- 2017
- 01/21
書家・紫舟の瀬戸内紀行「島と海と人のあいだ」03
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
- 今月の旅人
- 紫舟(書家・アーティスト)
四国、愛媛県中央市で生まれ育った紫舟さんにとって、瀬戸内は、いつもそこにある風景でした。一方には緑の山並み、森や川を抱き、田園風景が広がります。そして一方には穏やかな海と無数の島影。そんな瀬戸内の景色は紫舟さんにとっての原風景なのかもしれません。紫舟さんはこれまで、直島、豊島など、瀬戸内の島々をいくつも、そして幾度も旅してきました。安藤忠雄氏の建築物、瀬戸内国際芸術祭でのアート作品、ベネッセアートサイト直島の美術館と施設などを、何度も訪れてきたそうです。「瀬戸内の島々は大好きな場所、何度でも旅をしたいところ」と紫舟さんは言います。今月はそんな紫舟さんの瀬戸内紀行です。
水の豊かな島、豊島は、農作物の豊かな島としても知られています。島民の高齢化が進み、休耕田が増えていく一方、県外からの移住者、いわゆるIターン移住者が増え、その中から農業を営む人たちも現れています。豊かな水と、温かい太陽の陽射しから、果樹園がいくつもあります。レモン、イチジク、オリーブ、イチゴ、そしてもちろん、みかん。車で島を走っていると、レモンやみかんの黄色、オレンジ色が目に入ってきます。
お昼ご飯は、「島キッチン」でいただきました。瀬戸内国際芸術祭2010のとき、豊島の集落にあった空き家をベースにして、建築家の安部良さんが設計・再生して誕生した「食とアートで人々をつなぐ出逢いの場」、それが、島キッチン。東京、丸ノ内ホテルのシェフのアドバイスのもと、豊島のお母さんたちが、豊島の豊かな食材を使って独創的なメニューを生み出しています。冬だったので、紫舟さんとスタッフは温かい家の中で食べましたが、春や夏、暖かい季節には、外のオープンテラスが人気です。
「島キッチン」
「豊島には何度か来ているんですが、いつ来ても島キッチンは混んでいて、外に人が並んでいたりして、一度も入ったことがありませんでした」と紫舟さん。豊島へ行くことが決まったときに、ガイドの森島丈洋さんが早々と予約してくださり、今回無事に、「初・島キッチン」となりました。
いただいたのは、ランチの一番人気、「島キッチンセット」です。地元の野菜や肉、瀬戸内でとれた魚を使った、豊島の味を楽しめるセットです。
異国の人たちの姿が多いのも、瀬戸内の島々の特徴です。特に、直島、豊島など、瀬戸内国際芸術祭の舞台になった島々、アート作品が多く展示されている島へ行くと、あちこちで日本語以外の言語を耳にします。島キッチンでお会いしたおふたりは、ロサンゼルスからやって来たアメリカ人のカップル。建築やデザインのお仕事をしているということで、前から瀬戸内のこの辺りの島々に強い興味があったとか。「初めて直島、豊島を旅したけれど、ほんとうにすばらしいね。世界中どこへ行っても、このような場所はないと思う。豊島は、豊かな自然と個性的なアーキテクチャーが共存している、とてもユニークな環境だと思う」「とにかく風景のすばらしさね。ランドスケープ、島の景色がほんとうに美しいと思うわ」
ランチを食べて外に出たら、猫がいました。紫舟さんが呼びかけると、「にゃあ〜」と甘い声でなきながら近寄ってきました。尻尾がぴーんとまっすぐ立って、人にとっても慣れているようです。触っていると、ころん!と横になりお腹をなでても大丈夫。
豊島滞在のハイライトのひとつが、唐櫃の棚田です。県道255号線沿いには、美しいライステラス(棚田)が広がっています。およそ9ヘクタールの斜面に、約270,枚の田んぼがテラスを描きます。春には水が張られ、月夜にはその水面に月影が浮かび上がり、初夏には青々とした稲が光を浴びて、秋には黄金色の段々畑が青空の下に。季節ごとの風景を見せてくれる唐櫃の棚田です。
壇山の岡崎公園から、唐櫃の丘と海を見渡しました。左手の、唐櫃の棚田のすぐそばにある、白い水滴のような建造物が、豊島美術館です。豊島美術館は、ベネッセアートサイト直島のプロジェクトのひとつ。アーティストの内藤礼と、建築家の西沢立衛による、豊島美術館は、休耕田となっていた棚田を地元住民たちとともに再生、その敷地の一角に生まれました。柱が一本もないコンクリート・シェル構造で、周囲の風、音、匂い、光、時に雨や雪さえも内部に直接取り込む、とてもオーガニックな建造物であり、美術館。内部空間では、一日を通して「泉」が誕生する作品、「母型」を鑑賞できます。
「ベネッセアートサイト直島」
旅人プロフィール
紫舟
パリ・ルーブル美術館地下会場Carrousel du Louvreにて開催された「フランス国民美術協会(155年前にロダンらが設立)サロン展2015」にて、横山大観以来の世界で1名が選出される「主賓招待アーティスト」としてメイン会場約250㎡で展示。2014年同展では「北斎は立体を平面に、紫舟は平面を立体にした」と評され、日本人初となる金賞をダブル受賞。日本の伝統文化である「書」を書画・メディアアート・彫刻へと昇華させながら、文字に内包される感情や理を引き出し表現するその作品は唯一無二の現代アートとなり、世界に向けて日本の文化と思想を発信している。内閣官房伊勢志摩サミット・ロゴマーク選考会審議委員、大阪芸術大学教授。Facebook / Instagram / Twitter / YouTubeにて情報発信中。オフィシャルサイト
展覧会『八木橋百貨店120周年記念 紫舟展覧会「こいつは春から縁起がいいや」展』が2017年1月2日~1月10日まで開催。詳しくは個展HPから