- 2017
- 01/14
書家・紫舟の瀬戸内紀行「島と海と人のあいだ」02
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
- 今月の旅人
- 紫舟(書家・アーティスト)
四国、愛媛県中央市で生まれ育った紫舟さんにとって、瀬戸内は、いつもそこにある風景でした。一方には緑の山並み、森や川を抱き、田園風景が広がります。そして一方には穏やかな海と無数の島影。そんな瀬戸内の景色は紫舟さんにとっての原風景なのかもしれません。紫舟さんはこれまで、直島、豊島など、瀬戸内の島々をいくつも、そして幾度も旅してきました。安藤忠雄氏の建築物、瀬戸内国際芸術祭でのアート作品、ベネッセアートサイト直島の美術館と施設などを、何度も訪れてきたそうです。「瀬戸内の島々は大好きな場所、何度でも旅をしたいところ」と紫舟さんは言います。今月はそんな紫舟さんの瀬戸内紀行です。
豊かな島、と書いて「豊島」。東京都には豊島区がありますが、日本全国各地に「豊島」と書く地名はいくつかあるようです。でも、豊島と書いて「てしま」と呼ばせるのは、瀬戸内海にあるこの島だけなんだとか。水が湧き出る豊かな島だから、豊島。瀬戸内の太陽と、豊かな水が、この島に深い森と季節ごとの農作物をもたらしました。美しい棚田の風景、そして、オリーブやレモン、みかん、イチゴ、イチジク……。豊島は、豊かな島です。
「豊島WEB」
高松港から定期船「豊島フェリー」に乗って35分ほどで到着する豊島。海上タクシーも便利です。今回お世話になったのは、「高松海上タクシー」。船頭の多田陽介さんが運転する海上タクシーで、豊島へ向かいました。多田さんのこの船にはこれまで、数多の著名人、芸能人はもちろん、政治家、さらにアラブの王様を乗せたこともあるとか。もともとお父さんが船乗りで、息子の陽介さんは幼い頃から船に乗って海に出ていたそう。「今も、多いときは1か月のうち25日くらい海の上にいます」と飄々と語る多田さん。風向きや雲の形、海の色で、瞬時に天気の変化をとらえ、この先にどのようなことが起きるのかを判断する海人です。
「高松海上タクシー」
標高339.8m、豊島最高峰、檀山の、山頂展望台のすぐ脇で。島の中央にそびえる檀山には、香川県の天然記念にも指定された豊峰権現社のスダジイの森があります。その山の麓から湧き出る水は、「唐櫃(からと)の清水」と呼ばれ、島の田畑を潤し、島の豊かな実りを支えてきました。スタジイの森、その無数の樹木がダムとなって、土地に水をもたらしています。豊かな島である証です。朝10時。豊島に暮らし瀬戸内の旅ガイドをする森島丈洋さんに案内されて、紫舟さんはここへやって来ました。「豊島へは何度も訪れていますが、ここへ来るのは今回が初めて」と言う紫舟さん。美しい多島海の眺めに、深く深呼吸です。
檀山の頂上付近には、2つの展望地があります。ひとつが、檀山展望台。もうひとつが檀山岡崎公園。囲いもなく、広々とした眺めが広がっている檀山山頂展望台、一方、こちら岡崎展望台には、屋根のついたあずまやや、ベンチがあり、緑の芝生が広がっています。眼下には、棚田と豊島美術館が、そして海には男木島、女木島、屋島を望みます。今回、島の案内をしてくれた森島丈洋さんと、紫舟さん。
唐櫃の清水。弘法大師が掘ったとも伝えられる湧き水、「霊泉越水」。島の人たちは「清水」と呼んで日常的に利用しています。
瀬戸内の島では、猫をよく見かけます。豊島でもたくさんの猫と出逢いました。人間に慣れていてすぐ近寄ってくる猫もいれば、一定の距離を保って様子を見ている猫も。空を舞うトンビと同じように、猫もまた、島の日常の存在、風景です。
島の海辺や丘から見る瀬戸内の風景は、あまりにも美しくて言葉を失います。アーキペラーゴ、多島海の風景です。無数の島影が海の上に広がり、視点を上に転じると、空にもまた白い島影が無数に浮かんでいます。海には緑濃い島々が、空には白い雲が。長いあいだ見ていても、まったく見飽きることのない景色です。
檀山岡崎展望台から。手前に男木島、その向こうに女木島。彼方に見えるのは高松の街。
旅人プロフィール
紫舟
パリ・ルーブル美術館地下会場Carrousel du Louvreにて開催された「フランス国民美術協会(155年前にロダンらが設立)サロン展2015」にて、横山大観以来の世界で1名が選出される「主賓招待アーティスト」としてメイン会場約250㎡で展示。2014年同展では「北斎は立体を平面に、紫舟は平面を立体にした」と評され、日本人初となる金賞をダブル受賞。日本の伝統文化である「書」を書画・メディアアート・彫刻へと昇華させながら、文字に内包される感情や理を引き出し表現するその作品は唯一無二の現代アートとなり、世界に向けて日本の文化と思想を発信している。内閣官房伊勢志摩サミット・ロゴマーク選考会審議委員、大阪芸術大学教授。Facebook / Instagram / Twitter / YouTubeにて情報発信中。オフィシャルサイト
展覧会『八木橋百貨店120周年記念 紫舟展覧会「こいつは春から縁起がいいや」展』が2017年1月2日~1月10日まで開催。詳しくは個展HPから