- 2017
- 12/02
世界的マエストロ、指揮者・井上道義の小豆島紀行
「Dutch Café~羽根のない風車と瀬戸内の風」01
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
- 今月の旅人
- 井上道義(指揮者)
世界的マエストロ、指揮者・井上道義さんにとって、初めての小豆島。今回の旅の目的は、いくつかありますが、その最大のミッションは、島の小学生に音楽を教えること。小説「二十四の瞳」の作者・壺井栄の故郷、そしてオリーブとそうめん、醤油や佃煮の島。この島には、他に類をみない小学生オーケストラがあるのです。70年の歴史を持つ、この小さなオーケストラに、70歳のマエストロが特別レッスンを授けます。この島で、井上さんは何を感じ、島のひとたちは、マエストロからどんなプレゼントを受け取るのでしょうか。
指揮者・井上道義さんにとって、初めての小豆島。
フェリーの中で島がどれだけの広さなのか、必死に調べる研究熱心なマエストロ。
「え?小豆島って、サイパン島とほぼ同じ。ショウドシマっていうから小さいイメージになる。『あずきしま』でいいんじゃないか?」
さすがです、マエストロ。古代の頃は、『あずきしま』と呼ばれていたそうです。
瀬戸内の水面(みなも)に、陽光がキラキラ輝いて、綺麗でした。
先週までの風雨が嘘のように晴れた空。これもマエストロのチカラか。
ふと、『奇跡』『神』という言葉が、浮かびました。
小豆島に到着したとき、緑の島を見て、井上さんは微笑みました。今回の小豆島訪島の目的のひとつに、島の小学生たちに音楽を教えるというのがあります。「島が、歓迎してくれているように感じるね」。
島に入り、最初に訪れたのは、小高い丘に建つ、オランダ式カフェ。オランダ人の故ミシェルさんと、奥さんの根本美緒さんが、手作りで完成させた白い風車と、今は使われていないキャンプ場が目印。
お店の名前は、二匹の山羊の名前。美緒さんが、ミシェルさんと一緒に行ったニュージーランドの牧場で、二人になついたのが、キューピッド&コットン。
マエストロが、手慣れた手つきでパンケーキを切ります。美緒さんは、最愛の夫、ミシェルさんを亡くした今も、このオランダ式パンケーキを大切に焼いてきました。
店内にメイプルシロップの香りがあふれます。バジル、チーズとハーブチキンのパンケーキは優しい味がしました。
石段、ひとつひとつに、御夫婦の思いが見えます。
主を失ってから、風車に羽根はありません。
井上さんと美緒さんは、あらためて、風車を振り返りました。
羽根は、消えていませんでした。見えない羽根が、見えてきます。
お店から見える、瀬戸内の夕陽は奇跡のように黄金色でした。
井上さんが帰ろうとすると、坂を登ってくる、美緒さんのお母さんに遭遇!浅草生まれの江戸っ子だそうです。笑顔が素敵でした。
旅人プロフィール
井上道義
1946年東京生まれ。桐朋学園大学にて齋藤秀雄氏に師事。1971年ミラノ・スカラ座主催グィド・カンテルリ指揮者コンクールに優勝して以来、一躍注目を集める。以来、国内外でめざましい活躍を続けている。“クラシック界の異端児”との呼び名を持ち、古典から近現代までカバーする幅広いレパートリー、ジャズとのコラボ、野田秀樹とタッグを組んだ「フィガロの結婚」など既成概念にとらわれない企画性は、クラシック界に強いインパクトを与え続けている。
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