石丸:山田五郎さん、今週もどうぞよろしくお願いいたします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしております。今日はどんなお話をお聞かせくださいますか。
山田:今日も本になっちゃうんですが、「イギリスの時計師のジョージ・ダニエルズ博士からいただいた本」ですね。
石丸:どういう本なんですか?
山田:何冊かあるんですけど、いただいたのは、『All In Good Time(オール・イン・グッドタイム)』という博士の伝記と、『Watchmaking(ウォッチメイキング)』という時計の作り方の本です。『The Art Of Breguet(ジ・アート・オブ・ブレゲ)』という本は自分で買ってサインをいただきました。
この『The Art Of Breguet』はアブラアム=ルイ・ブレゲっていう18世紀の時計師の作品と生涯を研究された本なんですが、ブレゲの体系的な研究の本としては多分最初の本ですよ。時計が好きだったんで、その本を学生の頃に読んだんですけど、(ブレゲの)時計は、そうそう買えるものじゃないじゃないですか。「中を開けてくれ」って言っても全部開けてくれるわけじゃないから、メカがどういう仕組みになってるのかとか分からなかったりするわけですよ。
石丸:そうですよね。
山田:それが、ジョージ・ダニエルズさんの『The Art Of Breguet』という本では、世界中にある初代ブレゲが作った作品を訪ね歩いて、ご本人が時計師ですから、「メンテナンスしますから」と言って中の写真を撮らせてもらって、それを解説してくれているんですよ。「現物を買わなくても、こういう本がいっぱいあれば勉強できる」っていうことを教えてくれた最初の本だったんですよ。
石丸:そうなんですね。
山田:ジョージ・ダニエルズさんはいろんな発明もされてる方なんですけども、ひとつ有名なのが「コーアクシャル脱進機」っていう仕組みがあるんですよ。
石丸:それはどんな発明ですか?
山田:あの「チクタクチクタク」っていう所が時計の心臓部なんですけど、それを“脱進機”って言うんですよ。要するに、歯車を止めたり解放したりっていうのを周期的にやることで、時計の進み方を決めている。(歯車の部分は)噛み合いますから、摩擦が問題なんですよ。摩擦を少なくするために、そこに人造ルビーを使うわけですよ。(コーアクシャル脱進機は)その摩擦を少なくするシステムなんですけど、それを発明した時に来日されて、その時に初めてお会いして。
(ジョージ・ダニエルズさんは)イギリスの「マン島」って所にお住まいなんですよ。
石丸:あのアイルランド(島)と(グレート)ブリテン(島)の間にある。
山田:あそこ、税金が…(笑)。
石丸:はい(笑)。タックス・ヘイブン(税金があまりかからない地域)で有名ですよね。
山田:それで「一度遊びに来い」って言われて、行って。その時いただいたのが『All In Good Time』っていう、書かれたばかりの自伝だったんですよね。
石丸:そこで頂戴したんですね。
山田:マン島(の滞在)って、すごく楽しかったんで。
石丸:どんなことが?
山田:まず行ったらね、“なんで今日来たんだ”みたいなことを言って怒ってるんですよ(笑)。「今日、F1のテレビ中継があるんだ」って言うんですよ。「そんなの知らねえよ」って言って、仕方ないからF1のテレビ中継をずっと一緒にビール飲みながら観てました(笑)。
そして時計の話になって、「時計のことが分かるのか?」みたいなことを言われて、「機械式時計の一番大事な問題はなんだ」って言われて、何だか分からないけど「フリクションですか」って言ったら「そうだ!」って。“お前なかなか分かっとる” みたいなことになって気に入られちゃって。次の日の朝、ホテルのフロントからの電話で起きたら「下にジョージ・ダニエルズ先生がお見えです」って(笑)。
石丸:お迎えですか!(笑)
山田:そう(笑)。それで降りて行ったら、“まだ寝ているのか”って感じで「ランチボックスを頼んだから、これを持ってピクニックに行くぞ!」って言われて。
石丸:すごいマイペースですね(笑)。
山田:ジョージ・ダニエルズさんって、クラシックカーファンなんですよ。1920〜30年代のものずごいベントレーで(来た)。それでマン島って信号が無いじゃないですか。
石丸:そうなんですか。
山田:(オートバイ)レースをやるくらいなので。それもマン島に住んでいた理由の1つだったんですよ。ブンブンぶっ飛ばして。また、何もないんだ、羊しかいないんだ(笑)。毎日そんなことをやりながら時計の話しをして、お家の中に工房もあるから工房も見せていただいて、集められた古い時計のメカを説明してもらったり。
石丸:わあ、夢のような体験ですね。
山田:まずは“会ってくれるんだ”っていうことに驚いたし、「遊びに来いよ」みたいなことを言われても、社交辞令だと思うじゃないですか。連絡したら「良いよ」って言って、言っておきながら着いたら「何で来たんだ」みたいな(笑)。
石丸:とんでもないオヤジですね(笑)。
山田:とんでもないオヤジだけどすごく面白いし、時計の話になると止まらないですしね。
石丸:そうなんですね。
話は変わりますが、山田さんはこの度、講談社選書メチエより『機械式時計大全』を発表されました。国内外の時計ブランドの特徴と代表モデル、そして購入時や使用時の注意点、山田さんが半世紀かけて積み重ねた機械式時計の知識が豊富な図版とともに披露されている本になります。山田さんにとって機械式時計の魅力を改めて教えていただきたいんですけども、僕にとってもこの本は宝物なんです。
山田:ありがとうございます。
石丸:ここまで機械式の時計について解説してある本って、多分日本にはないと思うんですよね。僕らは時計に関して知識があんまり無いので、まず機械式時計のことを教えてください。
山田:“どうやって時間を調節してるか”ってところがポイントなんですよ。それを機械的に調速している時計が「機械式時計」なんですよ。それを調速しているのが脱進機で、実際に爪が歯車に当たって止めるっていう非常に物理的な機械的な方式でやっている。クオーツ式っていうのは、水晶の発振子に電圧をかけるとそれが振動して、電子的に制御している。
石丸:その違いなんですね。
山田:だから(その違いを)一言で言うと、(時計に)耳を近づけて「チクタク」と言ってる時計が機械式ですよ。
石丸:それは分かりやすい!
