2023.9.8
◆子どもの頃から夢は“アイドル一択”だった?
丸山:中学時代は吹奏楽部に所属していたということで、音楽に興味があったというか、当時からそっちの道に行くんだという思いはありましたか?
樋口:物心がついた頃から芸能界以外の夢を抱いたことがなかったですね。幼稚園のときも周りの子は「ケーキ屋さんになりたい」と言っているなか、私は「アイドルになりたい」って言っていたんです。
丸山:アイドルは人に支持されないといけないから、そういうふうに思えるのって自分に自信があって、自分を磨いていかないといけないじゃないですか。子どもの頃から“アイドルになりたい”と思っていたということは、毎日鏡を見て“私、いけんじゃね?”って思っていたってこと?
樋口:ハハハハハ! 思っていたんですかね(笑)? お姉ちゃんが2人いるので、小さいときからモーニング娘。さんの映像や番組をずっと観ていたので、芸能界以外に選択肢がなかったです。
丸山:お姉さま2人は?
樋口:お姉ちゃんもみんな芸能界に憧れていました。
丸山:すごいな。そして、2011年の乃木坂46の1期生オーディションに一発合格と。この乃木坂46のオーディション以外は受けていない?
樋口:受けていないです。
丸山:かっちょいい~! プロテスト一発合格みたいなものですね。
樋口:なるほど(笑)。
丸山:2011年というと、そのとき何歳だったの?
樋口:13歳です。
丸山:13歳!? 早いな、夢叶えるの!
樋口:当時はアイドルよりも歌手になりたいという思いが強かったので、大人数のアイドルグループに自分が入るというイメージがなくて。「オーディションがあるから受けてみれば?」と言われて、何となく受けてみたんです。
丸山:何となくで受けて、受かっちゃうのはすごいよ。個人で歌手になろうという思いが強かったのに、大所帯のアイドルになるって、気持ちは揺るがなかったですか? “ここじゃない”みたいな。
樋口:特になかったです。そのオーディションで思ったのが、“人間って面白いな”って。自分のなかで明確に“成し遂げたい”と思っていたことではなかったけど、だんだんと人数が絞られていって第1次、第2次……とオーディションが進んでいくにつれて“負けたくない!”という気持ちが。
丸山:どこかにそういったファイティングスピリッツがあったんだね。
樋口:そうですね、負けず嫌いで。始めは何となく(という気持ち)だったのに、どんどん(審査段階が)上がっていくにつれて“(このチャンスを)逃しちゃいけない”という気持ちが湧き出てきましたね。
◆樋口日奈、乃木坂46卒業を決めた瞬間とは?
丸山:2014年リリースの8枚目のシングル「気づいたら片想い」で初の選抜メンバー入りということは、それまで選抜に選ばれなかったの?
樋口:選ばれなかったです。(デビュー以降、選抜メンバーに)定着しているメンバーがいて、自分は変動のあるメンバーだったので、ずっと安定していなかったです。
丸山:その後、15枚目のシングル「裸足でSummer」のカップリング(初回仕様限定盤Dに収録の)「シークレットグラフィティー」で初のセンターと、センターになったときってどうなんですか?
樋口:それが、選抜メンバーのセンターではなく、アンダーメンバーでのセンターでしたけど、私は“やっとなれた”という感じで。
丸山:アイドルをやりながら学校にも行かないといけないし、大変でしたね。2018年5月からは「JJ」(光文社)の専属モデルになられて。モデルさんは(目指す)ジャンルに入っていなかったけど、どうでした?
樋口:楽しかったです。活動していくにつれて、自分のなかでだんだんと夢が明確になっていったというか。アイドルだけじゃなくて、演技もモデルさんもバラエティもラジオも全部できるようなマルチな人になりたいと思っていたので。それがひとつ叶ってうれしかったです。
丸山:そして、2022年10月31日には卒業セレモニーを開催と。卒業しちゃったんですか?
樋口:卒業しました。
丸山:それはどういう思いだったの?
樋口:11年間、乃木坂46のメンバーとしてやってきて、やっと“楽しい!”と思えたので辞めたんです。
丸山:やっと楽しくなってきたのに!?
