2019年8月2日

富岡漁港の帰港式?

今週は、先月26日に“帰港式”が行われ、震災以来8年ぶりに港が再開した、福島県富岡町、富岡漁港の遊漁船「長栄丸」の船主、石井宏和さんのインタビューをお届けしています。


(撮影:橋本栄子)

石井さんはこの地で3代続く漁師で、27歳の時に釣り船の「長栄丸」を建造。原発事故後は、いわき市の港を拠点に、原発沖の魚を採って放射線量を調べるプロジェクト「うみラボ」に参加。帰港式に先立つ6月に、富岡漁港に拠点を戻して、遊漁船を再開しました。

今は家族でいわき市に住みながら“通勤”する形で富岡に通っていますが、いつか富岡へ帰る日はあるんでしょうか?


◆「将来的には富岡へ」

「将来的には富岡に戻ってこようとは考えています。ただ自分たちの置かれている状況、うちの子供たちまだ小さい・・・震災後の子供なんですよ。で、うちの子たちにとっては別に富岡になにも思いってものはなくて、じゃ富岡に戻って何が良くなる?って考えた時に、自分の仕事が近いだけなんですよ。だから家族にとってはやっぱり8年以上もいわきに住んでそこにやはりコミュニティってものがあるじゃないですか。だから上は小学校2年生だし下は幼稚園なんで、そういう話どうしても親の意見が強くなっちゃうじゃないですか。だからある程度、成長してそういう話もちゃんとできるようになってからでいいかなって思います。」


避難指示が解除になった双葉郡の町村には、住民の帰還が進まないという現実があります。それは放射能の問題だけでなく、石井さんの話からも分かるように、避難生活が長びいて、避難先で新しいコミュニティが出来上がっていることが大きく影響しています。

それでも富岡から船を出す、いつかは富岡へ戻りたいというその思いについて、石井さんはこう言います。


◆「バトンをつなぐ」

「結局ここでやり続けることによって、次の世代、もしかすると次の次の世代に、安心して海の仕事が出来る環境にしておきたいっていうのはあります。ここでやらない、じゃやれる環境になった時、それが第一原発が廃炉になった時なのか、それは分からないですけど仮にそうだとして、じゃそこから始めようっていった時に、そこからまた風評っていうものが起きるんじゃないかってふうに自分は考えてるんです。だったらせめてその土台作りでもしとこうかなと。自分がやり続けることによって、その“安全”っていわれているものをちゃんと確立させておきたい。バトンをつなぐっていうんですか。富岡の先輩たちよく言うんですけど、そういうことも自分も関われたらなって感じてます。」




海底の地形や魚がいるポイントを代々受け継いで、そうした“漁師の知識”も誰かが受け継いでいかないと途絶してしまう・・・とも言っていた石井さん。ふるさと富岡町を守ろうとする“富岡の先輩たち”と共に、この先も町の未来を担っていくことでしょう。

LOVE & HOPE、今週は、福島県富岡町の遊漁船「長栄丸」の船主、石井宏和さんのお話でした。

「長栄丸」

2019年8月1日

富岡漁港の帰港式?

今週は、先月26日に“帰港式”が行われ、震災以来8年ぶりに港が再開した、福島県富岡町、富岡漁港の遊漁船「長栄丸」の船主、石井宏和さんのインタビューをお届けしています。


(撮影:橋本栄子)

相馬双葉漁協富熊地区副代表を務める石井さんは現在42歳。この地で3代続く漁師で27歳の時に釣り船の「長栄丸」を建造。原発事故のあとはいわき市の港を拠点に、原発沖の魚を採って放射線量を調べるプロジェクト「うみラボ」に参加。福島の海の再生のために尽力してきました。

じつは帰港式に先立って、6月から富岡漁港に拠点を戻して遊漁船を再開した石井さん。今の福島沖の海は、本格的な操業を自粛している分、震災前とは比べ物にならないくらいの“大物”が釣れるようになっているといいます。


◆「豊かな資源を持続可能なものに」

「一応、兼業でやってましたけど、まあ遊漁船が結構忙しかったので、そちらの方を中心にやってました。やはり関東のお客さんも結構いました。震災前、事故前は、やはりそんなに大きなモノっていうのは少なくなってました。ヒラメとかメバルとかソイとかアイナメ、そういうモノを1年通して釣ってたんですけど、やはり8年以上も本格的な操業をしてなかったので、やっぱり資源が増えただけじゃなくて、魚も大きくなってる。で、いま釣れるヒラメとかアイナメとか、ソイとかメバルなんかも、以前とは比較にならないぐらいのサイズのモノが多く釣れるようになりました。まあ釣りですから、どんなに魚が増えたからって言っても釣れない時もあります。当然です。じゃあ釣れるからたくさん釣っていいのかってことでは無くて、やっぱりその資源をこれから持続的なものにしていかなきゃいけない、生かしていかなきゃいけないってのは、考えながら釣ってかなきゃいけないっては、自分たちもそうだし、お客さんにもそのように言ってます。」





もともと双葉郡沖の海は“常磐もの”と呼ばれる上質な魚があがる海域で、ここで獲れるヒラメやメバルなどは以前は高値で取引されていました。その“常磐もの”の、たとえばヒラメなんかは“80センチオーバー”とか、びっくりするくらいの大物が、いま連日釣れているといいます。

「長栄丸」

今なお本格的な操業ではなく“試験操業”が続いている福島の海。ただ県ではこれまで“国が定める放射性物質の「出荷制限基準値」”よりもさらに厳しい基準値を定めて安全性を確かめてきました。それでもなお風評被害があるなか、福島の海の安全性を伝え、そして震災前より豊かになった海に人が集うよう願いながら、石井さんは船を出しています。

LOVE & HOPE、明日も「長栄丸」の船主、石井宏和さんのお話です。
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パーソナリティ 鈴村健一

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