石丸:このサロンでは、人生で大切にしている“もの”、“こと”についてお伺いしていますが、今週はどんなお話を聞かせていただけますか?
笠原:今日は「親父の残してくれたレシピノートと包丁」についてです。
石丸:お父様は焼き鳥屋をやってらっしゃったと伺いましたが、レシピノートにはどんなことが書かれていたのですか?
笠原:父親が病気で亡くなった後に父親の荷物とか本棚を整理していたときにたまたま見つけたんですけれども、親父が若い頃、板前で修行をしていた時代に勉強したことを書いたノートが出てきたんです。古いバインダーでした。
石丸:お父様も料亭で修行をされていたんですか?
笠原:はい。うちの父親はいろんなお店で修行していて、鳥料理のお店で働いたり、お寿司屋さんや割烹料理屋さんでも働いていたそうです。
そのとき、お店で習った事とかが書いてありました。親父が若かりし頃のノートですから紙もかなり古いです。
石丸:それは貴重ですね!
お父様がご存命のときに「このノートはいずれお前に渡すから」というような話はあったですか?
笠原:いえ、全然知りませんでした。
“父親の昔のレシピが載っている。これは勉強になるなぁ”と思ってパラパラと見ていたら、バインダーだったので紙も古いんですけど、後半にどう見ても新しい部分があったんですよ。
そこには、僕が継ぐことになった実家の店のいろんな焼き鳥のタレの配合とか、お店で出している看板メニューのレシピがきちんと書いてあったんです。
どう見ても新しいんですよ。これは、僕がお店を継ぐときの為に親父が書いてくれたんだなと思いまして。嬉しくて涙が出ましたね。
石丸:それは嬉しいですね。書かれているものとは別に、お父様から直接教えてもらうようなこともあったんですか?
笠原:一緒に働いた時間はないんですよ。小さい頃にお店のお手伝いとかはしていましたけれど、僕が料理人なって、親父が「今日はこの料理を教えてやろう」みたいなことはないですね。
小さい頃から横で見ていたので、焼き鳥の串の打ち方とかはなんとなく分かっていましたけど、一緒にカウンターで並んで仕事することもなく亡くなってしまったので、レシピノートで一個一個確認しながら作っていきました。
ただ、小さい頃からお店の料理を食べていたので舌は覚えていましたね。
石丸:そして、もう一つは包丁。これもお父様が残されたものなんですか?
笠原:はい。日本料理屋は夏になると鱧(ハモ)というお魚を使うんですけれども、鱧という魚は骨切りという作業をしなければいけないんです。
なので、骨切り包丁という太くて重い包丁が必要になるんです。
石丸:どのくらいの大きさなんですか?
笠原:長さにすると30センチ以上あります。幅も広くて重い包丁なんですけれども、それを親父がまだ生きてる頃、「いつか使うだろうからやろうか」と言ってある日急にくれたんです。
僕が板前の修業を始めて3年目か4年目ぐらいのときですね。
石丸:家には道具がいっぱいあったわけですものね。
笠原:親父の包丁は他にもたくさんあるんですけども、鱧の骨切り包丁というのは買うと高いので、親父からもらったものを毎年使っています。
ずっと使っているから手に馴染んできて本当に使いやすいっていうのもありますし、鱧切り包丁って鱧のシーズンでしか使わないので、6月ぐらいになると“今年もちょっと親父に手伝ってもらうか”という気分になります。