山田:物理的に動かしますから、絶対当たった音がするわけですよ。それがチクタクと聞こえるんですよ。クオーツ式だったらアナログでもステップモーターっていうので動いているから「ザッザッ」って感じの音がするはずですよ。あと、セイコーさんの「スプリングドライブ」っていう、セイコーさんだけの技術なんですけど、それは音がしないです。
石丸:それもクオーツにあたる?
山田:それはね、クオーツと機械式の間。セイコーさん独自の機構なんです。腕時計には機械式、クオーツ式、そしてセイコーさんだけのスプリングドライブの3種類があるんですよ。
石丸:これで皆さんお分かりになってくださったと思います。山田五郎さんは機械式の時計について詳しく本に(書かれています)。この図をご自身でお書きになったって聞いて。
山田:これが大後悔。
石丸:え、なぜですか?
山田:例えば、ストップウォッチみたいに動く「クロノグラフ」っていうのがどういう風に動いたり止まったり針が戻ったりしているのかを説明している本があるんですけど、大概図が複雑すぎて分かりにくいんですよ。だから“これをもっと簡単に出来ないかな”と思って自分で書いてみたんです。
そしたら、「なぜ世の中の図が簡単にならないか」が分かったんですよ。簡単にすると辻褄が合わなくなってくるところが出てくる。やっぱり精密機械だから無駄にその形をしてないんですよ。ちょっと曲がってるとこを真っ直ぐかシンプルに書くと、動いた時に「あれ、届かないぞ」とか。
石丸:そういう部分が明らかになってしまうんですね。
山田:そう(笑)。「シンプルな形で辻褄が合うようにするには」みたいなことやってると、もうめちゃくちゃなことになっちゃって。これ無駄に苦労したんですよ。
石丸:文字を書くよりも、図の方に時間が取られてますか。
山田:図の方が時間がかかってますね。
石丸:でも、お陰で分かりやすいんですね。時計を僕たちは開けることができないので、中がどうなっているのかっていうのは全く想像の域だったんですけど、こんなに歯車がいっぱい入っていて、こんなに引っかかるところがあったりってことを書いてくださると。
山田:最近、裏がガラスになってて、中が見えるようになっているやつがあるじゃないですか。日本人は昔から好きなんですよ。江戸時代の終わりから明治時代に商館、今の商社ですね。スイスとかフランスとかイギリスとかの商社が長崎とか神戸の居留地に入ってくるじゃないですか。そこで時計を輸入して日本人向けにアレンジして売っていたのを「商館時計」って言うんですよ。一番の特徴は裏蓋を開けると普通は中蓋がついているんですけど、その中蓋がガラスなの。なぜかって言うと日本人は中が見えると喜ぶっていう。金時計だったら本当はそこも金で作るでしょう?でも日本はガラスだから、むしろ安く上がるわけ。だから作る方としてはちょうどいいっていうことで。だから日本人は中が見えるのが好き。あともう1個の特徴は何だと思います?
石丸:なんだろう…。
山田:外側の蓋のケースの所が鏡面仕上げじゃないんです。ツルツルじゃないんです。「魚子(ななこ)模様」っていうギザギザの模様がついているんですよ。向こう(海外)のやつは鏡面仕上げなんですよ。
石丸:確かにツルっとしている感じが。
山田:日本人はこの魚子模様が刻んでないと喜ばないんですよ。
石丸:美術品的価値を求めているんですかね? なぜですか?
山田:指紋がつくのが嫌なんです。日本人は、その頃から指紋が嫌いなんですよ。ツルツルだと指紋がつくでしょ。
石丸:つきます。
山田:それを嫌がるっていうのが記録に残っているですよ。だからギザギザになってると(指紋が)つかないじゃないですか。
石丸:確かに。
山田:今でも日本人は指紋が嫌いでしょ(笑)。
石丸:なんか嫌いですね(笑)。
山田:スマホとかもすぐ拭く(笑)。
石丸:拭きますね(笑)。でも、これを機に皆さん時計に興味持っていただいて。
山田:是非是非。分からないことがあったら、そこだけ読んでくれたら良いんですよ、これ。
石丸:そういう読み方も出来ますね。
山田:通しで読むのはしんどいです。もう俺も嫌です(笑)。
石丸:書いた人が仰ってます(笑)。辞書のようなもので、パッと引きたい時に引いて「こんな事が書いてあるんだ」って。
山田:仕組みと歴史と現在のことが書いてありますから。「クロノグラフって何?」とか「トゥールビヨンって何?」ってそこだけ読んでくれれば良いですから。
石丸:知らない言葉だらけで、覚える楽しみが湧いてきましたけど、この本って実際にどの位かけて書かれたんですか。
山田:書き始めてから2年位かかってます。これもコロナ(禍)が無ければ書けなかったですよ。
石丸:それくらい時間が要した?
山田:時間と手間ですね。
石丸:今、書き終えてどんなお気持ちですか?
山田:“当分時計はいいや”って気持ちですよ。
石丸:そこですか(笑)。
山田:はい(笑)。