石丸:このサロンでは、人生で大切にしている“もの”、“こと”についてお伺いしていますが、今週はどんなお話を聞かせていただけますか?
宮川:今日は、言葉についてです。
石丸:大事な言葉がある?
宮川:そうですね、僕らは言葉を商売にしているじゃないですか? 普段から人一倍気を付けてはいるんだけど、特に、人から言われた言葉が支えになったりとか、励みになったりとかしますよね。
石丸:例えばどんな言葉ですか?
宮川:僕の役者人生を支えている一番大きなもの。それは、デビュー作でご一緒させていただいた松田優作さんからの言葉です。
石丸:映画「家族ゲーム」ですよね?
宮川:そう! もう、36年だよ(笑)。
石丸:36年前、どういうシチュエーションでかけてもらった言葉ですか?
宮川:当時、映画は、フィルムで撮っていたから、何日かに一度“どういうふうに撮れてるか”というのを、みんなで見るラッシュというのをやってたのね。
初めてのラッシュの時に、自分の芝居を見て僕は愕然としたんですよ。
石丸:主役だったんだよね?
宮川:そう、オーディションで3200人の中から選ばれて、初めての仕事だったし、多少の緊張もあったんだろうとは思うんだけど、自分の中ではある程度できるっていう自信があったんです。
それが、初めてラッシュを見たときの絶望感たるや! “なんてヘタクソなんだろう!”って思って。
その後、すごい落ち込んでいたら、優作さんが「どうしたんだお前?」って声をかけてくれた。
石丸:あの低音で(笑)。
宮川:「自分の芝居が下手で、ものすごい落ち込んでるんです」って言ったら、優作さんが「天狗になるよりいいじゃねえか」って言ってくれたんですよ。
石丸:それは励みになる言葉だね。
宮川:「いい芝居だよ」というような、うわべの慰めじゃなくて「天狗になるよりいいじゃねえか」って言ってくれた。“そうか、僕はなんて自惚れていたんだろう”って思った。
ちょっと自信過剰になってたのかな? それを、ちゃんと地に足つけていくものなんだと教えてくれて。それから36年、一度たりとも自分の芝居に満足したことがない。
石丸:うんうん。
宮川:常に、“次! 次!”と思って。「良かったよ」って言われた芝居でも“どこか課題があるはずだ!”っていう目で自分を見て。
石丸:確かにそうだよね、天狗になったら先がなくなってしまう。
宮川:満足してしまったら、そこで成長が止まってしまうと思うから。
石丸:優作さんが、一朗太くんの姿に気づき、しかも、しっかり効く言葉をかけてくださったというのが、すごいことだと思う。
宮川:実は、優作さんとは、あんまり会話をした記憶がなくて。
“いろいろ語るよりも、俺の芝居を見ろ”っていうタイプだったから。
石丸:昭和の偉大な俳優ですね。
宮川:佇まいからして怖いんだけど、すごい怖いことがあった。俺、16歳だったから、学校行きながらの撮影だったんですよ。
ある日眠くて、撮影所の片隅でちょっとウトウトっとしちゃったんだよ。そしたらね、ものすごい殺気を覚えて。自分の顔の5センチぐらい前に優作さんの顔があった(笑)。
石丸:恐ろしい(笑)。
宮川:「寝に来てるのか、お前は?」って。怖いでしょ!?
ほかにも、撮影の合間に、現場から少し離れたところの椅子に座ってると、優作さんがやって来て、その日に撮るはずじゃないシーンのセリフを突然言い出したの。
石丸:それはどうして?
宮川:たぶん、俺のこと、試したんじゃないかな。俺は初めての作品だったから、全部セリフを憶えてた!それで、お互いの台詞を掛け合いながら最後までいったのよ。そしたら優作さん、「よく憶えてたな」って。
石丸:気にかけてくれてたんだね。
宮川:そんな優作さんだった。だから、本当に短い言葉なんだけど「天狗になるよりいいじゃねえか」が、ずっと心に残っていますね。