ロンリーべムイヌワラビ

第1話

地球は広い。世界はとてつもなく広い。
それに比べて君は小さいです。
とてつもなく小さいです。

だから君が知らないことなんて、
なんだってあります。

もちろん君が知らない世界だって。
人間同士がお喋りをして、当たり前に人間のように暮らす世界だってありました。

そう、確かにそこにはありました。

緑が生える芝薄橙色の木々達。
花が色彩豊かに笑い、
時折、やわらかな風が葉を揺らす。
空は青、雲一つない晴天。
ただ太陽だけが光るそれはそれは赤く。

そう、『人間の世界』。

ただただ緑が広がる人間のための世界。

もちろん悪い奴なんかいなくて、
ビルだってタワーだってなくて、
綺麗な自然の中で、人間がのびのび暮らせる世界。

君が知らない人間の世界。

そこに住む少年が1人。
名前はベム。年は15。

彼は町外れの小さな緑の家に1人で住んでいました。

孤独なベム。

お母さんとお父さんは、ベムが小さいころに死にました。

そのうえ住んでいる所が町はずれだから、友達だっていないベム。
彼はいつだって1人ぼっち。

いつも、いつも。

くる日もくる日も、お客さんなんて来やしません。
くる日もくる日も、彼の赤いポストには手紙はきません。

気付けば彼は、1人になっていたのです。
気付けば彼は、独りになっていたのです。

いつかお母さんと行った町への道も、ベムは忘れてしまいました。
赤いはずのポストが青く、黒く見えました。

孤独なベム。

しかし彼も1人の人間です。
人間として生きている以上、思うことはたくさんあります。

楽しい、辛い、寂しい、愛しい、怖い、ムカつく、気持ち良い、気持ち悪い、寒い、熱い、寂しい。

1日でも形容詞が何個あったって足りないくらいの感情がありました。

1人でいたって、自分で採った緑のキノコを食べて『まずい』と思い、
まんまるの満月を見て、『きれい』と思うことはできました。

しかし彼には、それを伝える人がいなかったのです。何を思っても自分の心の中で消化して終わり。

ベムはそれが嫌でした。嫌で嫌で仕方なかったのです。

だからベムはいつも思ったことをすぐ鉛筆で書くようにしていました。
壁でも床でもたんすでもベッドでも。

何かを思ったら手を動かして文字にしたのです。
ベムにとってそれは当たり前のことでした。鉛筆は家じゅうに散らばっていました。

しかし、ベムが書く文字は、普通の人間のものと違っていました。

その文字は、日本語でも英語でもフランス語でもドイツ語でもなく、ただの線や点や丸の集まりでした。

そうです、ベムだけがわかれば良いのですから、
わざわざめんどくさい『文字』である必要はなかったのです。

ベムだけが読める『文字』は、どこから見てもただの『落書き』なのでした。

そうしてベムは落書きと生きてきました。

いつの日か、きっといつの日か。
人間と人間らしく暮らせる日々がくると信じながら。


そんなある日、ベムは何の気無しに部屋の掃除をしていました。

大きな部屋、人の面影なんかなくって、ただの物置。
昔からあるような気がする大きなタンスには何も入っていませんでした。

ベムは1人で暮らしているのですから、部屋はそうたくさんはいりません。
だから物置。ベムの家にはこんな部屋がいくつもありました。
掃除を続けるベム。

ガッ、、

何かを蹴飛ばした音がしました。見下ろすとアルミのような銀をした箱。

持ち上げてみていると中に何か入ったような感じがしました。

ベムはその箱を開けました。

中にはたくさんの新聞紙。
そしてそこには、たくさんの文字。

何の気なしに開けた箱。
ベムは気づいてしまいました。

自分が新聞紙に書かれた文字、文字を読めないことに。

そして目に入ったのは1つの写真。
ぐちゃぐちゃになった、たくさんの人間の写真。

【第2話に続く】

第1話ロンリーべム

蒼き賞
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