- 2017
- 02/04
ギタリスト・村治佳織の瀬戸内紀行「ギターと温泉と漱石と」01
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
- 今月の旅人
- 村治佳織(ギタリスト)
村治佳織さんが旅する瀬戸内は、愛媛県。島も海も大好き、何よりも旅することが大好きな村治さん、「憧れるのは、寅さん」と笑顔と真顔で語ります。そう、車寅次郎が、村治さんの旅の師匠なんだとか。「女寅さんになりたい」と笑う村治さんですが、もし渥美清さんが今も生きていて『男はつらいよ』が今も毎年撮られていたら、きっと村治佳織さんが「ギターを奏でるマドンナ」として出演する機会があった・・・かもしれません。
今月、村治さんは、ギターケースを肩にかけ、バッグには1冊の文庫本、すなわち夏目漱石の『坊ちゃん』をしのばせて、三津浜、道後温泉、内子町、下灘駅と、旅をします。
地元の人たちが「三津(みつ)」と呼ぶ三津浜は、愛媛県松山市にある、瀬戸内を望む地区です。かつては、「三津浜町」という港町でした。とても由緒ある場所で、松山藩の船奉行がおかれ、昭和の時代には、映画館や芝居小屋、競馬場、遊郭などもあったそうです。今は、古民家が数多く残る、静かな港町です。夏目漱石の『坊ちゃん』には、東京からやって来た教師、坊ちゃんが、赴任地で最初に艀にのって海を渡るシーンが描かれます。そう、それがこの場所、三津浜です。村治さんは坊ちゃんの影を追いかけるように、その小さな渡し船、艀に乗り込みました。
三津浜の小さな海峡を渡す「艀(はしけ)」に乗った村治佳織さん。渡し船とも呼ばれますが、これはまさに艀。わずか数分の海の上の移動で、向こう側の岸へ到着します。でも、その小さな、短い船旅が、旅情を誘います。「海は、やっぱりいいですね!」と村治さん。「船の旅も大好きです」
艀で渡った向こう岸には、小さな神社がありました。湊神社。村治佳織さんは早速参拝に。村治さんが瀬戸内を旅したこの数日間、日本にはちょうど寒波がやって来ていて、温暖で知られる松山も朝夕を中心に冷え込みが厳しくなっていました。でも、小さな船に乗って渡ったこの日は天気がとてもよく、気温は低めでしたが太陽が燦々と輝き、日向にいるとぽかぽかしました。神社の境内で村治佳織さんは、夏目漱石の『坊ちゃん』の一説を朗読、そして、ギターをケースから取り出しました。
海峡を進む小舟の音、鳥のさえずり、トンビやカラスの鳴き声を背景に、村治佳織さんはギターを奏でました。弾いたのは、「Cavatina(カヴァティーナ)」。イギリスの作曲家が作った曲でしたが、ロバート・デ・ニーロ主演、マイケル・チミノ監督による名作映画『ディア・ハンター』のテーマ曲として使われ、そこからいっきに世界的に有名になったギター曲です。村治さんは、5枚目のアルバム『CAVATINA』でもこの曲を弾いています。
村治佳織さんが瀬戸内紀行の宿場町に選んだのは、道後温泉です。愛媛県松山市に湧出する温泉で、日本三古湯のひとつとも言われています。何より有名なのは、「道後温泉本館」。夏目漱石の『坊ちゃん』に登場し、近年では、宮崎駿監督の傑作映画『千と千尋の神隠し』の、あの「油屋」のモデルになった温泉場です。
道後温泉
道後温泉で村治佳織さんを待っていてくれたのは、生まれも育ちも松山という地元ッ子の、松波雄大さんです。雄大さんは、東京で世界中を旅して回ったり、東京で仕事をしていたこともありましたが、あるとき、自分の地元、松山市や、愛媛県そして四国全体の魅力に大いに気づかされ、「松山や愛媛、四国を世界に発信していこう!」と思い至り、故郷へと戻ったそうです。今は、「モノ・ヒト・コトの新しい接点」をテーマに、株式会社サードフロアの代表取締役を務め、四国を世界にPRするお仕事に幅広く携わりながら、訪れる人々を迎え入れています。道後を知り尽くした雄大さんの案内で、村治さんは道後温泉を巡りました。
雲の下の松山城。手前の白いふわふわは、雲ではなくて、温泉の湯気です(笑)。
