2015年12月30日

12月30日 浪江・請戸の食文化を残したい

今日も鈴木酒造店、鈴木大介さんのインタビューです。

鈴木さんは、福島県双葉郡浪江町の出身。震災と原発事故の影響で避難を余儀なくされ、現在は山形県長井市で酒造りを続けています。

全町民避難が続く浪江町。
「遠く離れた“ふるさとの味”を次の世代に残したい。」鈴木さんは、酒と関わりの深い「地域の食文化」にも、大きな関心を寄せています。

◆浪江町の食文化をしっかり残したい。
3世代揃うご家庭が多かったが、いまみんなばらばらになっている場合があって、例えばおじいちゃんが畑で採ってきた野菜をおばあちゃんが漬物にして、小さい子どもたちがそれを食べるということをしてきたわけだが、その家庭の味さえ次の世代に伝わらないことが心配される。うちの酒があるが、酒だけを飲む人はいなくてなにかしら料理のメニュー的なものを次の世代に遺せるようにしたい。
浪江町は東から西にすごく広い街。わたしたちは沿岸部の請戸から川が連なって平野部にかけて残っている郷土料理に「がにまき」という料理がある。避難してから食べているひとはほとんどいないと思う。モズクが二という川が二がいるが、海と川を行き来しているカニ。それをすり鉢ですりつぶして、フキンでこしとって、出た汁を火にかける。カニのたんぱく質のかたまりなので、鍋で火にかけて菜箸でころがすと、ころころところがすと玉みたいなものがたまってくる。それを味噌で味を整えて、お汁として楽しむ。この「がにまき」があのあたりの郷土料理としては一番親しまれているものでは。「がにまき」というと地元の人は「食べてなー」「食っちゃなー(食べたいなあ)」と言うと思う。

   
鈴木酒造の代表銘柄は「磐城寿(いわきことぶき)」ですが、他にも「一生幸福」や「親父の小言」などいくつかの銘柄をつくっています。「土耕ん醸(どこんじょう)」もその一つ。鈴木さんにとっては、思い入れの強い銘柄でもあります。

◆「土耕ん醸」とどぶ汁はとっても合う
実は1月に震災前に出していた商品が復活する。それが「土耕ん醸」。「土」「耕す」「醸す」と書いて「どこんじょう」と無理無理読ませていたお酒で、土のフレーバーがする力強いお酒。地元の契約栽培のお米を使ってつくっていたが、それを山形の米でつくるのには自分にはどうしても違和感があるので、どうせなら福島の契約栽培の米でつくりたいと思って。
福島市の契約栽培の農家さんで、震災当時からすごく苦労されていて、少しずつ安全性を証明しながら作付面積を増やしていって、震災からちょうど4年目に、震災前に作っていた「土耕ん醸」の原料米「五百万石」という品種がやっとできるようになった。じゃあそれで「土耕ん醸」を作ろうということになった。
どぶ汁という郷土料理があって、要はあんこう鍋。酒造りをするのが冬の寒い時期で、そんな冬の晴れの料理といえばどぶ汁。あんこう鍋は肝を具にするが、どぶ汁の場合は肝をすりつぶして水を一滴も入れずに野菜とあんこうの汁だけでつくる鍋。なのでとっても濃厚なあんこうの鍋だが、それと「土耕醸」はとっても合う。


震災後初めての出荷となる「土耕ん醸」。現在は熟成の最終段階だそうです。しなやかな熟成感もあって、
味のしっかりした料理にも合いそうな仕上がり、ということ。出荷は1月27日の予定。
お酒を通じてふるさとの食を繋ぐ鈴木さんの挑戦は、これからも続きます。
鈴木酒造店オフィシャルサイト

LOVE&HOPE、明日は福島県富岡町の「除夜の鐘」の話題です。

2015年12月29日

12月29日 浪江・請戸に伝わる1月2日の出初式

福島県双葉郡浪江町で200年近くに渡って日本酒を作り続けてきた歴史ある酒蔵、「鈴木酒造店」。震災と原発事故の影響で、避難を余儀なくされ、現在は山形県長井市で酒造りを続けています。


酒づくりに欠かせないのが「水」と「米」。全町民避難が続くなか、浪江町では2014年度から米の水耕栽培が試験的にスタートしました。

◆浪江の米で酒造りを再開したい
浪江町にはコメ作りの実証栽培が始まって、浪江の環境の中で放射性物質がでるのかでないのかを踏まえた試験的な栽培が2014年始まった。浪江町では放射性物質が検出されないような状況にしようと、一枚の田んぼをつくるのに周りの広大な田んぼも全部除染して、その中の田んぼでコメを栽培した。水も専用の井戸を掘り地下水のきれいな水を田んぼにいれて、結果放射性物質は10ベクレル未満の「不検出」で1年前お米ができて、今年も同じ状況の米ができてている。実は1年目の米ができる前に、安全な米ができるんならその米で酒をつくってみようということになった。今年の3月に常磐道の浪江インターが開設されたので、そのときの振る舞い酒として使わせてもらった。2年目もその米を使って酒をつくる予定で、だいたい2016年2月ぐらいにお酒としては出来上がると思う。
やはりお酒は水と米だから浪江でやろうとするとハードルが高い。それでも自分としてはなんとか段階的にでも浪江で酒造りをやるというのを目標にしているので、実は年明け2016年1月に酒造りをすると酒粕ができるが、その酒粕を浪江町の農地に肥料として使えないかということをいま町の担当者の人と話したりしている。もしそれがうまくいくのなら、これからの浪江の米づくりが楽しみになってくるし、もし自分たちが浪江の米を使って、その酒を販売するとなった場合、やっぱり循環型というか、酒造りも小さな循環だから、それがちょっとでも浪江町の農地再生に貢献できればいいかなと思っている。

 
浪江町は2017年3月以降の避難指示解除を目指していますが、帰還の見通しは立っていないのが現状です。それでも鈴木さんは、将来なんらかの形で、ふるさと浪江で酒造りを再開する日を夢見ています。

◆やっと目の前の塀の上に指先がかかった感じ
実はその酒粕で焼酎をつくろうとしている。浪江町はまだ帰町宣言をしていないが、帰町宣言をして小さな建屋をつくることができれば、いま山形でつくっている酒を浪江の住所で出荷することもできるし、材料をもっていれば、浪江町での再開というのはどういうものであれ、例えばリキュールづくりなり、日本酒づくりなり、どぶろくでもいいので、なにかしらできるんじゃないかと。今までなにもできず目も前に塀があったものが、やっと塀の上に指先がかかったかなという感じ。なんとか3年後には形になっているのではないかと思うし、それまでしっかり自分らも努力していかなければいけないと思う。


あすも鈴木酒蔵、鈴木さんのインタビューお伝えします。
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パーソナリティ 鈴村健一

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