樋口:やっと楽しくなってきたので、“今が辞めどきだ”と思って辞めたんです。すごくつらい時期が多かったんですけど、つらい時期に辞めてしまうと、今まで頑張ってきた自分の努力がつらい思い出になっちゃうという思いが自分のなかにあったので。
丸山:なるほど。
樋口:“今が一番楽しい!”と思えたときに辞めたら、(つらかったことも含めて)全部の経験が“すごく美しい思い出だったな”と思えるだろうなって。
丸山:普通、人間ってそこから欲が出てくるものなのに。卒業しちゃって、樋口さんというパーソナル(個人)になるのって結構な勝負じゃないですか。1人になって需要があるのかなって思っちゃうじゃないですか。
樋口:怖かったです。
丸山:それでもいばらの道に突き進む理由は?
樋口:1人でやってみたいという思いのほうが強くて。
丸山:小さい頃に思っていたことが、“ここだ!”と。
樋口:乃木坂46を辞めて今25歳になって、ここからまた第二の人生を歩むとなったら、まだまだ頑張れるぞという。いろいろなことをやりたいのもありますし、卒業を決めるきっかけのひとつでもあったんですけど、「教場Ⅱ」(フジテレビ系)という木村拓哉さん主演のドラマに出させていただいたときに、初めて1人の人として褒められたというか、監督さんからうれしい言葉をかけられたときに“あっ、次は1人で頑張っていきたいな”という思いがすごく強くなって。
丸山:13歳からアイドルというと、その後も若い子がいっぱい出てくるし、25歳ぐらいになるとアイドルというよりも自分でひとつ殻を割って出ていくことも大事なのかもしれないね。
次回9月9日(土)のゲストも、樋口日奈さんです。
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9月2日放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
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<番組概要>
番組名:ACN presents 丸山茂樹 MOVING SATURDAY
放送日時:毎週土曜 7:00~7:25
パーソナリティ:丸山茂樹
樋口日奈、乃木坂46卒業を決めた理由は「やっと“楽しい!”と思えたので」
プロゴルファーの丸山茂樹がパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「ACN presents 丸山茂樹 MOVING SATURDAY」(毎週土曜 7:00~7:25)。9月2日(土)の放送は、女優でタレントの樋口日奈(ひぐち・ひな)さんをゲストに迎え、お届けしました。
◆子どもの頃から夢は“アイドル一択”だった?
丸山:中学時代は吹奏楽部に所属していたということで、音楽に興味があったというか、当時からそっちの道に行くんだという思いはありましたか?
樋口:物心がついた頃から芸能界以外の夢を抱いたことがなかったですね。幼稚園のときも周りの子は「ケーキ屋さんになりたい」と言っているなか、私は「アイドルになりたい」って言っていたんです。
丸山:アイドルは人に支持されないといけないから、そういうふうに思えるのって自分に自信があって、自分を磨いていかないといけないじゃないですか。子どもの頃から“アイドルになりたい”と思っていたということは、毎日鏡を見て“私、いけんじゃね?”って思っていたってこと?
樋口:ハハハハハ! 思っていたんですかね(笑)? お姉ちゃんが2人いるので、小さいときからモーニング娘。さんの映像や番組をずっと観ていたので、芸能界以外に選択肢がなかったです。
丸山:お姉さま2人は?
樋口:お姉ちゃんもみんな芸能界に憧れていました。
丸山:すごいな。そして、2011年の乃木坂46の1期生オーディションに一発合格と。この乃木坂46のオーディション以外は受けていない?
樋口:受けていないです。
丸山:かっちょいい~! プロテスト一発合格みたいなものですね。
樋口:なるほど(笑)。
丸山:2011年というと、そのとき何歳だったの?
樋口:13歳です。
丸山:13歳!? 早いな、夢叶えるの!
樋口:当時はアイドルよりも歌手になりたいという思いが強かったので、大人数のアイドルグループに自分が入るというイメージがなくて。「オーディションがあるから受けてみれば?」と言われて、何となく受けてみたんです。
丸山:何となくで受けて、受かっちゃうのはすごいよ。個人で歌手になろうという思いが強かったのに、大所帯のアイドルになるって、気持ちは揺るがなかったですか? “ここじゃない”みたいな。
樋口:特になかったです。そのオーディションで思ったのが、“人間って面白いな”って。自分のなかで明確に“成し遂げたい”と思っていたことではなかったけど、だんだんと人数が絞られていって第1次、第2次……とオーディションが進んでいくにつれて“負けたくない!”という気持ちが。
丸山:どこかにそういったファイティングスピリッツがあったんだね。
樋口:そうですね、負けず嫌いで。始めは何となく(という気持ち)だったのに、どんどん(審査段階が)上がっていくにつれて“(このチャンスを)逃しちゃいけない”という気持ちが湧き出てきましたね。
◆樋口日奈、乃木坂46卒業を決めた瞬間とは?
