石丸:春風亭一之輔さん、今日は12月24日 クリスマスイブですね。メリークリスマス。
一之輔:メリークリスマスです。今、サンタはトナカイのメンテナンスで大変ですよ。大丈夫ですかね。一晩中駆け巡るわけでしょ。
石丸:この後ね(笑)。そんな24日は、寄席ではどんな話をされるんですか。
一之輔:僕の先輩で三遊亭天どんさんという人がいるんですが、この人から習った「クリスマスの夜に」という新作落語があるんですよ。それをたまに思い出してやったりしてますね。
石丸:そうなんですね。年に、この日しか出来ないですからね。
一之輔:まさにクリスマスイブの夜の話なんですけど。
石丸:今日だったら聴けるかもしれませんね。
一之輔:今から思い出して、この後どこかでやってみますかね。
石丸:楽しみですね。そんな一之輔さんに、今週も人生で大切にしている“こと”や“もの”についてお伺いしたいと思います。さあ今日は、どんなお話をお聞かせいただけますでしょうか。
一之輔:本当にリアルに大事なものなんですけど、「スケジュール帳」ですね。大事でしょ?
石丸:大事ですけど、いわゆる“手で書く派”なんですね。
一之輔:そうです。もう来年の手帳に書き込まないといけないと思っているんですけど。
石谷:びっしり書かれてますね。
一之輔:僕、落語のお仕事は全部自分で差配しているので。
石丸:そうなんですね。書いたことは記憶に残りますもんね。
一之輔:そうですね。超重要な仕事とか、絶対に外したらいけないものはでっかく書いたりとか、色分けしたりとか。
石丸:今拝見していると、黒がベースなんですけど、カラフルですよね。
一之輔:黒が落語の仕事。赤がマスコミ系とか収録とか、そういう感じで分けていますね。あとは毎日の体重が書いてありますね。
石丸:体重?
一之輔:コロナで家飲みとかしてて、相当太ったんですよ、最初の頃。“これはちょっとまずいな”と思って、瘦せようとしたら10kg落ちたんですよ。10kg痩せるとしんどいんで、3kgくらい戻って、今ベストなんです。それを1年半位、ずっと体重はキープしている感じです。
石丸:書き始めたきっかけは(体重が)増えたから?
一之輔:そうです。どれくらいお酒を飲んだかも(体重の)横に書いています。星がお酒を抜いた日で、少しでも飲んだら赤で…ほとんど飲んでますね(笑)。
石丸:真っ赤っかですね(笑)。良いですね(笑)。
一之輔:すいません(笑)。
石丸:いや、でも本当に細かくてびっしりですよね。ほぼ“今日はどこで何をやるか”を書かれている手帳ですか?
一之輔:片方に日付が入っていて、今日の所は「ラジオでおしゃべり」とか、「浅草演芸ホール○時上がり」とか、「夜は○○で独演会」とかを全部書いて、片方にそこでやったネタを全部書いています。
石丸:遠目から見ていますけど、お休みなんて無いですね。
一之輔:お休みは…たまに夏と冬に家族で旅行に行ったりとかはありますよ。
石丸:でも、年間900席こなしていらっしゃると伺いました。
一之輔:そうですね。コロナ以前は多い時で970(席)くらいやっていましたね。
石丸:その時は1日何席くらい?
一之輔:多い時だと7席くらい。
石丸:1席が大体15分くらいでカウントして良いんですか。
一之輔:寄席ですとそんな感じです。でも、どうしてもタイムスケジュールが押してきますよね。
石丸:後の(出番の)人は短くなっちゃったりするものなんですか。
一之輔:調整していくんですよね。楽屋に「前座さん」といって落語家になって3年目くらいまでの人がいて、その中のリーダーが仕切り役で時間配分を考えるんです。それでスケジュール通りに戻していくんですよね。だから(前座さんに)言われるんですよ。「師匠、今5分くらい押していますのでちょっと短めにお願いします」って。
石丸:そういう時には、今日話そうと思っていた話が長めだと思ったら変えたりするんですか。
一之輔:変えなくても調節出来るように。
石丸:え! 話すことはある程度決まっているじゃないですか。
一之輔:間を抜いていくんですよね。
「こんにちは。えんきょうさんいますか」
「おお、八っつぁん、お上がりよ。久しぶりだね、本当」
「本当、久しぶりですね」
というやり取りがあったとすれば、そこを抜いて、
「どうも。何ですか? 話というのは」
「いや、実はな」
というように、ボンっと本題に入っちゃうと、最初の1分半くらいをカット出来ますから。
石丸:すごい!
一之輔:ギャグをちょっと抜いてみたりとか。逆に早く進んで巻いている場合は「ちょっと長めに」と言われるんですよね。「15分のところを17、8分でお願い出来ますか」と言われたら「分かった」と言って、まくらの部分をちょっと多めに振って。
石丸:“まくら”というのは、冒頭の。
一之輔:冒頭のフリートークをちょっと長めに振ったり、いつも15分サイズにしている落語を、普段やってない教わった形を思い出して“ここをつけ足せば2分半は延びるかな”ってやったりとか。
石丸:すごい! それは、いわゆるアドリブも入れつつ?
