石丸:このサロンでは人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしておりますが、今日はどんなお話を聞かせくださいますか。
松重:今日は「食事」についてですね。
石丸:「食事」と言えば、松重さんは、ドラマ『孤独のグルメ』(テレビ東京)!
松重:そうなんですよ。僕の“枕詞”じゃないですけど、とりあえず「『孤独のグルメ』の松重なんだ」って言われるぐらいに、今は認知されてるんで。
石丸:ずっと続いていて、もう今年で?
松重:「Season9」がこのあいだ終わりましたんで、もう約10年ですね。なかなか(こんなに長く)続くとも思ってなかったんですけども。
石丸:テレビをつけると(ドラマの中で)松重さんが黙々と食べてるシーンが流れていたりするんですけど、あれは本当に全部美味しいんですか?
松重:美味しいですね。俳優ですから、そんな馬鹿みたいに飽食してると体型維持ができないから、普段はそんなに食べないんですけど、あの番組は食べることに特化してるので。(撮影の)前日の夜ぐらいから、当日も朝から何も食べてないですし…。
石丸:すごいですね。
松重:だから、めちゃくちゃお腹が空いてるんですよ。撮影も順番に撮っていくんで、「食べ始めますよ」っていうシーンが、だいたい昼の2時とか3時ぐらいになっちゃうんですね。だから、僕はそこまでに(空腹が)極限状態に達してるんですよ。スタッフが昼食休憩の時も、横で「それ、美味いのか。え? とんかつ?」。
石丸:(笑)。
松重:「ソースもうちょっとかけた方がいいんじゃないのか? お前」とかって言いながら、人の食ってるのを見て、こっちの唾液をとにかく分泌させて…(笑)。それでいざ「食べます」ってなったら、もうその食べるシーンはテスト無し本番の順撮りなんで、「ここからここまで食べたらカット」ということで。
だから、一口目を食べ始める時はもう本当に極限にお腹が空いた状態なので、そのカットが終わる時に「カット!」がかかると、「ええ! もっと食わせろよ!」って言いながら、いつもやってるんです。
石丸:僕がこのあいだ観たのは…福岡のうどんを食べてるシーンで、最後、(うどんを)すすりきるじゃないですか。ということは、やっぱり全部お腹に入ったってことですか?
松重:そうです。毎回、“食べきり”までやるんです。そこぐらいちゃんとやっとかないと。ドラマといえども実際の店でやってるし、お店の方も見てらっしゃるし。お店の方と出てくる食べ物がこのドラマの主役なわけで、僕は“ただ食べてる人”なんで、そこに関してはやっぱり嘘があるとやってても楽しくないし、気持ち悪いので。
石丸:よくドラマで、家族団欒のシーンで(ご飯が)出てきたりすると、食べない人がいるじゃないですか。
松重:ああ…。僕は食べますけどね。
石丸:食べる派ですか。
松重:僕は、食べてて美味しくなかったら文句言う派ですね。
石丸:(笑)。
松重:「今日の消えもの(食べ物や飲み物のこと)、全然気持ち入ってないじゃん」って(笑)。俺、食べることって大事だと思うんですよ。お芝居で、たかが消えもの…食べ物なんですけど、よく朝ドラとかで、朝、みんなでちゃぶ台を囲んで会話するっていうシーンとかあるじゃないですか。そこでやっぱり“美味い”とか、そういう気持ちが乗っからないと、会話が進んでいかない。
石丸:確かにね。
松重:セリフが喋りにくい食べ物っていうのはありますよ。“いきなりきんぴらを口に入れてごぼうがシャクシャク言い始めたらセリフがなんだかよく分からないから、ここは大根の煮物にしとこう”とか。
石丸:プランは立てて。でもしっかり食べつつ。
松重:“魚の身をガブっといって、骨があったらセリフが言えなくなるからちょっとやめとこうか”とか。咀嚼音とかでドラマ上あまり支障のないようなものは選びますけども、でも、そこで出される物ってやっぱり絶対に大事なんで。
だから、NHKとかは消えものにすごい力を入れてるんですよね。
石丸:そうなんですか!
松重:消えもの、美味しいんですよ。
石丸:さっきの話に戻りますけど、『孤独のグルメ』で、(松重さんの)うどんのすすり方が粋なんですよね。あれだけ長くうどんを伸ばして…普通だったら(麺が)跳ねるじゃないですか。暴れるじゃないですか。それが、スススッと入っていく。あれは“美”だなと、僕は思いまして。
松重:それはやっぱり、“食べてる”っていうことだけじゃなく、お客さんにお見せする“見せもの”でもあるので、やっぱりその(食べる)姿がきちんと美しいものでありたいと思うんですね。だからそこは結構、神経を使って食べたんじゃないかなと思いますね。
石丸:あれは“美”です。とっても綺麗なものを見させてもらったなと思います。
松重:いいところを見ていただいてありがとうございます。光栄です。
石丸:やっぱり視聴者は(松重さんの食べる姿を観ていると)そこの店に行きたくなりますよね。
松重: “巡礼”っていう風によく言われるんですけど、あの番組で取り上げた店は、なんか皆さんが行きたくなるように仕向けられてるんで。
石丸:(笑)。
松重:僕も、“また行きたい”と思っても(放送後は)行けないんでね。オンエア前に行きたいところは行くようにしているんですよ。女房を連れて行かないといけないんで。
石丸:じゃあ、本当に家族で楽しむために食べに行く?
