- 2017
- 04/15
チェリスト・溝口肇の瀬戸内紀行
「琴平、牟礼、仏生山。チェロとライカを連れて」03
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
- 今月の旅人
- 溝口肇(チェリスト、作曲家、プロデューサー)
チェロとライカをつれて、溝口肇さんが瀬戸内を旅しています。琴電こと高松琴平電気鉄道に乗って、琴平町へ。そこは、現存する中では日本最古と言われる芝居小屋、「旧金比羅大芝居」のある町。高松市の牟礼は、古来「石と石工の町」として知られてきました。そんな牟礼の丘の途中に、イサム・ノグチが愛し、晩年を過ごした家とアトリエがあります。「イサム・ノグチ庭園美術館」を、溝口肇さんは訪ねます。今ではうどん、でもその昔は「素麺の町」として知られていた仏生山。琴電の仏生山駅を出て少し歩くとそこに、「仏生山温泉」があります。あるとき、小さなこの町に湧き出した温泉、その誕生の秘密とは? 仏生山に生まれ育った若き建築家と、溝口肇さんは言葉を交わします。ライカのシャッターを切りながら、ときどきチェロを奏でながら、溝口肇さんのロード・ムービーのような瀬戸内旅です。
高松市内から「ことでん」に乗っておよそ15分で、仏生山駅に到着します。仏生山で生まれ育った建築家、岡昇平さんは、この町で「仏生山まちぐるみ旅館」という取り組みを進めています。「まちぐるみ旅館」とは、町全体を旅館に見立てる考え方。訪れた旅人は仏生山という「町に泊まり、町を楽しみ」ます。町の食堂で地元のごはんを食べ、町のカフェでおいしいコーヒーを飲み、町の古書店で本を探して、神社やお寺へ行って、温泉に入り、町の呑み屋で酒を呑み、町の客室に泊まります。そんな「仏生山まちぐるみ旅館」の施設のひとつが、ここ、「縁側の編集室」。
「縁側の編集室」
訪れたのは3月。まだひんやり空気が冷たい頃。夏にここへ来たら、縁側に座って麦茶を飲みたいと思いました。あるいはキリリっと冷えたビールでも。長い縁側は、人の到来を待ち焦がれているような感じです。「いらっしゃいませ。自由に、好きなところへどうぞ」
ちゃぶ台のような小さなテーブルと座布団。おいしいコーヒーとスイーツがあります。ここに座ってのんびり縁側と庭を眺める心地よさ。もちろん、縁側でごろごろしてもよし。
この空間を作った岡昇平さんと、「縁側の編集室」を主宰する広瀬裕子さん。広瀬裕子さんは文筆家・編集者で、おいしいコーヒーをいれてくれたり、手作りのスイーツも出してくれますが、この場所でいろいろなイベントも企画・運営しています。「縁側の編集室」は、「暮らし」のことを考える場所として、お話の会や展示会などを催しています。
「広瀬裕子さん オフィシャルサイト」
設計事務所と、仏生山温泉を運営しながら、町全体を旅館に見立てる「仏生山まちぐるみ旅館」という取り組みをしている、岡昇平さん。溝口肇さんは「とにかく聞きたいことは山ほどあるんですが……」と笑いながら、いろいろお話をうかがいました。仏生山で生まれ育ち大学進学と共に県外へ。東京の設計事務所にしばらく勤め、その後、自身の設計事務所を始める予定で故郷の仏生山へと戻った丘さん。すると、お父さんが温泉を掘り当てていました。もともと温泉町でもなんでもありませんでしたが、あるとき、仏生山の町の真下に高松クレーターというクレーターが見つかったことから、お父さんは「温泉が出る!」と考えて、(きっと家族やみんなの反対を押し切って・笑)温泉を掘り始め、やれやれと思われていたようですが、あるときなんと、ほんとうに温泉が出た!
お風呂を出たらここでのんびりくつろげます。温泉にはカフェも併設。
古書もあります。買った本を持って温泉に入ってもOK。ここは、のんびりゆっくり時間を過ごす場所。
「7つの温泉の町」として知られる兵庫県の城崎温泉。7つの温泉は宿ではありません。訪れた人たちは各々旅館に泊まり、浴衣を着て下駄をならしてそれらの温泉を巡ります。いわゆる「外湯」。大きな温泉つきホテルを造ってしまったら、旅人はそこに籠もり、外へあまり出ないかもしれません。外湯にすれば、旅人が町に出て、店に入り、町の人と交流し、町は生き生きします。「仏生山まちぐるみ旅館」の考え方も、これと似ています。岡昇平さんは言います。「いかに自分の住む町を今よりも楽しい場所にして、どうやったらニヤニヤしながら暮らせるか。楽しい場所というのは大げさなことではなく、毎日通いたくなる定食屋さんとか、ゆっくり本が読める居心地のいいコーヒー屋とか、自分が行きたいと思える店がその場にあり、毎日すごしてニヤニヤできること」。溝口肇さんは岡さんに「今、にやにやしながら暮らしていますか?」と訊ねました。「毎日にやにやしています」と岡昇平さんは微笑みで返しました。
溝口肇さんは、あまりに気持ちのいいその空間に、弦の音を響かせました。奏でたのは、「エスパス」、「鳥の歌」、そして、「世界の車窓から」。
旅人プロフィール
溝口肇
3歳からピアノ、11歳からチェロを始める。東京芸術大学音楽学部器楽科チェロ専攻卒業。学生時代から八神純子、上田知華とカリョウビン等のサポートメンバーを務め、大学卒業後スタジオミュージシャンとして6年ほどレコーディングに携わる。
24歳の時に自身が起こした自動車事故によってムチウチ症となり、その苦しみから逃れるため「眠るための音楽」を作曲し始める。スタジオミュージシャンとしての経験から「眠るための音楽」は自分自身のソロ楽曲として書きためられ、1986年『ハーフインチデザート』(Halfinch Dessert)でCBS SONYよりデビュー。以後、クラシック、ポップス、ロックなど幅広いジャンルで演奏・作曲活動を展開している。
作品には、映画音楽 やテレビ番組の音楽として用いられているものが多い。29年続いている番組「世界の車窓から」のテーマ曲はあまりにも有名。また、日本たばこピースライト、ギャラクシ-企業イメ-ジのCMにも出演し、多くの人々にその姿と音楽を、印象づけることになった。テレビ番組に自身が出演する機会も多く、特に旅番組には数多く出演している。
オフィシャルサイト
<株式会社グレース GRACE MUSIC LABEL>
溝口肇が主催する音楽制作会社。CD、コンサート他音楽に関わる全ての制作。レーベルはハイレゾ、DSDレコーディングに精通し、精力的に音楽性制作を行っている。Grace Music Storeから製品の購入もできる。