石丸:梅沢富美男さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、3週にわたって人生で大切にしている“もの”や“こと”について伺ってまいりました。最終週は“時を重ねながら長く大切にしていること”についてお伺いしたいと思います。それは一体何でしょうか?
梅沢:「舞台の稽古」ですね。
石丸:梅沢さんは劇団をお持ちですので、一年中、舞台のお仕事をしていらっしゃると思いますが、具体的にはどういうことでしょうか。
梅沢:舞台の稽古というのは、“人生にも携われる場”であり、“学べる場”なんだと、ずっと思っています。
『夢芝居』の小椋佳さんの歌詞で「けいこ不足を幕は待たない」というところがあるんですけど、(舞台の出演者の)皆さん、初日を迎えると、「あがってる」とか「ドキドキしている」とかが多いんですね。僕は「それは稽古が不足してるからだよ。自分に自信が無いからだ」っていつも言うんです。
どういうことなのか、具体的にみんなに話したんですよ。
「お稽古っていうのは、自分が“ここでもう十分だ”って納得するまでやれよ。そうすれば何の不安もないだろう? だって、稽古をいっぱいやったんだから、台詞なんて目をつぶっていたって言えるだろ。それで何が不安なんだ」
「どこかで“もうちょっとやっておけば良かった”と思うからあがるんだよ。だから、稽古は自分の中でいっぱいやりな」って。「それは、“稽古を今日は(みんなで)5〜6時間やりますよ”っていう、その時間じゃないんだよ」。
石丸:そうですね。
梅沢:「それはみんなとの時間で、あとは自分の時間なんだよ。自分が納得するまでお稽古しなよ。お稽古で泣きなよ。そうすれば舞台が楽しくなるから」「それは人生と一緒で、自分が納得するまでやるべきだと思うよ」と。
ある時、僕の知ってる方の子供に、会社を1年ぐらいで辞めたいって相談されたことがあるんですよ。「何で辞めるんだ?」って言ったら、「僕には合わないような気がするんですよね。営業なんてあんまり得意じゃない」って。僕は石森(石ノ森章太郎)先生の真似をして、「生意気なことを言ってるんじゃないよ。もっと営業をやってみて学べよ。いろんなことをやらなかったら人生分からないだろう」って言ったんですよ。それで彼は分かってくれて、今はバリバリでやっています。
石丸:おお、そうですか!
梅沢:お稽古と一緒で、「納得出来るまでやれ」という意味が分からないんでしょうね。
石丸:まず苦しいところを耐えるという経験しないと、先に行けないですもんね。
梅沢:そうなんですよね。僕らはミュージカルを観に行くと“すごいな”と思いますもん。
歌でセリフを言っていかなきゃならない。
石丸:確かに。
梅沢:役者というのは、状況によってセリフ回しが変わってきます。それは出来るんですけど、(ミュージカルは)譜面ですからね。
石丸:そうですね。
梅沢:“ド”から始まるのに、いきなり“ミ”とやったら音痴になっちゃうわけですよね。それが苦しくても、スッと歌にするのはすごいなと。
石丸:それは同じですよ。苦しいところを経て、そらで歌えるようになるところまでいって、緊張も無くなって歌える。だから、全く同じことだと思いますよ。
梅沢:だから、「あとは自分が納得するまでお稽古しなきゃダメだよ」って僕はいつも言っているんですよね。
石丸:そうなんですよね。自分だけの時間でね。本当に貴重な時間ですもんね。
梅沢:「良い稽古をするか、悪い稽古をするかというのは自分自身なんだよ。だから稽古でいっぱい泣きなさい。怪我をしたり命を取られたりするわけじゃないんだから。精神的に辛いのは当然のことだよ、初めてやる役や踊りだから。方程式は無いからね」っていつも教えてあげるんです。
石丸:素晴らしい言葉だと思いますよ。この仕事に近道は無いですもんね。
梅沢:無いです。あるんだったらやってますよ(笑)。
石丸:やってますよね(笑)。本当にそう思います。だからこそ梅沢さんの劇団というのは、皆さんがどんどん集まってきて公演が続いていくんですね。
梅沢:ありがたいです。僕は亡くなった長谷川一夫先生を見習って、大衆演劇から商業演劇に移行する時に「歌あり、芝居あり、踊りあり」の三部作は絶対に崩さないでやろう、と。
みんなに「良い? 役者は何でもやれるようにならなきゃ駄目なんだよ。芝居も出来て、踊りが出来る。こんなすごいことは無いだろ。それが出来るのが、商業演劇ではうちだけだからね。他では踊りはやってないから、お前たちは芝居も踊りも出来る役者になってくれ」って。
うちの子は今、最強ですね。
石丸:そうなんですね。是非私も劇場で拝見したいなと思っております。
梅沢:ありがとうございます。今年6月(23日(金))から7月(23日(日))にかけて、明治座で1か月公演をやらせていただくので。
石丸:そうですか!
