石丸:森田正光さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしておりますが、今日はどんなお話をお聞かせいただけますか。
森田:「将棋盤」です!
石丸:僕が子供の頃は、折りたたみのものが将棋盤だと思ってたんですけども。
森田:立派な四角い木で、足がついていて。しかも木の種類が何なのかとか、柾目(まさめ)といって木目がどうなってるかとか、そういう総合力によって値段が決まるんですよ。
石丸:よく対局で(プロ棋士の)皆さんが使っていらっしゃる、あのごついやつ。
森田:あれは最低でも数百万ですね。
石丸:えっ、そんなにするんですか!?
森田:はい。1千万位のもあると思いますね。昔、大山康晴という有名な先生が「将棋が強くなりたいんだったら、良いものを使え。良い(将棋)盤を使え、いい駒を使え」ということを言われたので、“じゃあ”ということで、1982年にボーナスが入ったので、そのお金を握りしめて将棋盤屋さんに行ったんですよ。なぜ(購入した年を正確に)覚えているかというと、盤の裏に書いてあるんです。
石丸:そうなんですね。
森田:将棋盤は榧(かや)という木が最高級なんですが、その榧の中でも宮崎県、日向産という榧が1番高いんですね。しかも柾目(まさめ)といって縦に木目が入ってるものが高いんです。それがあったんです。100万円のものと、60万円のものが。
石丸:では、その握りしめたお金で。
森田:もちろん、そんなにお金を持ってないですよ。「100万も60万も無理です」って言ったら、店主が「じゃあ半額にしようか」って。
石丸:おお!
森田:半額の30万だって手持ちがギリギリ(笑)。だけど、“いけるじゃん”と思って。
石丸:そのボーナスは家に持って帰らなくて良かったんですか?
森田:その頃は子供が小さかったし…衝動買いで買っちゃったんです。
石丸:買っちゃった!
森田:家に帰ったら、すごい怒られて(笑)。
石丸:でも、投資したわけですね(笑)。
森田:それが、今も大事にしている榧の将棋盤です。
石丸:家宝ですね。
森田:本来なら「日向産の榧の将棋盤60万円を30万円で買った!」で終わるんですが、続きがあるんです。
石丸:教えてください。
森田:今から7年位前に、鑑定団(『開運!なんでも鑑定団』テレビ東京)で、“その将棋盤は60万だけど、もっと値上がりしてるだろう”と思って、専門の方に見ていただいたんです。
石丸:いかがでした?
森田:10万円。
石丸:30万円が、そんなになっちゃったんですか!
森田:はい。だからものすごいショックで。
石丸:何が違ったんですか。
森田:中国産の榧だったんですね。
石丸:日向産ではなかった。
森田:はい。要するに騙されたんですね。
石丸:森田さん、それは店主が値引きしたところで“あれ?”と思わなくちゃいけませんね(笑)。
森田:ですよね(笑)。
石丸:でもね、夢がありましたね。
森田:ですよね(笑)。将来、日向産の榧は無くなっていくから絶対値上がりしてると思って(鑑定団に)出したのに…。
石丸:残念でしたね。
森田:だけどその思い出もあって、今でも大事にしてますね。桐箱みたいもので蓋をしているんですけど、すごく落ち込んだ時とかに(蓋を)取ると、今でも榧の香りがするんです。“木ってすごいなあ”と思いますね。
石丸:経年して色が変わっていったりとか、変化はあるんですか?
森田:飴色になっていくんですけど、もったいないから私のはそんなに使わないです(笑)。もうひとつ、別の平版(卓上版)を持っているので。
石丸:普段はそれで指して。
森田:鎮座させている感じで蓋をしているからあまり変色はしていないんですが、底の方は良い感じになってきましたかね。
石丸:(蓋を)開けるとフワッと香りが立ち上がる。素敵ですね。
森田:それで値段が高けりゃ(笑)。
石丸:そこだ(笑)。
話は変わりますが、実は、先日公式戦で通算1500勝された羽生善治九段と森田さんが勝負をされて、(森田さんが)勝利されたと伺いました。これについて教えてください。
森田:羽生善治九段はレジェンド中のレジェンドなんですね。今から10年ぐらい前にNHKのお正月の特別番組で『大逆転将棋』というのがあったんですね(森田さんの出演は『大逆転将棋2011』)。プロは投了の最後までやらずに5手10手前で「負けました」って投げるんです。その「投了図対局」というすでに決着がついているところから、負けた側を羽生先生がもって、勝った側を私がもって、勝ち切れるかどうか、という将棋なんです。だけどこれね、普通の人は勝てませんよ!
石丸:そういうものなんでしょうね。
森田:それに勝ったから、ものすごく嬉しくて。
石丸:森田さんは三段を持っていらっしゃるんですよね。
森田:はい。一応アマチュアの三段なんですけど、プロに比べたら屁のようなものなので。
石丸:いやいや。それで挑まれて。
森田:そこで勝ったんですよ。大逆転将棋ですから、もちろん羽生先生もガチですよ。いくらハンディがあったとしても、ガチで勝ったというこの嬉しさ。
石丸:それは嬉しい。そこから何手位で勝ったんですか?
森田:覚えてはいないんですけど、十数手かかりましたかね。本来なら四、五手で終わるところ。
石丸:プロ同士だとね。でもすごいですね! おめでとうございます!
森田:それは録画して大切にとっているんですけど、その中で今でも1番記憶に残っているのが、扇子をいただいたんですよ。勝ったからというわけではないんでしょうけど。将棋の先生って、扇子をよく持っていらっしゃいますよね。
石丸:そうですね。扇いでいらっしゃいますね。
森田:その扇子には直筆でいろんなことが書いてあるんですね。「一歩千金」とか、ことわざみたいなことが書いてあるんですよ。いただいた扇子をパッと見たら…。
石丸:何と書いてありましたか。
森田:「白首北面」と書いてあったんです。
石丸:どういう意味ですか?
森田:「白首」というのは頭の毛が白くなったということで、老人になったということなんですね。「北面」というのは北の方に顔を向けるということで、“北に立派な人がいるから、何かを教えてもらう”という意味があるんですね。
「白首北面」という言葉は、“頭が白くなって年をとったら若い人にいろんなことを教えてもらいなさい”という言葉なんです。
石丸:“教えてもらいなさい”ということなんですね。
森田:北面ということは単に挨拶ということではなくて、年長者じゃなくて自分よりも若い人に教えを請う、という意味があるんですね。これって深くて良いですよね。
石丸:羽生さんは、何故その言葉を森田さんにお渡ししたんでしょうね。
森田:番組だったからです(笑)。
石丸:そういうことですか(笑)。
森田:でも、自筆ですよ!
石丸:それは貴重ですね。
森田:白首、たしかに白髪が増えているなと思って(笑)。
石丸:“若い人からいろんなものを得なさい”というのは、僕らにとってみても肝に銘じないといけないですね。
森田:胸に刺さりますよね。得てして、年長者になってくると無礼なことを言ったりしますもんね。「そんなことも知らないのか」とか平気で言ったりするけれど、考えてみたら自分の方が知らない…ということがよくありますもんね。
石丸:特に今の時代はどんどん進化していきますしね。私もその言葉を肝に銘じます。
森田:まだ白首じゃないじゃないですか(笑)。
石丸:そうですね、白くなってから(笑)。
森田:(笑)。