- 2017
- 04/22
チェリスト・溝口肇の瀬戸内紀行
「琴平、牟礼、仏生山。チェロとライカを連れて」04
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
- 今月の旅人
- 溝口肇(チェリスト、作曲家、プロデューサー)
チェロとライカをつれて、溝口肇さんが瀬戸内を旅しています。琴電こと高松琴平電気鉄道に乗って、琴平町へ。そこは、現存する中では日本最古と言われる芝居小屋、「旧金比羅大芝居」のある町。高松市の牟礼は、古来「石と石工の町」として知られてきました。そんな牟礼の丘の途中に、イサム・ノグチが愛し、晩年を過ごした家とアトリエがあります。「イサム・ノグチ庭園美術館」を、溝口肇さんは訪ねます。今ではうどん、でもその昔は「素麺の町」として知られていた仏生山。琴電の仏生山駅を出て少し歩くとそこに、「仏生山温泉」があります。あるとき、小さなこの町に湧き出した温泉、その誕生の秘密とは? 仏生山に生まれ育った若き建築家と、溝口肇さんは言葉を交わします。ライカのシャッターを切りながら、ときどきチェロを奏でながら、溝口肇さんのロード・ムービーのような瀬戸内旅です。
仏生山町をのんびり散策。仏生山温泉番頭でもある建築家、岡昇平さんに連れられて、溝口肇さんは、のんびり初めての町を歩きます。
初めての小径、地元の子供たちにとっては、いつもの道。勝手知ったる「中心の世界」です。
古い木造家屋が残る仏生山のメインストリート。岡さんいわく、この町はその昔、「素麺タウン」だったそうです。このメインストリートには、素麺を作る店が軒を連ね、道沿いに毎日、打ち立ての素麺が干されていたそうです。今、仏生山に素麺業を営む店はひとつもないそうです。
旅人プロフィール
溝口肇
3歳からピアノ、11歳からチェロを始める。東京芸術大学音楽学部器楽科チェロ専攻卒業。学生時代から八神純子、上田知華とカリョウビン等のサポートメンバーを務め、大学卒業後スタジオミュージシャンとして6年ほどレコーディングに携わる。
24歳の時に自身が起こした自動車事故によってムチウチ症となり、その苦しみから逃れるため「眠るための音楽」を作曲し始める。スタジオミュージシャンとしての経験から「眠るための音楽」は自分自身のソロ楽曲として書きためられ、1986年『ハーフインチデザート』(Halfinch Dessert)でCBS SONYよりデビュー。以後、クラシック、ポップス、ロックなど幅広いジャンルで演奏・作曲活動を展開している。
作品には、映画音楽 やテレビ番組の音楽として用いられているものが多い。29年続いている番組「世界の車窓から」のテーマ曲はあまりにも有名。また、日本たばこピースライト、ギャラクシ-企業イメ-ジのCMにも出演し、多くの人々にその姿と音楽を、印象づけることになった。テレビ番組に自身が出演する機会も多く、特に旅番組には数多く出演している。
オフィシャルサイト
<株式会社グレース GRACE MUSIC LABEL>
溝口肇が主催する音楽制作会社。CD、コンサート他音楽に関わる全ての制作。レーベルはハイレゾ、DSDレコーディングに精通し、精力的に音楽性制作を行っている。Grace Music Storeから製品の購入もできる。