梅沢:もちろん人情芝居でやらせていただくんですけども、ショーの方も沢山。研ナオコさんも一緒に参加してくれるので。
石丸:豪華ですね。
梅沢:だから、面白いお芝居をやってみようかと。やっぱり笑えるようなお芝居じゃないとね。コロナ禍でみんな暗くなってるんですよ。ですから、どこかで“コロナ忘れちゃった”っていうような演劇を目指したいなと思います。
石丸:お腹を抱えて笑いたいですよね。
話は変わりますが、梅沢さんが書かれた「人生70点主義 自分をゆるす生き方」(講談社)という御本を、私も面白く拝読させていただきました。
梅沢:ありがとうございます。
石丸:何故、100点じゃなくて70点なんですか?
梅沢:だって、100点目指しても達成出来ることなんて、なかなか無いじゃないですか。スポーツ選手でもそうですよね。100mを9秒台で走ったとしても、(自分より)他の人が速ければ結果として駄目なんですよ。だから、僕はテレビでスポーツの話をする時は、「“一生懸命努力したんですけど”と言っても、あなただけじゃなくてメダルを取った人もみんな(努力)しているから、(その)結果なんだよ。そういうものがスポーツなんだ」って(言っている)。役者もそうですもんね。
ですから、人生においても、70点で良いんじゃないんですか。「プロだったら70点出さないと。100点は出ないとしても、毎回70点を目指さないとプロとは言えないんじゃないの」っていうのが、うちの死んだ兄貴の言葉だったんです。
石丸:そうなんですね。
梅沢:だから、人生においても、意地張って肩を張って生きてても無理だから、“70点で良いのか”と思ったら楽だろうって。
石丸:確かに。
梅沢:僕も売れた時に“これから100点を目指して演劇を追求していきたい”と思ったんですけども、兄貴が「それは無理なんだよ」って。
「お前が良いと思っても、観たお客さんに“いや、今日はひどかったね”って言われちゃうんだよ。自分としてはちょっと失敗したなと思った時でも、“今日は良い芝居だったね”と言われたら100点だよ。そんな商売をやっているんだよ、俺たちは」って。
「お前は芝居が出来て、踊れて、歌も歌えて、それで三枚目が出来て、二枚目も出来るだろう。いろんな役が出来るじゃないか。それを5つに分けてみなよ。今日は芝居で三枚目をやるのを20点、歌を20点、踊りを20点、立役で20点、女形で20点で、全部足したら100点になるじゃないか、楽だろう」
「素顔の梅沢富美男と化粧をした梅沢富美男は違うから、お前は人気が出たんだよな。お客さんがびっくりしたから、ここでもう40点貰っているんだよ。そう思えば気楽にやれるんじゃないの」って言われたのが(70点で良いと思うようになった)きっかけでしたね。
石丸:そうなんですね。とても深い言葉ですね。
梅沢:この歳になってやっと分かりましたね。若い時は「俺は100点だ」って虚勢を張るんですよね。
石丸:梅沢さんは70歳を超えていらっしゃいますよね。
梅沢:今年で73(歳)になりますね。
石丸:そういう年齢の方の言葉を聞いて、我々後輩たちは、“この師匠の言っている言葉を貰おう”とか思うんですよ。
梅沢:僕らだってまだ勉強中ですから。
僕、補聴器つけているんです。お医者さんに「梅沢さん、もう補聴器つけてください」って言われたんです。でも、補聴器を付けるのは恥ずかしいじゃないですか。そうしたら「梅沢さんは何で眼鏡をかけているんですか」って言うから「僕は近眼だから」って言ったら、「梅沢さんは今、目が悪いのを眼鏡をかけて補っているじゃないですか。じゃあ耳が悪くなったら補聴器をつけて何がおかしいんですか」って。“そうか、弱いところを補えば良いんだ”って気が付いたんです。
石丸:そうですよね。
梅沢:弱いところがあるくせに虚勢を張って、「俺はまだ全然平気なんだよね」ってやってるからおかしくなるんです。素直になれば良いんですよ。眼鏡をかけるのも補聴器をつけるのも一緒ですもんね。
石丸:そう思えば一緒ですもんね。
梅沢:人生全て、まだまだ勉強だなと思います。
石丸:その言葉を私も頂戴して…。“何か足りないな”と思った時には、いろんなことを補えば良いんですもんね。補いながら、楽しく生きていく。
梅沢:学が無いものですから。でも「人生大学」というものがあるんだったら、結構良い成績で卒業していると思います(笑)。
石丸:本当ですね(笑)。4週にわたって素敵なお話をありがとうございました。
梅沢:ありがとうございました。