寒い日なら、こうして足湯でときどき温まりながらの道後温泉散策がオススメです。町には小さな商店街があり、土産物屋さんはもちろん、地ビールを味わえる店、愛媛ならではの「みかん」をテーマにした飲み物や食べ物のお店、今治タオルのお店などもあります。
旅人プロフィール
村治佳織
東京都出身。3歳より父・村治昇の手ほどきを受け、10歳より福田進一に師事。1989年、ジュニア・ギターコンテストにおいて最優秀賞を受賞。'91年、学生ギター・コンクールにおいて、全部門通じての最優秀賞を受賞。'92年ブローウェル国際ギター・コンクール(東京)及び東京国際ギター・コンクールで優勝を果たす。1993年、津田ホールにてデビューリサイタル。続いてデビューCD「エスプレッシーヴォ」をリリース。'94年には日本フィルハーモニー交響楽団と共演、協奏曲デビューを果たす。'95年、イタリア国立放送交響楽団の日本ツアーにソリストとして同行、同年、第5回出光音楽賞を最年少で受賞。'96年、村松賞受賞。同年5月、イタリア国立放送交響楽団の定期演奏会に招かれ、本拠地トリノにおいて共演、ヨーロッパ・デビューを飾る。このコンサートはヨーロッパ全土にテレビで放映された。
1997年よりパリのエコール・ノルマルに留学。'99年、ホアキン・ロドリーゴの前で彼の作品を演奏する機会を得る。同年、エコール・ノルマル卒業と同時に帰国、本格的なソロ活動を開始。 NHK交響楽団をはじめとする国内主要オーケストラとも共演を重ね、幅広い層からの支持を受ける。2001年、ロドリーゴ室内管弦楽団とスペイン、バレンシアにて初共演、翌2002年5月、ロドリーゴ生誕100年を記念し同楽団と日本ツアーを行う。以降国内外でのコンサート活動を積極的に行っている。
2003年11月、英国の名門クラシックレーベルDECCAと日本人としては初のインターナショナル専属契約を結ぶ。2004年7月に日本発売、2005年3月にヨーロッパ、韓国、香港をはじめ世界発売された第1弾『トランスフォーメーション』は、「レコード芸術」9月号にて特選として最高の評価を得るとともに、第19回日本ゴールドディスク大賞クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー<洋楽> を受賞した。第2弾『リュミエール』は'05年、'06年に日本及び世界発売、'06年6月には、DVD「村治佳織 生命の色彩・原色の響き コスタリカ」が発売され、同年10月にリリースされた第3弾『ライア&ソネット』では、ハリー・クリストファーズ率いる英国の合唱団、ザ・シックスティーンと共演。2007年4月に大島ミチルのストリングス・アレンジによるクロスオーヴァー・アルバム『アマンダ』を、10月にフルアルバムとしてDECCA第4弾となる『Viva! Rodrigo』を、11月にはDVD『Tres』をリリース。2008年、『KAORI MURAJI Plays BACH』(共演:ゲヴァントハウス・バッハ・オーケストラ、指揮:クリスティアン・フンケ)を、2009年には、DECCA第6弾となるソロ・アルバム『ポートレイツ』をリリース。2010年には、ソロ・アルバム第2弾「ソレイユ〜ポ一トレイツ2」 をリリース。2011年はソロ・アルバム第3弾「プレリュード~ポートレイツ3」をリリース。NHKハイビジョン特集「白洲正子の旅路を村治佳織が往く」(神と仏に捧げる演奏)に出演。NHK「鶴瓶の家族に乾杯」(長崎県平戸市)に出演。2012年 シアターコクーン5月公演「シダの群れ」純情巡礼編(ギター演奏)に出演。これまでに、ビクターエンタテインメント株式会社より9タイトルのCD『エスプレッシーヴォ』『グリーンスリーブス』『シンフォニア』『パストラル』『カヴァティーナ』 『アランフェス協奏曲』『レスプランドール』『エステーラ(ベスト盤)』『スペイン(ベスト盤)』をリリース
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