服部勇馬の、運命の一瞬
2020.04.18
【2020/4/18 O.A】
マイ オリンピック ストーリー。
アスリートたちが感じた運命の一瞬。
今週も、池松壮亮さんに代わって平方元基さんが
朗読担当しました。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
2018年12月2日。
東京オリンピックのマラソン代表選考に、多大な意味を持つ
レースが行われた。
第72回福岡国際マラソン選手権大会。
十年以上、日本人選手が優勝していないこの大会、ある男が、
静かな闘志を胸に、スタート地点にいた。
服部勇馬。
まだ4回目のマラソンながら、その評価は高かった。
東洋大学時代、箱根駅伝の「花の2区」で連続区間賞をマークし、
優勝に貢献した。
ただ、彼の胸に去来するのは、二度にわたる、
東京マラソンでの、苦い体験。
大学3年のときは、故障で参加できず、4年のときは35キロで
トップに躍り出るも、失速。
30キロまではイメージ通り走れても、35キロすぎに、
自信が持てなかった。
でも、今回は、違う。大丈夫。
やるだけの練習はやってきた!
あとは自分を信じるしか、ない。
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今夜は、服部勇馬のファミリーストーリーともいえる
家族の絆とともに掴んだマラソン代表への道をご紹介しました。
「兄ちゃんは、思う存分、走りなよ」
平方元基さんの力強くもさわやかな朗読が、
服部選手のイメージを湧きたたせ後押ししてくれましたね。
平方さん3週間ありがとうございました!
そして、来週は、池松壮亮さんが帰ってきます!
来週もぜひお聴きください。
服部勇馬
1993年11月13日、新潟県十日町市生まれ。
中学3年のとき、全日本中学陸上、1500メートル決勝で7位。
仙台育英高校3年時には、青森インターハイ、5000メートルで
5位。東洋大学に進学、駅伝の中心メンバーになり頭角を現す。
弟、服部弾馬も陸上選手で
1500メートルと5000メートルの東洋大学記録保持者。
マイ オリンピック ストーリー。
アスリートたちが感じた運命の一瞬。
今週も、池松壮亮さんに代わって平方元基さんが
朗読担当しました。
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2018年12月2日。
東京オリンピックのマラソン代表選考に、多大な意味を持つ
レースが行われた。
第72回福岡国際マラソン選手権大会。
十年以上、日本人選手が優勝していないこの大会、ある男が、
静かな闘志を胸に、スタート地点にいた。
服部勇馬。
まだ4回目のマラソンながら、その評価は高かった。
東洋大学時代、箱根駅伝の「花の2区」で連続区間賞をマークし、
優勝に貢献した。
ただ、彼の胸に去来するのは、二度にわたる、
東京マラソンでの、苦い体験。
大学3年のときは、故障で参加できず、4年のときは35キロで
トップに躍り出るも、失速。
30キロまではイメージ通り走れても、35キロすぎに、
自信が持てなかった。
でも、今回は、違う。大丈夫。
やるだけの練習はやってきた!
あとは自分を信じるしか、ない。
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今夜は、服部勇馬のファミリーストーリーともいえる
家族の絆とともに掴んだマラソン代表への道をご紹介しました。
「兄ちゃんは、思う存分、走りなよ」
平方元基さんの力強くもさわやかな朗読が、
服部選手のイメージを湧きたたせ後押ししてくれましたね。
平方さん3週間ありがとうございました!
そして、来週は、池松壮亮さんが帰ってきます!
来週もぜひお聴きください。
服部勇馬
1993年11月13日、新潟県十日町市生まれ。
中学3年のとき、全日本中学陸上、1500メートル決勝で7位。
仙台育英高校3年時には、青森インターハイ、5000メートルで
5位。東洋大学に進学、駅伝の中心メンバーになり頭角を現す。
弟、服部弾馬も陸上選手で
1500メートルと5000メートルの東洋大学記録保持者。





