石丸:古澤さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”をお伺いしております。今週はどんなお話をお聞かせいただけますか。
古澤:はい。今日は「ラテンダンス」についてです。
石丸:ひょっとして、ラテンダンスをされているということですか?
古澤:正確に言うと、「昔、かじったことがある」という感じです。なぜかというと、クラシックの曲にはラテンなどはないんですね。葉加瀬太郎さんのHATS LABEL(ハッツレーベル)に2006年に移った時に、「そういう(ラテンなどの)曲を弾く時に、葉加瀬とかは曲間でカッコ良くステップを踏んでいるだろ? お前も軽くステップが踏めるくらい練習して来い」って、事務所の人に言われたんですよ。
それでね、僕の家のすぐそばにスポーツクラブがあって、一応会員だったんです。運動とかはあまりしないんですけど、お風呂とかジャグジーに入りによく行っていたんですよ。そこにガラス張りのスタジオがあって、“そういえば昼間、ラテンダンスかどうかは分からないけど、何かやってるな”と思って。あれって自由に参加出来るじゃないですか。
石丸:そうですね。
古澤:それで覗きに行ったら外国人の先生がカッコ良く踊ってて、“すごいな! 何だこれ!?”と思って。佐々木ルイス先生という素晴らしい先生なんですけど、(自分は)いつもそのレッスンを1番後ろで見ていたんです。そこで、すごく不思議なものを見たんですよね。
石丸:どんなものですか?
古澤:ダンスは大体ワン、ツー、スリー、フォーの4拍子なんです。先生がステップを踏んでいるから一緒に踏もうとするじゃないですか。“ワン”で踏むと、全然自分が思ってる場所じゃなかったんですよ。“え、そんなところに1拍目がある? それおかしくない?” と思って。
簡単に言うと、自分が思っていたところより(1拍目が)遅いんですよ。日本の人って、何か先走っていくでしょ。手拍子でもそうなんですけど…何となく分かります?
石丸:そうですね。パッと行きますもんね。
古澤:そうなんです。自分もそうだったんです。(先生を)客観的に見ると、確かに音楽に合っているんですよ。“じゃあ、自分がずれてるってこと?”って思って。
(例えば)モーツァルトのカルテットとかをやる時に、自分が1拍目(の音)を出しているけど、指揮者が「1」とやった時に自分が弾く「1」はもしかしたら(ラテンダンスとはタイミングが)違うのかと思ったら、“それは調整しなきゃいけないな”と思うようなって。実はいまだに探っているんですけどね。でも、それはステップを見なかったら気がつかなかったんですよ。
石丸:そういうところから発見されたんですか。
古澤:そうです。でも、こういう発見って大きいでしょう?
石丸:大きいです。いろんな国、国民性によってもカウントの感覚が違うというのは、我々も(感じます)。特にクラシックじゃないジャンルの人は、ビートの取り方も違うじゃないですか。そういうリズムの違いを、古澤さんはダンスのスタジオで体験したということですね。
古澤:そうです。全ての音楽はアップビートで踊りますから、日本人はそんな風に音楽を聴いてないわけです。「あ、それ! あ、それ!」ってカウントを取っていたわけですからね。だから、“それであんなに上に音がいくのか、フレーズがあんな風にいくのか”ということを、それ(ラテンダンス)で知ることが出来た。“音楽を感じる”という意味では、我々にとってはとても必要だなと思いましたね。
音楽とダンスって切り離せないじゃないですか。バイオリンだってダンスのために弾く楽器だろうし、人がハッピーになって踊りたくなるような気持ちになるよう、ウキウキするように弾いてみたいと思っても、踊ったことがなかったら気がつかないかもしれないですもんね。
石丸:そうですね。リスナーの音楽家諸君、踊りましょう!(笑)
古澤さんにとって、ラテンの経験がこれからやる音楽のジャンルの中にもどんどん入ってきているということですよね。
古澤:そうですね。テレビの番組でも、ラテンダンスの人たちとのコラボがわりと多いので。ラテンだけじゃないんですけど、人の動きを目の前で見せてもらいながら演奏するのは、自分にとっては参考になる以上のものがあるので。
石丸:ジャンルを越えていろんな活動をされる古澤さんだからこその発見。本当に素敵だと思います。また違うものに巡り合ったら教えてくださいね。
古澤:成り行き人生なのでね。何が落ちてるか分かりませんものね(笑)。
石丸:話は変わりますが、僕は、古澤さんのデビューのCDから買っているんですよ。
古澤:『マドリガル』ですね。あれは最初で最後だと思ったので「とりあえず1枚出してみましょうか」くらいで始まったものだったんですよね。
