第480話 誰かの真似をしない
-【群馬県にまつわるレジェンド篇】絵師 円山応挙-
Podcast
[2024.11.09]
撮影協力:群馬県立近代美術館
群馬県立近代美術館にその絵が所蔵されている、江戸時代の大人気・絵師がいます。
円山応挙(まるやま・おうきょ)。
応挙と言えば、先月、新たな発見を、ネットや新聞が大きく報じました。
それは、絵師として人気を争った、かの伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)との初の合作屏風が見つかったのです。
若冲と応挙、それぞれが得意とした題材を描いた、初の合作屏風。
これは「驚くべき発見です!」と美術史家で、明治学院大学教授の山下裕二(やました・ゆうじ)さんは語ります。
左の屏風、左隻は若冲が鶏を、右の屏風、右隻は応挙が鯉を描きました。
発注者が別々にお題を与え、依頼したものだと思われますが、当時、人気を二分していた二人にとっては、まさに競作、競い合った、稀有な一品です。
この作品は、来年6月21日から8月31日まで大阪中之島美術館で開催の「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」で公開されます。
京都のひとに、いまだに「応挙さん」と親しみを込めて呼ばれる、唯一無二の画家、円山応挙。
彼は当時としては珍しく、どの流派にも属さず、生涯仕えた師匠もいませんでした。
室町から400年続く狩野派の勢いは止まらず、中国の絵画の影響も大きかったその時代に、なぜ、彼は独学で成功を収めることができたのでしょうか。
貧しい農家に生まれ、10代で奉公に出てから30代前半まで、ひたすら食べるために働き、絵師として生計が立てられることなど、夢のまた夢。
ただ、好きな絵だけは、画き続けました。
しかも彼が大切にしたのは、目の前のものを正確に画く技術。
愚直なまでに、今、見えるものを忠実にとらえる心。
破天荒で芸術家気質のライバルたちと違い、ひたすら真面目に生きることで、彼はチャンスを得たのです。観るものを没入させる江戸時代の天才画家、円山応挙が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
円山応挙《青鸚哥図》
群馬県立近代美術館 戸方庵井上コレクション
江戸時代に絶大な人気を誇った絵師、円山応挙は、1733年5月1日、現在の京都府亀岡市に生まれた。
家は代々、農業を営む。
貧しかった。
農作業の手伝いを全くせず、落書きばかりしている我が子を憂えて、父は、近くの寺に預けた。
このときの経験が、深く、応挙の心に残る。
お堂の静けさ。
夜中にロウソクの火で浮かびあがる、観音菩薩。
怖かった。
天井では、龍が今にも飛びかかりそうに、こっちを見ている。
なぜか幼少期から、静止した二次元の絵が、立体になって動き出すのを体験した。
絵でそれを表現したいが、幼い応挙には無理だった。
でも、描き続ける。
それを見た寺の和尚は、応挙の父親に進言した。
「この子は、農家には向いていない、寺にもなじまない、どうだろうか、いっそ、京に奉公に出して、絵の修行をさせたら。
人間は、好きなことなら、どんな苦労も厭わない。
あんがい、この子は、立派な絵師になれるかもしれません」
こうして、応挙は10歳を過ぎた頃、京都の呉服屋に奉公に出された。
ここから彼の、果てしない挑戦の道が始まる。
撮影協力:群馬県立近代美術館
呉服屋に奉公に出された、円山応挙。
京の町の賑わいに、度肝を抜かれた。
多くのひとが行き交う街道。立ち並ぶ店。圧倒される。
ただ、京に出てきたのは、絵を学ぶためだという気持ちだけは、強く心に持っていた。
呉服屋の仕事は過酷で、絵の勉強どころではない。
毎日、睡眠不足と肉体労働でふらふらだった。
それでも、眠い目をこすりつつ、京の町をスケッチした。
道ばたで絵を画く応挙を、たまたま見かけた男がいた。
洛中の四条富小路で骨董や雑貨を扱う尾張屋の店主、勘兵衛だった。
「ほお、なかなか面白い絵を画くじゃないか、坊」
「え?」
「なぜ、ここにはない大きな橋を描く?」
「はい、それは、ここに橋を画くと、出会いと別れが引き立つからでございます」
勘兵衛は、その答えに感動した。
目の前の風景を忠実に描く技術は持っているのに、あえて、ここにないものを描く。
面白い少年だと思った。
こうして、応挙は、勘兵衛の尾張屋で働くことになる。
この出会いこそ、応挙が自らの生涯のテーマに出会う最大のきっかけになろうとは、彼自身、気づかなかった。
尾張屋で勤めることになった、円山応挙。
主人の勘兵衛は、絵の勉強をさせようと、狩野派の重鎮、石田幽汀(ゆうてい)のもとに通うように計らう。
しかし、応挙は、あっという間に幽汀の作風に飽きてしまう。
中国の画風も学ぶが、これだという芯が見えない。
迷う。不安になる。誰かの弟子になったほうが、気が楽だ。
でも、心底、尊敬できるひとでなくては、すぐに馬鹿にしてしまいそうだった。
真似はしたくない。
そんなとき、応挙は、人生を決定的に変える経験をする。
それは、尾張屋で扱っていた直視型のぞきメガネだった。
小さな木の箱に、丸い覗き穴。そこを覗くと、むこうに絵が見えた。
しかもそれは、立体的。遠近法が強調され、街並みが浮き上がる。
見た瞬間、鳥肌が立った。
「これだ! これが、ボクが小さい頃見た、寺の龍の絵だ!」
二次元が、立体に浮き出る絵画。
精巧な写実だけでは飽き足らない、自分の原点を知る。
「没入…。そうだ!
ボクは、絵を観たひとに、ここではない何処かに行ってほしいんだ。
絵画は、時間も空間も越えることを、一生を賭けて証明したい!」
たった一度の体験が、ひとの一生を変えるときがある。
円山応挙は、ひとと同じ道を歩まぬことで、レジェンドになった。
撮影協力:群馬県立近代美術館
【ON AIR LIST】
◆PUPPY SONG / Harry Nilsson
◆龍 / 岡崎体育
◆八千代獅子 / 米川敏子、米川裕枝(箏)
◆YOU CAN GO YOUR OWN WAY / Chris Rea
★今回の撮影は、「群馬県立近代美術館」様にご協力いただきました。ありがとうございました。
開催中の企画展など、詳しくは公式HPよりご確認ください。
群馬県立近代美術館 公式HP
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