石丸:小堺一機さん、今週もどうぞよろしくお願いします。このサロンでは、人生で大切にしている“もの”や“こと”についてお伺いしております。今日はどんなお話をお聞かせくださいますか。
小堺:今日は「大好きな映画」について。
石丸:小堺さんは映画のことを本当によく知ってらっしゃいますよね。
小堺:好きなだけですよ。
石丸:いやいや。聞くところによると、小さい頃から映画をご覧になっていたと。
小堺:亡くなった母が「4歳ぐらいから連れて行ってた」って言ってました。
石丸:それは映画館に、ですよね?
小堺:そうです。僕、普段は落ち着きがなくて騒ぐのに、映画館へ行くと集中して観ているから、他のお客さんにも迷惑にならないくらい静かだったんですって。
石丸:どの位の頻度で観られていたんですか?
小堺:僕は(千葉県)市川市で生まれたんですけど、あの頃は洋画を上映している映画館が1軒と、邦画系の映画館が1軒。やっぱり3本立てぐらいの。
石丸:当時はそうですよね。
小堺:ニュースの後は割引きになるみたいなね(笑)。両親も映画が好きだったんで、週末になると、どっちかに行ってました。
石丸:すごい! (小堺さん)本人が観たいという映画じゃなくて、親が選んだ映画を?
小堺:そうです。親が観たいのに付いて行くだけです。
石丸:子供の頃に観た映画で、印象的な映画はありますか。
小堺:母に直接聞いたのは、『黒いオルフェ』って映画があるんですけど、あれは社会派と言うか、ちょっと難しい映画じゃないですか。ただのエンターテインメントの映画じゃないから、母が(映画に)飽きて、僕に「帰ろう」って言ったらしいです。
そしたら僕、母のことを“ちゃーちゃん“って言ってたんですけど「ちゃーちゃん、まだ終わっていないよ」って。僕の方がちゃんと観てたっていう(笑)。
石丸:(笑)。
小堺:訳が分かんないけど、何か夢の世界だったんですよね。“(映画の内容を)分かろう”とかじゃなくて、見たことがない世界がずっと目の前にあることが、ただ嬉しかったんだと思います。
石丸:そうなんですね。そうやって小堺さんは映画にほとんど浸るように生活してらしたんですけども、その後、市川市から移られて。
小堺:浅草に引っ越したんです。夢のようでしたね。6区の外れだったので、通学路が全部映画館や劇場ですから。
石丸:そうですか。
小堺:浅草ビューホテルになる前で、国際劇場もまだありましたから、そこでフランク永井さんの実演とか観ましたよ。
石丸:わあ、豪華ですね。
小堺:前川清さんのデビューの「森進一ショー」も、そこで観ました。
石丸:本当ですか!
小堺:クールファイブさんが「長崎は〜♪」って前座でお歌いになって、子供なのに生意気に「この人、売れると思います」って(笑)。
石丸:(笑)。お目が高い。
小堺:それを前川さんにお会いした時に言ったら、「ありがとうございます」って(笑)。
その当時、親父はおにぎり屋さんを任されて店主をやってたんです。それで仕込みの時に居るとうるさいから、「映画行って来い」ってお金をくれるから、学校から帰ると映画館に行って店が始まる前に帰ってきて2階に上がって、それから「降りてきちゃだめだよ」って言われて。
石丸:お店をやっている間ですね。
小堺:観てきた映画のことをずっと考えたりしてましてね。
石丸:すごい。なにか映画に包まれた365日ですね。羨ましいです。
小堺:楽しかったですね。
石丸:浅草と言うと、いろんな芸事もあるじゃないですか。そういうのにも行きました?
