗れば、次の瞬間には海の上。しばらく乗れば別の島に行けちゃうんだ。路面電車と海の船が繋がっていて、面白いよねぇ」
「うわぁ、すごいね!」と見上げるアーサーさん。
大きな楠(くすのき)。濃い影を作ってくれています。
太い樹幹、苔むした枝はくねくねと曲がり、いくつもに分かれ……、なんだか動き出しそうな気配。
小径を抜けると、小さな、きれいなビーチがあると聞きました。
でも、ビーチにはなかなかたどり着きません。アーサーさんと、街でもどこでも歩いていると、だいたい簡単には目的地にたどり着きません。時間がすごくかかります。アーサーさんは寄り道が大好きなのです。ここでは、小径に小さな穴を発見。「この中に何かいるよ、ヤスデかな、ムカデじゃないよね……」、小枝を持って穴の中へ差し込んで……アーサーさん、ムカデは気持ち悪いし怖いので見せてくれなくてもいいんですが!笑
元宇品はその昔、宇品島という島だったそうです。江戸時代に埋め立てが行われ、道で繋がったんだとか。そしてその頃から、宇品島は「元宇品」と呼ばれるようになりました。ここはそんな元宇品の元宇品公園。やっと目当てのビーチへたどり着きました。
うわぁ、きれい……
とても、きれいなところです。白い灯台と青い空、白い雲。スケッチブックを持ってくればよかったな、と思ったりする瞬間。
狭い海峡に、次々と船が行き交います。小さな漁船から、大きなタンカーまで。瀬戸内海は古来、海の道でした。
アーサーさん、またまた何か生き物を探して、海辺を探索開始。
空っぽでは戻りません。笑
瀬戸内の水面で水切り。アーサーさんの日本での最初の詩集『釣り上げては』の中に、水切りの風景が出てきます。「自己ベスト」という詩です。東京の、多摩川の土手を自転車で走っていたアーサーさんが、たまたま出逢った3人の少年たちと多摩川の水面で水切り合戦をするはなし。夏休みの想い出がよみがえるような、とても素敵な詩です。
広島の、夏の一日。元宇品にて。
1967年アメリカ合州国ミシガン州生まれ。ハイスクール時代から詩を書き始める。ニューヨーク州コルゲート大学英米文学部を卒業。1990年に来日後、日本語での詩作を開始。2001年、第一詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞受賞。『日本語ぽこりぽこり』(小学館)で講談社エッセイ賞、『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞、詩集『左右の安全』(集英社)で山本健吉文学賞、『さがしています』(童心社)で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。『ゴミの日』(理論社)、『くうきのかお』(福音館書店)、『日々の非常口』(新潮文庫)、『空からきた魚』(集英社文庫)など、著書や翻訳書は多数。