JOC企画 スポーツラジオ番組 MY OLYMPIC STORY

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オリンピックには言葉にして伝えたい物語がある・・・
あのとき、あの瞬間、アスリートたちが感じた運命の一瞬を池松壮亮の朗読でご紹介していきます。Personality 池松壮亮

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OnAir Report - オンエアレポート

谷田絹子の、運命の一瞬

2019.09.14

【2019/9/14 O.A】
マイ オリンピック ストーリー。
アスリートたちが感じた運命の一瞬。

今週は、『東洋の魔女』と世界に恐れられたバレーボール女子の
谷田絹子の運命の一瞬をお届けしました。


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1964年10月23日、東京オリンピック。
     
バレーボール女子、決勝戦。
     
駒沢屋内球技場で行われた日本対ソ連の試合は、テレビ各局で
     
放送され、NHKの視聴率は、66.8%!
     
この記録は、50年以上経った今でも、破られていない。
     
オリンピックが始まる前から、バレーボールの女子チームは、
     
金メダルを多大に期待されていた。
     
それもそのはず、選抜メンバーを排した日紡貝塚は、1961年のヨーロッパ遠征で、実に22連勝を飾った。
     
破った相手には、当時、無敵だったソ連も入っていた。
     
世界各国のマスコミは、「太平洋の台風」と評した。
     
中でも、ソ連のあるアナウンサーは、やや、敵意も込めて、

彼女たちを、こう称した。
     
『東洋の魔女』。
     
メンバーの中心選手のひとりが、谷田絹子。
     
彼女は、エーススパイカーとして、チームを牽引した。
     
「私たちは、負けるわけがない。だって、誰よりも、キツイ練習を    
耐えてきたんだから」

     
2ゲームを連取したとき、テレビの最高視聴率が、80%を、越えた。


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