- 2017
- 01/07
書家・紫舟の瀬戸内紀行「島と海と人のあいだ」
もしあなたが鳥になり、瀬戸内の空を飛んでいけば、あまりに美しいその景色に涙を流すことでしょう。青い湖のような瀬戸内海に、ぽこぽこと浮かんでいる島々。陸地には森や田畑が広がり、穏やかな海には漁船が行き交います。瀬戸内を旅すると、あなたは、海と山とがかくも近くに存在し合っていることに気づくでしょう。山が雲を集め、雨を降らせ、森を育み、流れる川は海へと注ぎ込みます。いのちの繋がり、多様性・・・瀬戸内は、そんなことを教えてくれます。シルクロードの命名者として知られる、ドイツの探検家・地理学者、フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは、明治維新直後、瀬戸内を旅し、日記にこう書きました、「これ以上のものは、世界のどこにもないであろう」。
- 今月の旅人
- 紫舟(書家・アーティスト)
四国、愛媛県中央市で生まれ育った紫舟さんにとって、瀬戸内は、いつもそこにある風景でした。一方には緑の山並み、森や川を抱き、田園風景が広がります。そして一方には穏やかな海と無数の島影。そんな瀬戸内の景色は紫舟さんにとっての原風景なのかもしれません。紫舟さんはこれまで、直島、豊島など、瀬戸内の島々をいくつも、そして幾度も旅してきました。安藤忠雄氏の建築物、瀬戸内国際芸術祭でのアート作品、ベネッセアートサイト直島の美術館と施設などを、何度も訪れてきたそうです。「瀬戸内の島々は大好きな場所、何度でも旅をしたいところ」と紫舟さんは言います。今月はそんな紫舟さんの瀬戸内紀行です。
香川県、高松空港から車で、高松自動車道と一般道を経由して1時間半ほど西へ走ると、三豊市須田港に到着します。そこから船で粟島へ。船と言っても、小さな海上タクシーです。粟島はもうすぐそこ、須田港からも島が見えます。海上タクシーで15分ほどの距離。小さな港で紫舟さんを待っていた人は、山北光夫さん。若い頃は石油タンカーなど大きな船に乗っていたという山北さん、生まれ育った粟島が大好きで、島で何か船の仕事ができないかと考えたとき、この海上タクシーの仕事を思いついたそうです。
「船は大好き。船旅も大好き」と言う紫舟さん。幼い頃から瀬戸内の海と島々を見て育ったからか、揺れる小さな船の旅もおてのもの。水しぶきも風も気にせず、船尾に座って、短い海の上の旅を楽しみました。よく晴れた温かい秋の日で、陽射しの中にいるとぽかぽかと暖かく、快適な船旅になりました。「粟島はいいところですよ」と船長の山北光夫さんは何度も紫舟さんに笑顔で言いました。「すばらしい粟島を訪れて欲しい、見て欲しいと思って、それで海上タクシーを始めたんです。ひとりでも多くの方を大好きな粟島へお連れしたくてね」と山北さん。島へ着く前から、島人の島への愛情を感じました。
スクリューのような、変わった形をした粟島は、その昔、3つの島だったそうです。3つ別々の島が砂州でつながり、ひとつの島に。それが、スクリューのような形をしている由縁です。日本で最初の海員学校が粟島に設立されたのが1897年(明治30年)。以来、海運業界に多くの人材を送り出してきた粟島でしたが、その学校も1987年に廃校に。でも、その美しい校舎と庭は今も残され、映画やテレビの撮影に使われることも。三豊市の須田港から船で粟島へ向かうと、港のすぐ横に、特徴的な明るい緑色のその校舎が、見えてきます。
粟島の港で、海上タクシー船長の山北光夫さんと記念撮影。「ほんとうにすばらしい島だから、たくさんの人に知ってもらいたい、来てほしい」という山北さんの言葉通り、短いながらも素晴らしい島滞在になりました。
港から集落へ入ると、こんな感じで小さな路地が迷路のように。平日でしたが、車の音もなく、響くのは空を舞うトンビの鳴き声だけ。とても静かな島です。時々、島の人が自転車に乗って通り過ぎます。通り過ぎるとき必ず、「こんにちは〜」と笑顔で声をかけてくれます。島の温もりを感じます。
紫舟さんが粟島を訪れた目的は、「漂流郵便局」への再訪。以前一度訪れ、心に残った場所へ、再びやって来ました。
「漂流郵便局」、ここは、過去・現在・未来の時間が同時にある場所。世界中から今も、誰かに向けて、手紙や葉書が届きます。そして、ここを訪れた人たちは、みんな、その「届け先不明」の手紙、葉書を、読むことができます。始まりは2010年の瀬戸内国際芸術祭でした。そのときにアート作品として出展されていた、漂流郵便局。スクリューのような形をした粟島は長年、潮流の関係であちこちから様々なモノが流れ着く場所でした。アート作品「漂流郵便局」のコンセプトは、そんな島と同じように、「宛先不明」のいろんな手紙、葉書が、「ここに流れ着く、届いてくる」というものでした。紫舟さんも、届けられた葉書や手紙を手に取り、読み始めました。
かつて粟島郵便局の局長を務めていた、中田勝久さん。現在、粟島の郵便局は港にありますが、集落の中に、かつての郵便局の局舎が今も残ります。その古い郵便局の建物が、「漂流郵便局」。芸術祭が終わっても、手紙、葉書は毎日のように届きました。1万をゆうに超える手紙が、日本国内はもとより、世界中から届いたとき、中田さんは、こう思ったそうです、「この郵便局がなくなってはならない」。中田さんは現在も、「漂流郵便局」局長として、ここを管理しています。
「漂流郵便局」
旅人プロフィール
紫舟
パリ・ルーブル美術館地下会場Carrousel du Louvreにて開催された「フランス国民美術協会(155年前にロダンらが設立)サロン展2015」にて、横山大観以来の世界で1名が選出される「主賓招待アーティスト」としてメイン会場約250㎡で展示。2014年同展では「北斎は立体を平面に、紫舟は平面を立体にした」と評され、日本人初となる金賞をダブル受賞。日本の伝統文化である「書」を書画・メディアアート・彫刻へと昇華させながら、文字に内包される感情や理を引き出し表現するその作品は唯一無二の現代アートとなり、世界に向けて日本の文化と思想を発信している。内閣官房伊勢志摩サミット・ロゴマーク選考会審議委員、大阪芸術大学教授。Facebook / Instagram / Twitter / YouTubeにて情報発信中。オフィシャルサイト
展覧会『八木橋百貨店120周年記念 紫舟展覧会「こいつは春から縁起がいいや」展』が2017年1月2日~1月10日まで開催。詳しくは個展HPから