石丸:白井晃さん、お久しぶりです。これから5週にわたりどうぞよろしくお願いいたします。
白井:本当にお久しぶりです。舞台は拝見していますが、コロナ禍で、なかなか楽屋へ行ってお会いするということがなくなって。
石丸:そうなんですよ。昔は(舞台が)終わったらいろんなことをお話ししてましたものね。でも、こうやってお会い出来て本当に嬉しく思っております。
このサロンでは、人生で大切にしている“こと”や“場所”についてお伺いしています。今日はどんなお話をお聞かせいただけますでしょうか。
白井:まずは、「京都大学の西部講堂」という場所の話をさせていただければと思います。
石丸:それは白井さんにとって、どんな場所になるんですか。
白井:“演劇を始めるきっかけになった場所”と言えると思います。京都大学の西部講堂というのは、とても不思議な場所でして、学生たちで自治運営をしているんですね。
石丸:自治運営!
白井:本当に古い建物なんですけれども。
石丸:木造ですか。
白井:木造なんです。中は木造なので、天井も抜けているし、外は瓦張りで、そこに学生の人たちが好き勝手に“アート”みたいな感じで絵を描いたりしているんです。
石丸:すごい!
白井:“学生達の自由区”というか、そういう面白い場所だったんです。
石丸:京大生の人たちが専属で使えるような場所ですか?
白井:基本はそうなんですが…。
石丸:他の大学の人たちも出入りはしているんですね。
白井:そこで色々なコンサートや、演劇の公演とか、当時のアンダーグラウンドのお芝居などを(行っていた)。
石丸:“アングラ”というやつですね。
白井:そのアングラの芝居がたくさん来て(上演されて)いたんですね。それで観に行っているうちに、演劇にだんだんハマってしまいまして。
石丸:では、それまでは演劇に対する興味は、そこまではなかった?
白井:なかったですね。映画の方が好きだったので、高校時代とかは、学校をサボって映画館へよく行っていたんですが、京都大学の西部講堂にちょこちょこ顔を出すようになって、アングラ芝居を観るようになって、不思議な魔力に取り憑かれたというか。
石丸:(芝居を)やってみたいと思ったんですか?
白井:いや、その時は、非日常的な世界にワクワクしていた、という感じですね。当時、早稲田大学の「演劇研究会」というサークルが、公演を打ちに来ていたんですよ。
石丸:京都に?
白井:はい。西部講堂で公演をするということで、早稲田の演劇(研究会)の名前はよく聞いていたので、“どんなものか観に行ってやろう”と思って観に行ったんです。そうしたら、ハマってしまいまして。
4日間だけの公演の初日に観に行ったんですが、もう何が何だかわからないんだけど、とにかく最後、感動して涙していたんですよ(笑)。
石丸:じゃあ、4日間とも?
白井:毎日行っちゃったんですよね。
石丸:アングラの芝居と似たような感じだったんですか?
白井:そうですね。ただ、学生ですので、扱っている題材が自分たちに近い内容だったんです。「自分は一体この世界でどういう意味を持って生きているんだろうか」とか、そういうことを考えさせられるような。
構成劇だったので、筋も何もあったものではないんです。ただ、(自分を)ドン・キホーテと思い込んでいる1人の男が4畳半で悶々と暮らしている、という…そこにシェイクスピアの『夏の夜の夢』のパックみたいな人が入ってきて、日常生活がファンタジーの世界に広がっていき、最後は壁がボーンッと飛んで、後ろに違う世界が現れて…という。
石丸:何だかすごいですね。
白井:そこに1,000個くらいのレモンがバーッとその男に降り注いでくるという。今思えば、なかなか面白いことをやってらっしゃったなと思います。
石丸:そういう発想がよく湧きあがりましたね。
白井:そうですね。それにとにかく感動しまして。転げ落ちてきたレモンが自分の所にひとつ落ちてきたんですよね。
石丸:本物だったんですか。
白井:本物だったんです。それを持って帰って自分の下宿先の勉強机の上に置いて、“彼らと一緒に芝居をしよう”と思って。
石丸:運命のレモンだったんですね。
白井:カスカスになるまでずっと置いていました。当時、京都で大学生をしていたのですが、彼らに会いに行くために早稲田に入ろうと思って。
石丸:すごい! でも、早稲田の演劇科に行ったわけではないんですよね? サークルとして演劇を選んだ。
白井:そうなんです(笑)。早稲田の文学部には演劇科がありますが、それは学問として教えている所であって、実地の訓練をしているわけではないんです。なので、最初に入学の手続きをする前に、「演劇研究会」というサークルへ訪ねて行って、「すいません、僕は去年の秋にあなたたちの芝居を観たんです。入会させてください」と言ったんです。そうしたら、先輩たちがぞろぞろと出てきて、「おい、変なやつが来たぞ」「キラキラした目をして何か言ってる奴がいるぞ」みたいな感じで迎えられて。
石丸:真っ先に行かれたんですね。
白井:入学手続きをしたのはその後です(笑)。
白井・石丸:(笑)。
石丸:演劇のサークルへ入って、いよいよ俳優として舞台に立った時のことをお聞かせ願えますか。
白井:1年生はみんな、主役の3年生と4年生の先輩たちの周りでガヤガヤやる役だったんですが、もう、体中にものすごく力が入っていたのは覚えています。
