石丸:三遊亭円楽さん、これから4週にわたりどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしております。今日はどんなお話をお聞かせくださいますか。
円楽:そうですね。“もの”でしたら「商売道具」。今、和装の商売ってほとんど無いでしょう。だから着物のこだわりとかを、裏話としてしたいなと思ってます。
石丸:楽しみです。今日は洋服ですけれども、どんな時に和服を着られますか。
円楽:色んなところで「なんで着物で出てくれないんですか」って言われるんですけど、着物って僕にとって特別なものなの。
というのは、『スーパーマン』って映画は、(主人公の)クラーク・ケントが電話ボックスに入ってスーパーマンの衣装になるとすごいんですよ。“着物に着替えるってことは、私にとってスーパーマンになることなんだ”って、二ツ目くらいの時から思い始めて。
石丸:そうなんですね。
円楽:だから着物で出る番組っていうのは、落語だとか俳句などの「和の番組」では着ますけども、それ以外は着ません。正直に言うと、着物って(着るのが)面倒くさいんだ(笑)。ひもは何本もあるし、帯を締めたりね。
石丸:確かに(笑)。落語家さんというのは、どの瞬間に仕事意識に気持ちが切り替わっていくんですか。
円楽:着物を選ぶ時から(変わります)。「ネタ出し」って言って事前に演目を出しているんだったら、それに合う着物1枚を持って行けば良いんだけど、何種類かやりそうな話があったり、途中でネタが変わるかもしれないなと思うと2枚持って行ったりね。
石丸:それでは、公演中に着替えたりなさるんですね。
円楽:そうそう。話に合う着物に。例えば、江戸っ子の話をやるんだったら縦縞のものとか、お店(たな)の人の話だと小紋とか。いろいろと荷物にはなるけども、最近は、2枚は持っていくようになってるね。柄だけじゃなくて、着物でもいろんなものがあるから。昔はね、「紬(つむぎ)は着ちゃ駄目だ」って言われてたんですよ。「羽二重(はぶたえ)でなきゃ」って。
石丸:それはなぜですか?
円楽:紬は(昔は)普段着だって言われてたから。だから大島(紬)を着て行った時に、上の人にね、「あんちゃん分かってやってんだろうけど、昔はそれ(紬)は駄目だったんだよ」って。「大島なんぞは高いかもしれないけど、普段着なんだから高座では失礼だよ」って。
でも、よく考えたら違うんだよ。昔の人は羽二重の紋付きなら、それでどこでも通用したから一番安上がりなの。
石丸:そうなんですね。
円楽:黒紋付を着てるって言ったってね、「何年着てるんだ、これ。洗い張りしてねえじゃねえか」っていうのがいっぱい居ましたよ。
石丸:(笑)。
円楽:だからそれは言い訳でね。今は縞物が好きで、“この縞だったらこの帯”、それで“羽織を黒でおさえ込まずに色羽織を着てみよう”とか、色々と楽しめますよ。
石丸:それは円楽師匠だからですか?
円楽:いや、噺家はそれを気をつけなきゃいけないの。この正月も色んな所で色んな連中の寄席を見たけど、(着物が)「お前、それないだろ」って。
石丸:いらっしゃいますか。
円楽:洗える着物? 「汗っかきだからしょうがない」って言うけど、昔だったら「お前、それじゃあ誘われて芸者衆のところへ行けないよ」ってよく言われたもん。
(芸者さんに)「あらお師さん、綺麗な…」言って(着物に)触りながら「あ、化繊だわ」って言われちゃうもん(笑)。
石丸:分かる方は分かりますよね(笑)。やっぱり一番勝負の服を着ていくというのが“粋”ということですか。
円楽:そうですね。でも、自分が気に入って作っても「あんまり合わねえな、着ねえな」って、結局タンスの肥やし? そんな風になっちゃうものもあるね。
石丸:そうなんですね。
円楽:でも良いのがね、後輩にあげられるんですよ。多少の寸の出し入れは出来るし、着物ってデザインが直線で柄を含めて流行り廃りってあまりないから。
古いものもありますよ。(三遊亭)圓生師匠が亡くなった時にもらった羽織と紗の着物と帯とね。嬉しかったなぁ。それは逆にタンスの肥やしじゃないけども、大事にして。この間、紗(の着物)がやれた色になってきたから色揚げして濃い茶にしてもらいました。それをいずれは誰かにあげようと思ってます。圓生師匠と丈も裄(ゆき)もちょうど合うんですよ。裄は圓生師匠の方が大きいかな。だからよっぽど背の高い人にはあげられないけども、自分よりちょっと(背が)低いくらいだったらそのまま着こなせるから。
石丸:嬉しいものですね。師匠からの着物を受け継ぐって。先代の圓楽さんからは何か着物とかは受け継がれましたか。
円楽:1枚だけもらったね。うちの師匠っていうのはね、「落語をやらねえ」って言った時があったの。
石丸:ええ!