小堺:はい、寄席にも行きました。近所に芸人さんの集まる場所があって、そこに行くと、晴乃チック・タックさんのお師匠さんがいたりとか。芸能人の方も多かったですね。あの大宮デン助さんが普通に歩いてたりとか。
石丸:そうですか! 僕の例えはちょっと変かもしれませんけど、“映画村の中に入って行った”みたいな。
小堺:そうです。今で言ったらディズニーランドのそばに住んでるようなものですよ。
石丸:そうですね。
小堺:でもそこで、有名な老舗のストリップ劇場のロック座の看板を、僕が学校帰りにじーっと見てたらしいんですよ。それを見て両親が“引っ越そう”と思ったらしく、それで目白に引っ越すことになりまして。
石丸:(笑)。小堺さん、そうやってたくさんの映画をご覧になってるじゃないですか。子供の頃は『黒いオルフェ』と仰ってましたけども(笑)。
小堺:それは、(内容を)分かってないですよ(笑)。
石丸:今の年齢になってもし「人生の1本」を決めるとしたら?
小堺:よくお聞きいただくんだけど…うーん、色々あります。でも別格でジェームズ・ステュアート(主演)の『素晴らしき哉、人生!』ですね。
自分のことは我慢して、町のために、弟のために、家族のために、自分の会社のためにやってきた人が初めて自分のことをしようと思った時に、町の有力者の策略でお金がなくなっちゃって、ジェームズ・ステュアート(が演じる主人公・ジョージ・ベイリー)は自殺しようとするんですね。
それを神様が天国から見ていて、羽のない天使に「あいつを助けたらお前に羽をやる」と言うと、羽の無い天使は「分かりました!」て言って、(主人公が)鉄橋から飛び降りようとしている所に先に落ちるんです。天使が「助けて!」と言うと、良い人だから助けるんですよ。
雪が降ってる橋の上で「あなたも何でこんな所にいたんですか」って天使が聞くと、「僕なんか(この世に)いなきゃよかった」ってジェームズ・ステュアートが言うんですね。そこで天使が「じゃあ、あなたがいなかった世界を見せてあげます」って言うんですよ。そうすると、明るく朗らかな町だった町が、ちょっと荒んでるんですね。楽しい酒場だった所がガラが悪い人ばっかりになってたり、自分が住んでいた家が空き家でボロボロだったり、奥さんになるはずの人が市役所でオールドミスで働いたり、そして生きてるはずの弟も死んでる。
「子供の頃に弟が池に落ちたでしょう。あなたが助けたんですよ。でも、いなかったから死んだんです」
石丸:そういう話でしたね。
小堺:それを見せられて、「僕はもう1回生きたい」って言うと、スッと現在に戻るんです。家に戻ると、そこに町の人達やってきて「今まであんたに良くしてもらったから」ってへそくりを持ってくるんですよ。
弟も戦地から帰ってきて「この町一番のリッチマンに」って言うんですよ。
そうするとチリリーンとクリスマスツリーのベルが鳴って、娘が「あ、パパ、天使が羽をもらったね」って。ベルが鳴るのは天使が羽をもらった合図なんですって。すると、ジェームズ・ステュアートが上を向いてウインクして終わるんですよ。
石丸:そこまでは覚えてませんでした。しっかり観たような気分になりました。
小堺:すいません。淀川(長治)先生みたいにもうちょっと上手く話せれば良いんだけれども。
石丸:小堺さんはそれを観て、何を感じてどんな影響を受けました?