石丸:そうなんですか。
古澤:あの頃はみんなソナタ集ばかりで、小品集がなかったんです。時代がそういう時代で、小品をレコーディングしてる人は1人も居なかったんですよ。だから“人がやってないことだったらやらせてもらってもいいんじゃないのかな”という考えからなんですよ。
石丸:そうなんですね。本当に好きで、ずっとかけていました。
さて、古澤さんは先月ニューアルバム『コンチェルト〜海〜 VIOLIN CONCERTO NO.6 ‘IL MARE’』を発表されていらっしゃいます。古澤さんがソロを務めたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者を含むピアノ五重奏団と共演したアルバムで、こちらは昨年コンサートツアーで熱演された演奏をスタジオで再現したものになっております。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団といえば、世界最高峰のオーケストラです。今回、その精鋭達との共演はいかがでしたか。
古澤:素晴らしいのはもちろんなんですけど、昨年の11月30日に(新型コロナウイルス感染対策のために)日本政府が海外から(日本に)入って来ちゃ駄目ということにしたんです。ベルリンフィルとのツアーの直前だったんですけど、メンバーは1人を除いてあとの4人が(日本に)入れなくなっちゃったんですよ。
石丸:そういうことがあったんですか。
古澤:そしたら(ベルリンフィルの)別のグループが日本国内をツアーしていて、ちょうど(ツアーが)終わって僕らのスケジュールと合ったので、無理を言って残ってもらったんですよ。それでこの人たちと出会ったんですね。
石丸:偶然なんですね。
古澤:そうなんですよ! ラッキーなことに、やってくれただけでもありがたいのに、今まで僕が経験した中で一番上手だったんですよ。
石丸:偶然から新たなメンバー達と出会って、そこから新たに広がった世界観が収録されているということですね。
古澤:「一期一会」ということで、貴重なレコーディングもさせてもらって、思い出に残るものになったと思いますよ。
石丸:これはぜひ、皆さん手に取ってみてください。このジャケットも良いんですよ。ジャケット写真の古澤さんはどう見てもナポレオンですね。
古澤:そうなんですよ。早野凡平の帽子芸に近い帽子に見えますけど、ちゃんとしたもので、ディズニーシーで売っているお土産とも違うんですよ。わりとちゃんとしたものなんですよ。僕ね、わりと衣装持ちで衣装のコレクションがあるので、いつも全部自前なんですよ。
石丸:本当ですか!
古澤:“こんなのいつ着るんだ?”と思うでしょ。そしたらチャンスがありましたよ。今回「海」と言うテーマだったから。
石丸:海を背景に、そして奥には島も見えています、というか岩ですね。
その前で古澤さんがストラディバリウスを手に持ち…。
古澤:あ、ストラディバリウスは撮影の時は使えないんですよ。錆びちゃうからね。
石丸:残念でした(笑)。では、バイオリンを手に持ち…。
古澤:自分の安いバイオリンを持っています(笑)。
石丸:いやいや。太陽の光を浴びながら古澤さんが写っているジャケットだけでもワクワクするんですけど、この中にはマリーノの「ヴァイオリン・コンチェルト第6番」、ブルッフの「スコットランド幻想曲」などが入っています。これはベルリンフィルのメンバーたちと演奏されていますよね。選曲はどうされたんですか。
古澤:マリーノさん(ロベルト・ディ・マリーノ)というイタリア人作曲家を(僕が)見出したというご縁で、毎年コラボしているんです。彼が毎年新曲を何曲も編み出してくれていて、映画音楽のエンニオ・モリコーネとかピアソラタンゴの巨匠、アストル・ピアソラとか、そういうテイストも含めて、そんな感じの曲をクラシックスタイルで何曲も書いてくれるんですよ。現代音楽とかじゃなくて、まるで映画音楽みたいな、“こんな曲があったら弾きたいな”と思うような曲を作ってくれるから、それを毎年アルバムに収めている、ということなんですね。
石丸:素敵ですね。そして、また別のメンバーとも演奏していらっしゃいます。これは映画のウエストサイドストーリーの劇中歌、あのバーンスタインの作品の「Tonight」を、品川カルテットの方達とカバーされています。更に、古澤さん自身による作品も収録されています。
いろいろなものをこの1枚にギュッと収めていらっしゃいますね。
古澤:そうですね。いろんなグループと活動させてもらっているので、どうしてもおもちゃ箱みたいになっちゃうんですよね。
石丸:素敵です。これは玉手箱ですね!