円楽:で、着物を全部処分しちゃったのよ。それで、たまたま(落語を)やるようになっちゃったから、日本テレビの衣装さんに「すいません。ちょっとこれ、借りて行って良いですか」って言って紺の着物を借りてったことがある(笑)。
石丸:そんなことがあったんですか。
円楽:俺たちのせいもあるんだけど、「(寄席)若竹」の借金を返すために一生懸命講演ばかりやってた時があったからね。落語よりも洋服でパッパッとしゃべっちゃえば早いからって。
石丸:そうだっだんですね。よく「笑点」で(5代目圓楽さんを)そのネタでいじってらっしゃいましたね(笑)。
円楽:そうそう、昔ね(笑)。借金だとか、馬だとか言いましたけども。
石丸:私も子供の頃から日曜日の「笑点」を楽しみにしていたんですが、当時「楽太郎」さんのお名前でいろんな方を良い意味でいじってらっしゃる、あのスタイルが大好きだったんです。
円楽:あれはうちのお師匠さんとね、歌丸師匠でこさえ上げたものですよ。
石丸:え! そうなんですか。
円楽:私はそれまで「それじゃ駄目だ」って言われていたから、歌丸師匠が「良いよ。俺のことでも何でも言え」って。それで歌丸師匠が若竹だとか借金だとか馬だとか(言ってるの)を後追いして乗っかっていって。
そしたら、5代目圓楽:「誰の弟子だい?」、歌丸:「あんたの弟子だよ」、5代目圓楽:「ええ、腹黒いね」って、その辺から腹黒いってイメージがつき始めたのよ。
石丸:そうなんですね。
円楽:だから、歌丸師匠とうちの先代で私を腹黒くしたのね。
石丸:(笑)。見事にそういうヒールのキャラになってらっしゃいましたよね。
円楽:(笑)。紫の着物は、(「笑点」の司会が)三波伸介さんの時に、うちの師匠が「私はもう『笑点』を辞めるよ」って言って、その後釜に入れてもらった時に「師匠が来てた色なんだから」って言うんで、紫になった。
石丸:そうだったんですか。
円楽:だからうちの師匠も(自分のことを)「ラベンダーマン」とかね、色んなことを言ってた(笑)。
石丸:そうなんですね。話は変わりますが先程、「笑点」のカレンダーを頂戴いたしました。ありがとうございます。
円楽:ごめんね、それね、表に(林家)三平が載っているんだよね。
石丸:メンバーが代わりましたね。
円楽:ごめんなさいね。三ちゃんもかわいそうだけど、こちらに人事権が無いからね。
石丸:(司会が春風亭)昇太さんに代わって、フレッシュな感じになりましたけど。
円楽:フレッシュというか、昇太の笑いの取り方とか回し方は喜劇の回し方かな。話術の回し方じゃない。そこへたいちゃん(林家たい平)がボンボンはねて乗るから。あの二人の年代が近いというのもあるけどもね。“そろそろ世代交代してくような時期だね”と思ったら、1番若いのが変えられたでしょ。
石丸:そうですね。
円楽:(桂)宮治君、元気で良いんだけどね。さあどうやって出てくるかね。
石丸:楽しみですね。
円楽:楽しみ。だってバトンは渡していかなきゃいけないもん。
石丸:おっしゃる通りです。
円楽:私だって病気でしょ。今、再発が無いからなんとか副作用だけで押さえ込んでこうやって頑張ってるけども、72(歳)だしね。
石丸:そうでいらっしゃいますか! そんな風には見えませんけど。
円楽:2月8日が誕生日だから、もうすぐ72(歳)だもんね。そしたらやっぱり場所をどくってことも必要ですよ。ただ、落語は好きなことだし、そんなに腕も落ちてないような気がするから、やらせてもらえる場所があればやらせてもらえるかなって。よくうちのお師匠さんが言ってましたよ。「“枯れる”っていうのはね、力が落ちた証拠だよ。“枯れた”んじゃねえんだ」って。欲も得も無くなってその芸域に行ければ良いけど、やっぱり欲があってそれを出していく人間らしさ、面白さがあるから落語が出来るんだもんね。
石丸:そういうことですか。でも(笑点も)長く続けて欲しいです。私達もすごく楽しみにしておりますので、よろしくお願いいたします。
円楽:やりたいですけどね。
(※この放送は1月11日に収録しました。)