次の公演で、僕が彼らと出会った京都大学の西部講堂へ、また演劇研究会が行くことになって。僕にとっては、演劇と出会わせてもらった場所へ、“凱旋公演”みたいな感じでした。
石丸:そうですよね。
白井:僕の心の中だけの凱旋公演なんですけれど、そこで演ることが出来てすごく嬉しかった覚えがあるのと、初めて“人に見られる”ことを意識して、そのことによって“自分とは何者なのか”ということを初めて意識させてもらいました。“自分ではやれているつもりでも、(人からは)こう見えているのか”とか、そういうことを学んだなと。
だから“喜びがあった”というよりも、“こんなに大変なものなんだ”ということが分かった…という感じですね。
石丸:それでも願いが叶って、充実したサークルライフを。
白井:授業へ行こうとすると、「お前、授業へ行くだと!?」みたいな世界だったから(笑)。
石丸:それは(笑)。でも、あるあるなんですよね。
白井:大学は単位ギリギリで卒業しましたもの。
石丸:でも、凱旋公演した作品を観て、“早稲田を目指したい”と思う人たちがいたかもしれませんね。
白井:いたかもしれませんけど、レモンを握りしめて行く人はいなかったと思います(笑)。
石丸:(笑)。話は変わりますが、白井さんは今月4月14日から4月30日まで東京建物ブリリアホールで上映される舞台『サンソン−ルイ16世の首を刎ねた男−』の演出を手掛けています。18世紀のフランス・パリに生きた実在の死刑執行人、シャルル=アンリ・サンソンの物語です。演出でこだわった部分などありますか。
白井:私も、この作品に関わるまでは、フランスの処刑人としてサンソン家というのがあるということを知らなかったんです。断頭…いわゆる刃を使って首を刎ねるというような処刑執行人を脈々と受け継いでいる家系がありまして。
石丸:家系があるんですね。初めて聞きました。
白井:ずっとそれ(処刑)を担ってきた家族がいるんですね。彼らが、ちょうどフランス革命という世界的な大事件が勃発した時にたまたまその死刑執行人であったがゆえに、大きな運命に巻き込まれるんです。“運命を左右する人々の心”を一番見せたいんですけれども、ひとつは、ギロチンの発明に関わった人なんです。
石丸:それまでは斧だったのを。
白井:そうなんです。僕自身もこの作品で知ったことなんですが、ギロチンというのは人道的な処刑器具だったという。
石丸:その当時はね。
白井:僕たちは「ギロチン」と聞くとすごく恐ろしいじゃないですか。スパンと首を落とすから。それまでは斧で落としていたから、失敗とかが色々あったらしいんです。それによって執行される人々が苦しんだりとか、いろんなことがあった。残酷な見せ物だったんです。
それを執行人として“もっと人道的に苦しまずに(処刑)してあげよう”と発明したのがギロチンだったんです。
石丸:そうだったんですね。
白井:それが、今度は逆に簡単に処刑が出来るようになったから、フランス革命の時に、貴族から王族まで処刑をすることになってしまうという。簡単だから1日に10人も20人も処刑することが出来るようになってしまったので、彼は世界で2番目に処刑した人数が多い人なんですよ。3,000人近くです。
石丸:そんなにですか。
白井:だから、初めは人道的なものとして作られたものが、結果的にはフランス革命で首を刎ねていかなきゃいけないという、非常に苦渋の人生を歩んだ人だと思うんです。
石丸:その人に光を当てたお話ということなんですね。主演は稲垣吾郎さんですが、白井さんからご覧になって、稲垣さんはどういう俳優さんに映りますか。
白井:極めて真摯に真面目に向かわれる方で、俳優さんとして入っていかれる時には、自分の中に静かに静かに役を溶かせていって、本番に向かって自分のピークを持っていくのがすごく上手な方だなぁと思います。
石丸:そうなんですね。
白井:アイドルグループで長く活動されてきたじゃないですか。だから、本番での瞬発力でジャンプする時があるんですが、それにびっくりすることがよくあります。
石丸:そうなんですね。音楽に関しても、長年パリを拠点として活動されていた作曲家の三宅純さんが参加されています。三宅さんの曲についてはいかがですか。
白井:三宅さんは僕が大好きで憧れていて、「一緒に仕事をしていただけないか」と初めてお願いしてから15年、20年近くになりますが、何と言うんでしょう…無国籍ないろんな音楽のエッセンスが融合しているような形の、非常に不思議な音楽を…元々ジャズトランペッターでいらっしゃったので、日野皓正さんの直弟子でいらっしゃるんですが、本当に今まで聴いたことのないような音を作られる。いつも驚かされる作曲家です。
石丸:舞台がフランスだからといって、コテコテのフランスの感じをあえて作らずに、独自の世界観の音楽を。
白井:そうですね。
石丸:三宅さんの曲と稲垣さんをはじめとするキャストの皆さんの作品を、是非皆さんも観に行きましょう。
白井:ありがとうございます。是非よろしくお願いします。
石丸:『サンソン−ルイ16世の首を刎ねた男−』は、東京建物ブリリアホールで、今月4月14日から4月30日まで上演です。是非足をお運びください。