石丸:入野自由さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“こと”や“もの”についてお伺いしています。今日はどんなお話を聞かせてくださいますか。
入野:はい。今日は「前向きでいること」についてです。
石丸:前向きでいること。
入野:子役の時に、プロフィールに“座右の銘”を書くことが結構あったんです。
石丸:子役の時代でも?
入野:はい。声優名鑑みたいなものに大人の方達に交じって載せていただいた時に、「書いてください」と(言われて)。そういうものを含めて、自分のことを書くって苦手だったんです。それで“どうすれば良いんだろう”と思った時に、いつも「前向きに」と言われていたので、「前向き!」と書いていました。
“座右の銘は「前向き」”と決めているわけじゃないんですが、その言葉を自分の中でフッと思い出すんですね。ずっと言われていたことで刷り込まれたのかもしれないですけど、“大切なことだな”と思うんです。
石丸:実際、自由君を見ていると、“前向き”というか“積極的”という印象を受けるんだけども、やっぱり「前向き」という言葉が影響しているのかな。
入野:そうですね。母の影響がすごく大きいかもしれないです。「前向きでいること」と、“人に優しく”じゃないですけど、「優しさは強いことだ」というような言葉をすごく(母から)貰っていて、自分自身が“どうしよう”と思った時に思い出すのは、そういう言葉の数々ですね。
石丸:そうなんだね。お母さんとは会話が結構多かった?
入野:多かったです。子役時代に現場へ行ったり…父も一緒について来てくれたりもしましたけど、母がオーディションのディレクターでしたね。それこそ『千と千尋の神隠し』のオーディションの時に、「こういう風に読んだら?」とか、他のオーディションの時も、母が「何かそれ、気持ち悪い」とか「その言い方は違う」とか(笑)。
石丸:親子だからね(笑)。
入野:色々とアドバイスを貰って。それがうまくいく時といかない時があるんですけど、今の自分のこの感覚というものを作り上げてくれたのは母ですね。
石丸:だからお母さんの言葉が心に刺さるんだね。
入野:はい。
石丸:今もその言葉(「前向き」)は、座右の銘として使っていますか?
入野:そうですね。前向きでいることは心がけています。
もちろん、“そうでなくちゃいけない”とがんじがらめになるのは良くないですけど、「あ、そうだ。前向き、前向き」って、ライトな感じだと楽しいかな。“楽しみたい”というのが一番です。
石丸:さて、話は変わりますが、入野さんは昨日から紀伊國屋ホールで舞台『管理人/THE CARETAKER』の上演が始まりましたね。この作品はノーベル文学賞受賞の鬼才、ハロルド・ピンターが1960年に発表したもの。“不条理演劇の最高峰”とも言われているそうなんですが、僕もこの人の作品は物凄いものだと思います。皆様にどんな物語かを説明してもらえますか。
入野:舞台はロンドンなんですけれども、荒れ果てた家の小さな一室、このワンシチュエーションなんですよね。で、ここに私が演じるガラクタを拾い集める兄、ガラクタを処分したい弟、そしてガラクタ同様に拾われてきた老人、この3人が生み出す緊張感ある会話劇です。
石丸:3番目に言われた人…“ガラクタ同様に拾われてきた老人”。それってなかなか無いよね(笑)。
入野:なかなか無いですね(笑)。でも、観ていただければ分かるんです。“ガラクタ同様に爺さんが出てきた”という感じなんです。
石丸:これを演じていらっしゃる方は?
入野:老人役がイッセー尾形さんで、弟役に木村達成さん。演出が小川恵理子さんです。
石丸:そうなんですね。「不条理演劇」と言うと何のことかと思うかもしれませんけれども、我々俳優からすると、非常に難解な(演劇)。
入野:難解ですね。
石丸:喋っていればそのまま筋道がついて次の言葉に行く、というものじゃないんですよね。
入野:あっちに行ったりこっちに行ったりしていて、台詞だけを理解して追っていこうとすると見失いがちですよね。
石丸:そうだね。ただ、“日常生活あるある”なんだけどね。
入野:そうなんですよね。日常というか、“人生こそ不条理”みたいなところがありますよね。
石丸:本当だよね。「不条理」という言葉は最近すごく身近になってきていて、我々の実生活も不条理だらけになってきているよね。だからこそ、今この作品を観ることで、何か“あるかも”“分かるかも”と感じるかもしれないね。
入野:そうですよね。何かフッと腑に落ちるところもあると思いますし、全部が全部分からなくても良いと思っていて、観た時に“これは何だったんだろう?”というのもありだと思います。ぜひ生の舞台の空気感とか、3人の織りなす緊張感とか(を感じてもらいたい)。
“なんだ、この異様な…”というようなことを経験することはあまりないですし、感じたくないじゃないですか。
石丸:そうだよね。
入野:それを演劇で感じられるというのは、とってもワクワクする体験なんじゃないかなと。僕が観に行った時に感じるのはそういうものですね。
石丸:(演じる)3人と観ているお客さんを含めて、その空間に居るんだものね。何が起こるか分からない。
入野:特に今回は3人なので、台詞量がとにかく膨大で。
石丸:ところで、1人何ページぐらい喋るの?
入野:ちょっと分からないですけど、僕自身は4〜5ページくらいの長い台詞があったりして。
石丸:ゾッとするんですけど(笑)。
入野:死にもの狂いで覚えなきゃいけないですものね(笑)。
石丸:本当だよね。でも、それが頭に1度入っちゃうと、自在に操れるようになってくるじゃない。多分そうなって昨日から始まっていると思うんだけれども、こういう演劇をトライし続けるのは、まあ、ある意味“マゾ的”な感じでしょ?(笑)。
入野:そうですよね。自分を痛めつけて苦しめている感覚はありますよね(笑)。
石丸:でも、それをやり続けている自由君は何故なんだろう?
入野:何故なんでしょう。やっている時って、“何でこんなことをやってるんだろう”というくらい苦しいことが続くんですけど、やった時の達成感だったり、やっている最中に相手役と“この感覚って何なんだろう”という繋がった瞬間を感じた時に、日々生きている中では感じられないところに手が触れた、ということを知っているから続けているのかもしれないです。
石丸:僕も似たような経験があるけど、舞台上って孤独でしょ?
入野:そうですね。
石丸:でも、自分が投げた台詞を相手が拾って…綱渡りしてるみたいな中での達成感というのは、やっぱり経験するとね。
入野:良いですよね。
石丸:だから止められないのかな?
入野:それこそ幹二さんはずっと第一線で活躍されているじゃないですか。
石丸:もうね、“なんでこんなに自分を苦しめてやり続けているんだろう”って振り返る時もあるけど、でも舞台上で生まれる(ものが)決まりきっていないんだものね。
入野:そうなんですよね。
石丸:「今日、こんなことがあった」とかね。
入野:なんでしょうね…ハプニングさえも楽しいですし、ハプニングだけじゃなくて、いつもと同じ台詞を交わしているんだけど、“今日の感じ方は違う”というグッと引き上がってくる感じとか…。“苦しい”が大半を占めているんですけど、“「演じる」って楽しいんだ”と思う瞬間の輝きがすごく強いという感覚があります。
石丸:あるよね。自由君は今、舞台をやっていますので、是非劇場で観ていただきたいと思います。舞台『管理人/THE CARETAKER』は、11月29日(火)まで、紀伊國屋ホールで上演しております。
入野:よろしくお願いします。