- 2017
- 01/28
書家・紫舟の瀬戸内紀行「島と海と人のあいだ」04
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
- 今月の旅人
- 紫舟(書家・アーティスト)
四国、愛媛県中央市で生まれ育った紫舟さんにとって、瀬戸内は、いつもそこにある風景でした。一方には緑の山並み、森や川を抱き、田園風景が広がります。そして一方には穏やかな海と無数の島影。そんな瀬戸内の景色は紫舟さんにとっての原風景なのかもしれません。紫舟さんはこれまで、直島、豊島など、瀬戸内の島々をいくつも、そして幾度も旅してきました。安藤忠雄氏の建築物、瀬戸内国際芸術祭でのアート作品、ベネッセアートサイト直島の美術館と施設などを、何度も訪れてきたそうです。「瀬戸内の島々は大好きな場所、何度でも旅をしたいところ」と紫舟さんは言います。今月はそんな紫舟さんの瀬戸内紀行です。
今日も、瀬戸内はよく晴れています。(もちろん、雨の日も曇りの日も、希に雪の日もあります・笑) 高松からこの日、向かったのは、犬島です。高松は香川県ですが、犬島は岡山県。海の上で、人間が勝手に決めたボーダーを越えていきます。高松海上タクシーの船頭、多田陽介さんは、「島の中に県境がある島もあるんですよ」と笑って言いました。「でも、僕ら船乗りにとっては、全部一緒、海の上です。境はなくどこまでも海は続いて、繋がっています」。岡山県の犬島までは、高松港からたっぷり1時間かかります。でも、エメラルドグリーンに輝く、そして静かな瀬戸内海をすべるように進む船旅は実に快適で、楽しく、美しく、多田さんが言うように、どこまでもいつまでも旅していたい気持ちになります。
温暖な瀬戸内ですが、冬なのでやはり風は冷たいです。でも、晴れて陽射しがあると、とたんに身体がぽかぽかと温められます。紫舟さんも、太陽に誘われるように船のデッキそして小さな展望席へと移りました。手や顔にあたる海風はひんやりと、でも、太陽の光は暑いくらいで、「太陽って、すごい!」と紫舟さん。
高松港から、岡山県の犬島までは、海上タクシーでたっぷり1時間近くかかります。犬島が見えてくる頃には、その向こうに、岡山県の陸地がずいぶん近くに見えています。やがて犬島が近づき、手が届きそうなほどの距離になると、船は速度を少し緩め、島のそばの海の道をぐるっと北側に回り込みます。そのとき、左側に「犬島精錬所美術館」が見えてきます。船の上、海から眺めるその景色は、独特です。
「ベネッセアートサイト直島」
岡山県岡山市の海沿い、宝伝の沖合2・3キロメートルの海の上に、犬島はあります。島全体が花崗岩(かこうがん)からなる犬島では、400年ほど前から石の採掘がおこなわれてきました。岡山城、大阪城の石垣は、犬島の石だといいます。長年に渡る石の採掘で、島の姿は大きく変わってしまいました。急峻な山が海沿いまで迫っていた犬島は、現在、平らで穏やかな姿をしています。近代に入ると、島には銅の精錬所が建てられます。黒い煙と匂い、そして熱・・・ひどい公害がもたらされました。生えていた草木は、ほぼすべて、枯れて死んでしまいました。もし「島」を、ひとつの生命体として見るならば、犬島はひどく傷つき、病んで、いたみました。そのような歴史をひもときながら、紫舟さんは犬島をめぐりました。
今、犬島には、確かに、新しい歴史が始まっています。「犬島精錬所美術館」は、そのひとつ。唯一無二のそのミュージアムをからだ全体で体感した紫舟さんは、犬島「家プロジェクト」が点在する集落を歩き、島の西側にある、「犬島 くらしの植物園」へ。
冬の植物園には、ひとりの男性がいて、ずっと無言で、金槌を手に、ただひたすら、古い屋根瓦を細かく砕く作業を続けていました。彼の名は、木咲豊さん。東京の五反田で、「明るい部屋」という草花の店を営んでいたフラワーデザイナーです。建築家、妹島和世さんが始めた、「犬島ランドスケープ・プロジェクト」に誘われ、犬島へ拠点を移し、今ここで、「くらしの植物園」の運営をしています。
「犬島チケットセンターカフェ」で、おいしいお昼ご飯を食べました。「たこめしランチ」。
そして紫舟さんは、再び海上タクシーに乗って、旅の最後の場所、「男木島」へ。島民180人ほどのとても小さな島で、港の背後に集落が寄り添っています。港に着く前、船から見た港と集落の風景は、まるで、南イタリアかギリシャの、小さな島のよう・・・
船からおりて島に上陸した紫舟さんは、車の一切入れない小道を歩いて上がって、一軒の古民家へ。「男木島図書館」です。
「特定非営利活動法人 男木島図書館」が営む私設図書館。図書係・理事長は、福井順子さん。
紫舟さんの瀬戸内紀行。島々を巡った旅の最後は、男木島での美しい夕陽でした。
ギャラリー
今回の瀬戸内への旅から着想を得た紫舟さんの作品が、完成しました。
紫舟さんが書で表現したのは、2つの漢字。
その意味は、「終わることなく」。
「良いことも悪いことも、自分がしたことも、されたことも、そして、社会のあらゆる出来事、自然によるものも人によるものも、 すべてはずっと続いていて、けっして終わることはない。」
と紫舟さんは自分の作品に言葉を寄せています。
「今回の瀬戸内への旅を通じて、私はあらためて、すべては続いている、いろんなことが繋がりを持っている、けっして、これで終わりということはないんだ、ということを強く確認しました。実はずっと考えてきたこのことを、今回、書で初めて表現しました。2つの漢字からなるその意味は、“終わることなく”・・・
「繋がる」や「続く」ではなく、「終わることがない」という言い方が、延々と続いていくという感覚をより強く印象付けるという風に思います。」
旅人プロフィール
紫舟
パリ・ルーブル美術館地下会場Carrousel du Louvreにて開催された「フランス国民美術協会(155年前にロダンらが設立)サロン展2015」にて、横山大観以来の世界で1名が選出される「主賓招待アーティスト」としてメイン会場約250㎡で展示。2014年同展では「北斎は立体を平面に、紫舟は平面を立体にした」と評され、日本人初となる金賞をダブル受賞。日本の伝統文化である「書」を書画・メディアアート・彫刻へと昇華させながら、文字に内包される感情や理を引き出し表現するその作品は唯一無二の現代アートとなり、世界に向けて日本の文化と思想を発信している。内閣官房伊勢志摩サミット・ロゴマーク選考会審議委員、大阪芸術大学教授。Facebook / Instagram / Twitter / YouTubeにて情報発信中。オフィシャルサイト
展覧会『八木橋百貨店120周年記念 紫舟展覧会「こいつは春から縁起がいいや」展』が2017年1月2日~1月10日まで開催。詳しくは個展HPから