森千夏の、運命の一瞬
2019.09.28
【2019/9/28 O.A】
マイ オリンピック ストーリー。
アスリートたちが感じた運命の一瞬。
今週は、陸上砲丸投げで、日本人として40年ぶりの
オリンピック出場を果たした、
森千夏の一瞬に迫りました。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
2004年8月18日、現地時間8時30分。
アテネオリンピック、陸上、女子砲丸投げ。
日本代表の森千夏は、
もっとも世界との壁が厚いといわれた競技で、日本人として
40年ぶりに、オリンピックの舞台に立った。
その数ヶ月前から、体調に異変を感じていた。
不調とも違う、微熱と下腹部の痛み。
違和感と不安に苛まれるなか、長年の夢であった、
『砲丸投げでのオリンピック出場』を成し遂げた森千夏は、
今持っている、すべての力を出そうと、サークルに入った。
オリンピック発祥の地である、ギリシャ。その空に向かって、
これまでの練習を、支えてくれた人たちの想いを、
そして、未来の自分への期待を、一球に込めて、投げた。
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森千夏
1980年5月20日、千葉県生まれ。
中学から、砲丸投げを始める。1998年、インターハイで優勝、
その後、日本記録を7回更新。2004年、18メートル22センチの日本記録を出し、
日本人として40年ぶりに、オリンピック、砲丸投げの代表に内定するが、その頃から、体調に異変を感じる。
アテネオリンピック出場後に、その症状は悪化。
2006年、虫垂がんのため、この世を去る。
森千夏の日本記録は、15年経った今でも、破られていない。
最後まで競技と真摯に向き合い続けた彼女の、
偉大なる精神に触れられた一瞬でした。
合掌。
マイ オリンピック ストーリー。
アスリートたちが感じた運命の一瞬。
今週は、陸上砲丸投げで、日本人として40年ぶりの
オリンピック出場を果たした、
森千夏の一瞬に迫りました。
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2004年8月18日、現地時間8時30分。
アテネオリンピック、陸上、女子砲丸投げ。
日本代表の森千夏は、
もっとも世界との壁が厚いといわれた競技で、日本人として
40年ぶりに、オリンピックの舞台に立った。
その数ヶ月前から、体調に異変を感じていた。
不調とも違う、微熱と下腹部の痛み。
違和感と不安に苛まれるなか、長年の夢であった、
『砲丸投げでのオリンピック出場』を成し遂げた森千夏は、
今持っている、すべての力を出そうと、サークルに入った。
オリンピック発祥の地である、ギリシャ。その空に向かって、
これまでの練習を、支えてくれた人たちの想いを、
そして、未来の自分への期待を、一球に込めて、投げた。
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森千夏
1980年5月20日、千葉県生まれ。
中学から、砲丸投げを始める。1998年、インターハイで優勝、
その後、日本記録を7回更新。2004年、18メートル22センチの日本記録を出し、
日本人として40年ぶりに、オリンピック、砲丸投げの代表に内定するが、その頃から、体調に異変を感じる。
アテネオリンピック出場後に、その症状は悪化。
2006年、虫垂がんのため、この世を去る。
森千夏の日本記録は、15年経った今でも、破られていない。
最後まで競技と真摯に向き合い続けた彼女の、
偉大なる精神に触れられた一瞬でした。
合掌。





