小林孝至の、運命の一瞬
2019.11.09
【2019/11/9 O.A】
マイ オリンピック ストーリー。
アスリートたちが感じた運命の一瞬。
今週は、ソウルオリンピックの金メダルリスト、
レスリングの、小林孝至の運命の一瞬をお届けしました。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
1988年ソウルオリンピック。
レスリングフリースタイル48キロ級で、金メダルを獲得した、小林孝至。
もしかしたら、二度金メダルをもらった男として記憶されているひとも多いのかもしれない。
小林は、オリンピック閉幕から3週間後。
大事な金メダルを公衆電話に置き忘れてしまった。
幸い、メダルは無事、手元に戻り、朴訥で飾らない人柄も相まって彼は一躍、有名人になった。
ともすればレスリングより、どこかユーモラスな話題で取り上げられてしまった小林だが、
そのレスリングスタイルは、斬新で魅力的。
150センチほどの小柄な体格を、むしろプラスに転換した技の応酬は、唯一無二だった。
彼を支えたのは、悔しさ、負けん気、ありていに言えば、根性。
特に、ロサンゼルスオリンピックの選考会になった、全日本選手権は、彼にとって、
大きなエポックになった。
勝ったはずの試合、オリンピックへの切符をつかんだはずなのに、
まさかの落選。
悔しさの決着のつけ方が、人生を、変える。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
もともと高校時代はバスケットボールを必死にやっていた小林選手。
小柄な体格ながら、素早い身のこなし。
レスリング部の監督がその生まれ持った才能にいち早く気づき、レスリングの道に誘った。
「キミは、きっとレスリングの優秀な選手になれる。金メダルも夢ではない」
人生とは人との出会い、そして良き指導者との出会いで変わるものなのだと、
改めて気づかされた回でもありました。
マイ オリンピック ストーリー。
アスリートたちが感じた運命の一瞬。
今週は、ソウルオリンピックの金メダルリスト、
レスリングの、小林孝至の運命の一瞬をお届けしました。
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1988年ソウルオリンピック。
レスリングフリースタイル48キロ級で、金メダルを獲得した、小林孝至。
もしかしたら、二度金メダルをもらった男として記憶されているひとも多いのかもしれない。
小林は、オリンピック閉幕から3週間後。
大事な金メダルを公衆電話に置き忘れてしまった。
幸い、メダルは無事、手元に戻り、朴訥で飾らない人柄も相まって彼は一躍、有名人になった。
ともすればレスリングより、どこかユーモラスな話題で取り上げられてしまった小林だが、
そのレスリングスタイルは、斬新で魅力的。
150センチほどの小柄な体格を、むしろプラスに転換した技の応酬は、唯一無二だった。
彼を支えたのは、悔しさ、負けん気、ありていに言えば、根性。
特に、ロサンゼルスオリンピックの選考会になった、全日本選手権は、彼にとって、
大きなエポックになった。
勝ったはずの試合、オリンピックへの切符をつかんだはずなのに、
まさかの落選。
悔しさの決着のつけ方が、人生を、変える。
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もともと高校時代はバスケットボールを必死にやっていた小林選手。
小柄な体格ながら、素早い身のこなし。
レスリング部の監督がその生まれ持った才能にいち早く気づき、レスリングの道に誘った。
「キミは、きっとレスリングの優秀な選手になれる。金メダルも夢ではない」
人生とは人との出会い、そして良き指導者との出会いで変わるものなのだと、
改めて気づかされた回でもありました。