小堺:誰でも1回は“俺は何なんだろうな”とか思うじゃないですか。特に芸能界に入ると、最初の頃とか“俺って、いてもいなくても同じなんじゃないかな”とか思ったりね。失敗もするし。でも、ポロっと言ったことでその人が元気になってくれたりとか。
舞台「小堺クンのおすましでSHOW」をやっていた時にお手紙をいただいて。
石丸:そうなんですね。
小堺:“僕らは喧嘩をして、最後のデートで「小堺クンのおすましでSHOW」を観ることにしたんです。でも観てたら楽しくて仲直りしちゃったんです。そして今度結婚します”っていう手紙をもらったんです。
こんなこと言ったら怒られるんだけど、(公演を)やってる最中に“仲良くなってね”とか思ってやってることは特にないわけですよ。必死だったり、タップの振り付けでいっぱいいっぱいだったりとかするわけですよ。でも、僕はその時に“あ、こんな風に何かお役に立てたんだ”と。
石丸:ちょっと通じますね。
小堺:(映画の中の)ジェームズ・ステュアートもそうだけど、普通にあったことがとても良いことだったり、だから“人間ってきっとどっかで誰かに良いことをしてるんだな”って思っているんですよ。
石丸:そういうお便りをもらうことで、生き方についてとか、気付かされますね。
小堺:そうです。僕なんかでもそんな風に「喧嘩してたのを仲直り」のお役に立てたんだなって思って、はい。
石丸:私達の仕事って、そうやって思ってもないような、人を結びつけることを沢山しているのかもしれませんね。
小堺:そうですね。うちの萩本(欽一)が、また良いことを言うんですよ「笑いとか娯楽は無くても良い。でも絶対あった方が良い」って。
石丸:深いですね。
小堺:はい。エンタテイメントや笑いが無くても死なないけど、絶対あった方が良いって仰ってました。
石丸:今のこの(コロナ禍の)窮地に、とても通じますね。
小堺:そうですね。
石丸:話は変わりますが、小堺さんは「GS9 Club」(ジーエス ナイン クラブ)」のWEB会員サイトで「大事なことはいつも映画が教えてくれた」という連載をお持ちですよね。
小堺:させていただいてます。
石丸:この「GS9 Club」とは、日本全国のグランドセイコーブティック、グランドセイコーサロン、グランドセイコーマスターショップでグランドセイコーをご購入いただいたお客様のみが入会できる会員制クラブのことで、この番組もグランドセイコーですものね。
今年7月から始まった小堺さんの連載では、毎回、あるテーマについて映画を引用、また紹介しながら語っていらっしゃいます。
例えば、「大人のエレガンスを教わった名場面」というテーマの時には、どんな映画をピックアップされたのですか?
小堺:『華麗なるギャッツビー』の着こなしとかね。エレガントっていうのは、どっかで我慢だろうっていうことで。今はアメリカもカジュアルになって、夏は短パン、ポロシャツだけど、『華麗なるギャッツビー』の世界だと、夏でも夏の素材のスーツを着て、それで汗が襟にちょっと滲んでたりするんですよ。
石丸:そうでしたっけね。
小堺:プラザホテルでも、まだエアコンがないから、氷柱が立ってたりして。でも「(暑くても)上着を脱がずに話をしているのが良い」とかね。
石丸:『華麗なるギャツビー』は私も好きな映画なんですけど、そういう所に目が行ってなかったです。ダメですね。
小堺:僕が変みたいです。僕が喋ってることをちゃんと書き残してくれる方も、「小堺さん面白い所を見ますよね」って言われました。
石丸:沢山映画を観ていらっしゃるからこそ、視点が深くなってると思うんです。
小堺:あと、ショーン・コネリーがジェームズボンドになる時に、ショーン・コネリーはスコットランドの人で、本当はオシャレに無頓着な方だったから、最初(作者の)イアン・フレミングに「ちょっとワイルド過ぎるから、もっとエレガントな人が良い」って反対されたんですね。
だからプロデューサーとかが(ショーン・コネリーに)スーツを着せて「スーツ着て寝てろ」とか、スーツの着こなしで上着を着てちょっと袖を出すとかそういうのをやってて。それが今の新しいボンドのダニエル・クレイグさんも何かのシーンで列車に乗り込んでから(袖を)直すんですよ。そういうのを観て“あ、継承してる!”とか思って。
石丸:本当ですね。それは、男のオシャレですよね。
小堺:そうです。ちょっと我慢している感じ。
石丸:ぜひ会員になって、皆さんに目にしていただきたいと思います。
小堺:ぜひ読んでいただきたいです。