松重:そうそう。(撮影の時に)お店の人に「俺、今日は食べれなかったけど、こっち食べたいんだよ」って。「じゃ、今度食べに来てよ」「じゃあオンエア前に行くから」みたいな話をして、女房と行って。「(撮影では)ヒレカツしか食べてないから、やっぱロースカツを食べたいな」って言って食べに行く…みたいなことは、オンエア前にね。オンエアされちゃうとちょっと大変なことになるし、また俺が食いに来てると思ったら、お客さんも気持ち悪いだろうし。
石丸:実は“会いたい”と思っている人もいるかもしれないですけどね。
松重:俺がゆっくり食べたいだけなんで(笑)。
石丸:『孤独のグルメ』がスタートしたのは、(年齢が)40代ぐらい?
松重:そうですね。40代後半。今はもう58歳ですから、本当にほぼ還暦近くなんですけど。
石丸:この期間中に、食べる量とか好みというのは変わってきました?
松重:そうですね。本当はもともとそんなに食べる方じゃないんですけど…。主人公が酒を呑めない下戸で、“下戸の男が一人で夜に食べるところってどこだろう?”っていうところが、あの番組の最大の見所だと思うんですけども、僕も50代半ばで酒をやめまして。
石丸:そうですか!
松重:お酒も呑まなくなったんで、非常に(自分が)井之頭(『孤独のグルメ』の主人公)にシンクロしてきてるんですよね。そうすると、逆に甘いものがものすごく好きになったりとか、食欲に対しても食に対しても、お酒を呑んでた頃は酒のつまみとしか考えてなかったものが、ちゃんと食べ物として、それで完結させたいと思うようになってきたので、本当に食べ物に対しての感覚、感じ方がより鋭くなってきたような気はしますね。
あと、あの番組も、僕の年齢を考えて忖度して、最近だんだん台本に書かれてるメニュー数が減ってきてるんですよ。それは僕の体のことを考えてなんですけども。でもね、僕は店の人と話してるうちに“あれが食べたい、これが食べたい”ってなってくるんで、「追加していい?」って言って、ほぼ「Season9」に関しては、全部あの(メニューの)追加は、その時に(自分で)決めてるんですよ。
石丸:そうなんですか。
松重:作家も現場に来てるんで、「今回はやっぱナポリタンが食いたいから、ちょっと追加で頼むわ。それと一緒にさ、シャリアピン・ステーキも食いたいから、食べていい?」とか話をして、それである程度台本上のメニューをやっつけた後に追加注文で頼んで、それにまた作家がモノローグを足して、それで番組を作ってるような。だから、“追加のグルメ”が多いんですよね。
あとね、特に今年は(新型)コロナのことがあって、飲食店が本当に元気を取り戻すのにはやっぱり時間かかるだろうなっていうのは、現実の話としてあったので。緊急事態宣言が発令されてるこの時期にこの番組をやるっていうのはどういうことかと言ったら、マスクした日常の中で、でもやっぱりお腹が空いた人は外食するっていうことも絶対に必要だし、“お酒は呑まなくても生きるために食べるものが必要”とか、“8時で店閉まっちゃうけど、それまでになんとか食べなきゃ”とか、そういう思いも全部この番組の中に乗せちゃおうっていうことがあったし。“そういえばあの店どうしたかな”と思って行ってみて、“あ、やってる! おばちゃん元気で良かった!”っていうのも、番組でリアルにやろうっていうことを今回はテーマにしたんですよね。
石丸:そうなんですね。
松重:だからそういう意味も含めて、この2021年の今回の「Season9」というのは、他の再放送とかと比べると、非常に異質なものになってると思うんですよね。出演者が全員マスクしてるし、店の中でもアクリル板が立ってるし…。
でもまあこういう時期があっても、やっぱり飲食店は頑張ってる。(コロナ禍は)まだ終わりが見えないですけども、終わって自由に食べれるようになって「良かったね」って言えるようになるかもしれないなっていう思いがあったんですね。
石丸:「振り返ってみると、あの時代はこうやって食べていた」っていう証にもなりますよね。
松重:でしょ? だから、「昔、戦時中はさ、芋しか食ってなかったんだよ」っていうことも、僕らはそれをリアルに映像で見ることはできないけども、でも、(ドラマなら)もしかすると、何年か経って(今のことを)「あの頃は大変だったんだよ。店でも仕切りがあってさ、店員と客が話すのだっていちいちマスクつけなきゃいけなかったんだよ」って。「嘘だろ?」って言われても、「ほら、これ見てみろよ」って言うことができるじゃないですか。この時代のスタンダードがどうだったのかっていうことが。
石丸:しっかり(証を)残せましたね。
松重:そうですね。そういう意味で言うと…まあ、どっちかって言うと“負の遺産”ですけどね。ただ、それをプラスのエネルギーに変えるためにも、やっぱりそういう“記録”というものをこういうドラマの形で残すっていう意味はあるんじゃないかって、皆で話してましたね 。