- 今月の旅人
- 池澤夏樹(作家)
作家の池澤夏樹さんが、敬愛する民俗学者宮本常一の故郷、山口県周防大島を訪ねています。戦中、戦後の日本をくまなく歩き、人々の暮らしを見つめ、記録した宮本常一。その温かいまなざしは、故郷の周防大島にも注がれました。あれ、池澤さん、今日はどちらに?
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
作家の池澤夏樹さんが、敬愛する民俗学者宮本常一の故郷、山口県周防大島を訪ねています。戦中、戦後の日本をくまなく歩き、人々の暮らしを見つめ、記録した宮本常一。その温かいまなざしは、故郷の周防大島にも注がれました。あれ、池澤さん、今日はどちらに?
周防大島の南側に「地家室」と呼ばれる地区があります。坂道を上った先に見えてきたのは…。
地家室の石風呂。自然の岩の形状を利用し、入り口には石が積まれています。中は、高さ幅奥行ともに180センチほど。ヨモギなどの薬草を焚く、いわば「薬草の蒸し風呂」です。石風呂は、島民が農作業の手を休めて集った憩いの場。人々の話し声が聞こえてきそう。
石風呂を案内してくれたのは、郷土の歴史に詳しい奥井紀舟さん。いまも体験学習のため、年に4回ほどこの石風呂に火を入れています。「石風呂が日常的に使われていたのは昭和30年代まで。ここはいわゆるコミュニケーションの場。民俗学的にはアジール、聖域です。」
周防大島の人々の暮らしを支えたのは農業と漁業でした。こちらは、周防大島の南に浮かぶ沖家室島に伝わる「かむろ針」。鯛の一本釣りで栄えた沖家室の漁師たちは、自分たちの手で釣り針を改良しました。「かむろ針」は、釣りファン垂涎の超レア針。
祖父も父も一本釣りの漁師だったという松本昭司さんは、父が作ったかむろ針を大切に保管しています。「父に習ってかむろ針をつくることはできるかもしれないが、自分は漁師じゃないので、それでは作品にしかならない。やはり、かむろ針は漁師がつくる漁師のための釣り針だから。」
松本さんのお父さんが乗っていた船。いまは高齢のため引退し、若い漁師さんがその技と船を受け継いでいます。
来週は周防大島とハワイ、そして池澤さんの意外な接点が明らかに。ん、ここは周防大島?それともハワイ?
作家。1945年、北海道帯広市に生まれる。小学校から後は東京育ち。
30代の3年をギリシャで、4-50代の10年を沖縄で、60代の5年をフランスで過ごして、今は札幌在住。
ギリシャ時代より、詩と翻訳を起点に執筆活動に入る。
1984年、文明への懐疑と人間の性を描いた『夏の朝の成層圏』で長篇小説デビュー。1987年発表の『スティル・ライフ』で第98回芥川賞を受賞し、ワープロで書いた初めての芥川賞作家となる。その後の作品に『母なる自然のおっぱい』(読売文学賞)、『マシアス・ギリの失脚』(谷崎潤一郎賞)、『楽しい終末』(伊藤整文学賞)、『静かな大地』(親鸞賞)、『花を運ぶ妹』(毎日出版文化賞)など。自然と人間の関係について明晰な思索を重ね、数々の作品を生んでいる。
2014年より全著作の電子化プロジェクト「impala e-books」を開始。また「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」全30巻に続き、「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」全30巻の刊行を開始。
世界を辺境から見つめるのが池澤夏樹流。文学の眼鏡と科学の眼鏡を携えて、今日も旅先で執筆を続ける。
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