丸山:2014年リリースの8枚目のシングル「気づいたら片想い」で初の選抜メンバー入りということは、それまで選抜に選ばれなかったの?
樋口:選ばれなかったです。(デビュー以降、選抜メンバーに)定着しているメンバーがいて、自分は変動のあるメンバーだったので、ずっと安定していなかったです。
丸山:その後、15枚目のシングル「裸足でSummer」のカップリング(初回仕様限定盤Dに収録の)「シークレットグラフィティー」で初のセンターと、センターになったときってどうなんですか?
樋口:それが、選抜メンバーのセンターではなく、アンダーメンバーでのセンターでしたけど、私は“やっとなれた”という感じで。
丸山:アイドルをやりながら学校にも行かないといけないし、大変でしたね。2018年5月からは「JJ」(光文社)の専属モデルになられて。モデルさんは(目指す)ジャンルに入っていなかったけど、どうでした?
樋口:楽しかったです。活動していくにつれて、自分のなかでだんだんと夢が明確になっていったというか。アイドルだけじゃなくて、演技もモデルさんもバラエティもラジオも全部できるようなマルチな人になりたいと思っていたので。それがひとつ叶ってうれしかったです。
丸山:そして、2022年10月31日には卒業セレモニーを開催と。卒業しちゃったんですか?
樋口:卒業しました。
丸山:それはどういう思いだったの?
樋口:11年間、乃木坂46のメンバーとしてやってきて、やっと“楽しい!”と思えたので辞めたんです。
丸山:やっと楽しくなってきたのに!?
樋口:やっと楽しくなってきたので、“今が辞めどきだ”と思って辞めたんです。すごくつらい時期が多かったんですけど、つらい時期に辞めてしまうと、今まで頑張ってきた自分の努力がつらい思い出になっちゃうという思いが自分のなかにあったので。
丸山:なるほど。
樋口:“今が一番楽しい!”と思えたときに辞めたら、(つらかったことも含めて)全部の経験が“すごく美しい思い出だったな”と思えるだろうなって。
丸山:普通、人間ってそこから欲が出てくるものなのに。卒業しちゃって、樋口さんというパーソナル(個人)になるのって結構な勝負じゃないですか。1人になって需要があるのかなって思っちゃうじゃないですか。
樋口:怖かったです。
丸山:それでもいばらの道に突き進む理由は?
樋口:1人でやってみたいという思いのほうが強くて。
丸山:小さい頃に思っていたことが、“ここだ!”と。
樋口:乃木坂46を辞めて今25歳になって、ここからまた第二の人生を歩むとなったら、まだまだ頑張れるぞという。いろいろなことをやりたいのもありますし、卒業を決めるきっかけのひとつでもあったんですけど、「教場Ⅱ」(フジテレビ系)という木村拓哉さん主演のドラマに出させていただいたときに、初めて1人の人として褒められたというか、監督さんからうれしい言葉をかけられたときに“あっ、次は1人で頑張っていきたいな”という思いがすごく強くなって。
丸山:13歳からアイドルというと、その後も若い子がいっぱい出てくるし、25歳ぐらいになるとアイドルというよりも自分でひとつ殻を割って出ていくことも大事なのかもしれないね。
次回9月9日(土)のゲストも、樋口日奈さんです。
「AuDee(オーディー)」では、時間の都合上カットしたトーク部分も盛り込んだ「ディレクターズカット版」がアップされています。音声は「AuDee(オーディー)」アプリで聴くことができますので、ぜひそちらもチェックしてください。
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9月2日放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 2023年9月10日(日) AM 4:59 まで
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。
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<番組概要>
番組名:ACN presents 丸山茂樹 MOVING SATURDAY
放送日時:毎週土曜 7:00~7:25
パーソナリティ:丸山茂樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/moving/