石丸:上原ひろみさん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、3週にわたって人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしてまいりました。最終週は、“時を重ねながら長く大切にしていること”についてお聞きしたいと思います。上原さん、それは一体何でしょうか?
上原:「ライブ前のルーティン」です。
石丸:「ライブ前のルーティン」…いったい何をするんですか?
上原:ライブを行う時は、会場入りして必ずサウンドチェックがありますよね。石丸さんは、コンサートの時など、会場入りして、何かされることはありますか?
石丸:やっぱり、その会場の音場に合わせるために、自分の楽器だったら楽器、歌だったらマイクのチェックとかをします。でも、上原さんの場合はピアノですよね。持ち歩けない楽器ですよね?
上原:そうなんです。
石丸:ということは、そこで…。
上原:まず、“ピアノに挨拶する”んです。
石丸:挨拶?
上原:まず、88鍵を全部弾いて、「こういう者です。今日はよろしくお願いします」と(ピアノに挨拶をする)。
石丸:流石! ちゃんと応えてくれるピアノかどうかを確認しているんですね。
上原:もちろん確認もありますが、まず、ピアノに一番味方になってもらわないとその日のライブは絶対にうまくいかないので、まずは、“どうかよろしくお願いします”という気持ちです。
石丸:挨拶ですね。その会場ごとにコンディションも違うでしょうが、“弾いているうちに馴染んでくる”とかは、その場で分かるものですか?
上原:ずっと弾いているピアノはヤマハのCFXというモデルなのですが、会場によってコンディションが違ったり、普段どのように扱われているかでも全然(音が)違います。やはり、良い人に弾かれているピアノって、すごく良い音がするんです。
石丸:それは何故なんでしょう?
上原:ちゃんと丁寧に調整されていることも大切ですし、やっぱり、楽器って、弾かれていないとダメなんです。“良いプレーヤーに演奏されている”ということはその楽器にもすごくプラスになっていて、由緒正しいクラシックのコンサートホールなどのピアノは、やはり“由緒正しい音”がします。
石丸:そういうものなんですね。
上原:弾くと「お前はそれに値するのか?」という感じの…(笑)。
石丸:ピアノから?(笑)
上原:声が聴こえてくるんです。それで、「そこのところ、どうかよろしくお願いします」と言います(笑)。
石丸:(笑)。そういう楽器との面通し(事前確認)って大事ですよね。
上原:そうですね。逆に、野外フェスなどに駆り出されて雨風を受けたりしているピアノは、結構(音が)ひねくれていたり、コンサートホールではあまり使われなくなって古くなってきたピアノは、ちょっと左遷されたような音がするものもあるので、「いや、まだここからだよ!」みたいな(挨拶をする)。
石丸:(ピアノを)励まして(笑)。
上原:「良いライブしようよ!」みたいな(笑)。
石丸:そうやって88鍵を全部奏でて挨拶をして、その時に“今日は上手くいく”とか直感するものはありますか。
上原:それはまた別物です。ライブというものは、これだけ何本もやっていてもコントロール出来ない何かがあります。
石丸:それはどういうところですか。
上原:やっぱり、“音楽の神様”はいるのだと思います。よく、「サッカーの神様がいる」と言いますよね。どれだけやってもシュートが入らない、みたいな。ゾーンに入って、“どこから打ってもゴールが決まる”みたいな時も時々ありますが、“何をやっても全部枠から外れていく”みたいな日もある。それがすごく良いピアノの時もありますし、“今日はこのピアノでどうしようかな”と思った時にスーパープレーが出る時もあって、本当に計算が出来ない。それをコントロール出来るようになったら、また違う世界があるのかもしれません。
石丸:でも、それに巡り合える可能性を探るのも楽しみのひとつかもしれませんね。
上原:そうですね。ライブをしていても、諦めない限り、最後の20分ぐらいで一気に(調子が)上がる時もありますし、逆に、どれだけ集中していても、途中まではすごく良かったのに急にダメになる時もあります。別に、集中力が切れたとかやる気を無くしたとかでは一切無いのに、“急に点が取れなくなる”みたいなことがあるんです。
石丸:それはちょっと(ライブに)出てみないと分からないですよね。
上原:そうなんです。でも、仲間が素晴らしいパスをくれたり、センタリングを上げてくれたりすると、またそこから感化されて良いライブになるので、“バンド仲間に助けられる”ということはすごくあります。
石丸:いつも100%ということは普通は無いですし、みんなの力を借りながら、結果的に“120%になったね”ということが常かもしれませんね。
ピアニストにとっては、毎回楽器(ピアノ)が違うというのは、チャレンジでもあるし楽しみでもある。改めて、上原さんとって、ピアノはどういう存在ですか。
上原:「永遠の片思いの相手」です。“憧れ”というか、“私がいつも追いかけている存在”です。時々振り向いて笑ってくれますよ。
石丸:ツンデレですか(笑)。では、1年の半分以上ツアーをして世界中を駆け巡ってらっしゃる上原さんにとって、ライブはどういうものですか。
上原:“生きてるなあ”と思う場所です。“よくぞこの単語をつけてくれました”という感じです。ライブは「LIVE」と書きますので、まさに“生きてるなあ”と思います。
石丸:本当ですね! そこで人生をかけてスパークして自分をアピールもするし、発散もするし、それを観てもらって聴いてもらって、ですものね。一生続けたいもの、かもしれませんね。
上原:体力の許す限り、絶対に一生続けたいです。
石丸:そういうエネルギーが湧いてくるのは、聴いてくれる人がいるということが大きいですか。
上原:自分が“ピアニストになりたいな”と思ったのは、「音楽は国境を超える」という言葉は知っていましたが、初めて台湾に行って、言葉が通じない中ピアノを弾いたら、お客さんが皆、笑顔になったんです。それ(ピアノを弾くことで人々を笑顔にする)を“ずっとやりたいな“と思ったのがきっかけでピアニストになったので、お客さんからはすごくエネルギーを貰っています。
石丸:そうなんですね。では、共演する方達とはどうですか。いつも同じメンバーというわけではないですし。
上原:その瞬間を一緒に生き抜く仲間なので、信頼が無いと絶対に無理ですね。
石丸:即興をやる人たちって、勝負みたいになるじゃないですか。「勝負」という言葉を聞くと違和感があるかもしれませんが、投げかけてくる音は、楽譜には無いその場で生まれたものがバーッと流れてきて、それに対して相手がキャッチをする。そしてまた次のパスが来る。セッションはこれの繰り返しだと思うんですよね。
上原:そうですね。ずっとお互い会話をし続けて、「こんなボールはどうかな」と言ってどこに投げても絶対受け取ってくれて、必ず返してくれる。その返しが、自分が想像もしてないようなものだと、更に良い。
石丸:おお! ちょっと素人の質問をしますね。即興演奏というのは、スタートした後、ゴールは誰が決めるんですか?
上原:大体、ソロをしている人が決めますね。
石丸:その人が「ここで終わるよ」という合図をして終わる。でも、これは楽譜には無いんですよね?
上原:無いです。
石丸:会話と同じか!
上原:そうです。日常生活で、皆やっているんです。なんとなく空気を読んで、“そろそろかな…あ、まだだった”とか(笑)。
石丸:そうですね(笑)。即興演奏を聴いたことが無いという人も、「会話」だと思って聴いたら。
上原:本当にそうです。会話と全く同じですね。
石丸:是非、皆さんもジャズを聴いてそういう世界を味わってほしいなと思います。上原さん、1か月に渡り、本当にどうもありがとうございました。
上原:ありがとうございました。