一之輔:入れつつです。お客様から見えない所に大きな時計があるんですよ。それを見ながらやる人もいれば、私は目が悪いので。コンタクトもせずに上がっているので。
石丸:ほぼ見えない?
一之輔:見えないので、体内時計でやってますね(笑)。
石丸:(笑)。それはどんな偉い方たちでも、(前座さんから)同じような要求があったら。
一之輔:やるんです。それが出来ないと、仲間うちで「あいつは高座が長いんだよな」とか悪口を言われて(笑)。
石丸:言われるんですね(笑)。いやあ厳しいな(笑)。
一之輔:前座さんから言われますから。「なげえんだよ、あの師匠は」って。僕は言ってましたから(笑)。「なんで調節出来ないんだろうな。受けたら長くなるなんて素人だな」とか言いながら(笑)。でも寄席でそういう技術を(身につけました)。
石丸:ということは、臨機応変ですね。
一之輔:そうです。
石丸:話は変わりますが、(1年)365日のうちの、大体何日働いているんですか。
一之輔:1年って365日あるんだ(笑)。350日くらいは働いてますね。
石丸:すごいことですよね。
一之輔:暇な頃があったのでありがたいですよ。長男が生まれた時に、ベビーカーを押しながら公園を散歩して1日中稽古していた日々が、二つ目になって結構続いたので。“いつになったらお仕事が来るのかな”と思いながら。だから今はそういう感じになりますね。
石丸:そういう時が色々覚えられる時期だったわけですものね。
一之輔:“自分を作っていく”というか仕込みの時期があり、今は“売り出し”というか出荷の時期ですよね。
石丸:出荷の時期と言っても、すごいスケジュール。
一之輔:でも落語ですからね。
石丸:アウトプットしまくっているわけですけど、舞台を観に行くとかそういうこと(インプット)はあるんですか。
一之輔:あります。歌舞伎が多いかな。
石丸:歌舞伎はどういう目的でご覧になるんですか。
一之輔:弟子入りした時に、うちの師匠(春風亭一朝さん)に「歌舞伎とか観とけよ」って言われて。舞台設定が落語と同じ構造なんですよね。落語でどっちにどの人がいるというのは歌舞伎の舞台と全部同じにしているんですよ。
石丸:そうなんですね!
一之輔:偉い人が上座、家屋が上座にあって現れる人は花道を通って下手から現れる。
石丸:なるほど。
一之輔:だから来た人は「こんにちは」と言って左を向いてしゃべるんですよね。下手にいるという設定。
石丸:そういうことか!
一之輔:「こっちお上がんなさい」という人は上手にいるから右を向いてしゃべる。だから基本的に歌舞伎から全部来ているので。それは勉強するという意味もあれば、その時の衣装とか家の中のこしらえとか、道具とかも勉強になりますし。それだけじゃなくて、観て“綺麗だな”、“すごいな”、“豪華だな”、“面白いな”、“格好良いな”、“美しいな”というのを楽しみに行っているところがありますね。
石丸:やっぱり通じるものが多いんですね。
一之輔:うちの師匠の奥さんが歌舞伎役者の娘なんですよ。もうお亡くなりになった先代の片岡市蔵(五代目片岡市蔵)さんなんですが、今は(師匠の奥さんの)弟さんが(六代目)市蔵さんと(四代目)亀蔵さんになっています。
だから、歌舞伎もすごく関わり合いが深いんです。うちの師匠も二つ目の頃、歌舞伎座で鳴物の名取として笛を吹いていたんで。
石丸:そうなんですね。
一之輔:歌舞伎を題材にした落語もいっぱいあるのでね。台詞回しとかも。
石丸:“動いている歌舞伎”と“語っている落語”は共通しているものが色々(ある)。
一之輔:共通しているんですけどね。ああいう風に格好良くなれないですね。こないだ市川團十郎さんの襲名も観に行きましたけど、超満員で。歌舞伎座が3階までギッシリっていうのを久々に(見ました)。上から拍手が落ちてくるっていう。
石丸:“拍手が落ちてくる”って良い表現ですね。
一之輔:これは良いなあと思いましたね。あと「成田屋!」とか「待ってました!」とか“大向こう”というのも。
石丸:そうみたいですね。間合いが絶妙ですよね。
一之輔:やっぱりあれ(大向こう)が無いとね。(舞台)締まらないというか、大向こうは良いですよね。
石丸:そういうのも落語にありますものね。
一之輔:あります。
石丸:そういう掛け声のタイミングとか現場で得たものが(落語に)投影されるんですね。
一之輔:「待ってました!」と(声を)かけてもらえると、噺家も嬉しいですよ。(落語が)終わった時に「待ってました!」と言われるよりはね。
石丸:(笑)。
一之輔:来た時に「待ってました!」と言われるのが良いですよね。
石丸:欲しいですね。