2016年2月22日
2月22日 いわて国体フューチャーアスリート 阿部友里香選手
今週前半は「LOVE&HOPE いわて国体 フューチャーアスリート supported by TOYOTA」と題してお送りします。
いわて国体・冬季大会は、スキー競技が20日(土)から開幕しました。今朝は、東日本大震災を乗り越え、東北各県から戦いに臨む、若きアスリートにスポットを当ててお届けしています。
今朝、注目するのは岩手県・山田町出身の、阿部友里香選手。
![](/cms/thumbnails/e3/e339624ccad2336f53274e89f3c18563.jpg)
この選手は2014年ソチパラリンピックのクロスカントリースキーで「8位入賞」を果たした、日本のホープ。現在20才の阿部選手は、左腕に障害を持っているのですが、小学生の頃からバレーボールなどスポーツに積極的に挑戦。中学生で障害者のスキー競技と出会いました。
◆震災後本格的にスキーをはじめた
2010年バンクーバーパラリンピックをたまたまテレビで見た。障害者スポーツを見るのが初めてだったのだが、こういうこともあるんだなと思って、やってみたいなと思って始めました。本当にたまたまテレビをつけた時に映っていたのがクロスカントリースキーで、もともと小学校の時はゲレンデスキーをやっていたがクロスカントリースキーは初めてでした。スキー協会に電話をしたら今の監督さんを紹介してくれて、監督さんが直接地元に話をしにきてくれた。ジュニア発掘をしていたそうで、それで参加しました。最初は全然できなかったです。初めて体験したのが中学3年生の冬で、地元山田町の高校に進学するつもりだったが震災で家が流されて通えなくなり、その時に被災者を受け入れしている盛岡南高校に、スキー部もあるということで入れさせてもらいました。そこでスキー部に入って本格的に競技を始めました。
スキー競技に本格的な挑戦を考えていた矢先に起きた震災。阿部選手は、こう振り返ります。
◆家が流されただけ
震災はまだ中3だったんですけど、卒業式の練習をしたりと学校にいました。すごい揺れでした。私は職員室にいましたけど職員室のものはすべて落っこちていました。一度校庭に集められてそこから体育館に移動したんですが、町で火事があり山を伝って火が来る可能性があるということで、さらに上の方にある山田高校に移動して一夜を過ごしました。わたしの場合はお家が流されただけで、ショックはショックだったがみんな流されていたのでそこまでは。みんな一緒なので。でもその当時の1週間程度のことはあまり覚えていないです。お父さんが仕事が道の駅なんですけど、そこから迎えに来てくれて親戚の家が山の方にあるので、そこに帰りみんなそこにいました。役場の下に家があったんですけど、みんな火事でやられたのでなかなか近づけなくて、徐々に火が消えたりしてから家のものを探したり、近づいたんですが、ほとんど焼けたり流されたりしていました。今は両親は仮設住宅に住んでいます。
そんなご両親の支えもあって、阿部選手はいま、東京の大学に通いながら、企業の障害者スポーツのジュニアチームに所属。クロスカントリーだけでなく、バイアスロンの選手としても活躍していて、岩手国体のデモンストレーションにも招待されています。
◆バイアスロンの普及につなげたい
岩手国体は完全国体を目指している。もともとバイアスロンは国体種目だが実弾を撃つため銃の免許が必要。一般でも出来る主に自衛隊の選手。そのため何年か前に国体からなくなってしまったんですが、岩手国体は完全国体を目指しているということで、電子銃(レーザービーム)でミニバイアスロン大会という形で小中高、大学生、一般でゲームをやりまして、それにゲストとして出場して楽しくやりました。バイアスロンの普及にも繋がると思いますし、実際に出場した人たちもすごく楽しかったと言ってくれたのでやってよかったと思っています。
「いわて国体・冬季大会」に出場する東北の若きアスリートに注目。きょうは岩手県山田町出身、ソチパラリンピック クロスカントリー日本代表の阿部友里香選手でした。
ちなみに阿部選手、昨シーズンはワールドカップでも表彰台を経験!
![](/cms/thumbnails/8c/8cf88f43dba67b8f13ad3e8ac3bd9a0d.jpg)
今シーズンも、今まさにドイツでワールドカップに出場している最中!次のピョンチャンへむけて注目される選手の一人でもあります。
明日も、阿部友里香選手のインタビューをお届けします。
************************************
夢を追うために大切なこととは
―「スポーツ笑顔の教室 in 岩手・釜石市」レポート その1―
これまで、「いい町・いい社会」づくりを目指し、みなさんとともに取り組んできたトヨタ自動車。ひとつひとつの社会貢献活動が、豊かな社会の未来の「タマゴ」となることを願い、笑顔が生まれるソーシャルアクション「トヨタマゴ」の活動を展開し、Webサイトにて取り組みの様子を発信しています。今年2016年は、活動の一環として、現在冬季大会が開催中の震災復興のシンボル「いわて国体」をサポートしています。
今日はそんな活動の1つ、トヨタグループのチームに所属するアスリートが夢先生となり、被災地の子どもたちとスポーツを通じて交流を深める、釜石市の唐丹小学校で開催した「スポーツ笑顔の教室」をご紹介します。
先日2月3日、日本代表として2011年開催のラグビーワールドカップに全試合先発出場を果たし、現在はトップリーグ、トヨタ自動車「ヴェルブリッツ」に所属する「北川俊澄(きたがわ・としずみ)」選手が唐丹小学校を訪れ、「スポーツ笑顔の教室 in 岩手・釜石市」が開催されました。
![](/cms/thumbnails/ba/ba8d8e30b09993e3169bc5469de8d863.jpg)
東日本大震災の時、約20メートルの大津波に襲われたにも関わらず、災害前からの震災時の行動についての授業により、74名の生徒全員が助かったことで知られている唐丹小学校。今回は5年1組、男子7名、女子6名。欠席もなく、全員参加してくれました。
◆まずは「ゲームの時間」
「唐丹小学校」では、3時間目と4時間目の授業を開催。3時間目は「ゲームの時間」。体育館での体を思い切り動かしての授業です。先生のニックネーム、「トッシー!」と、みんなで呼んで北川先生がみんなに紹介されると、その背の高さに生徒たちみんなから驚きの歓声があがりました。先生の身長は195センチ。体重110キロです。トップアスリートの体格に、みんな興味深々です。
◆「うまくいかないときはみんなで話し合おう」
体を動かしての授業は、先生と一緒に全員で「だるまさんが転んだ」をしてみたり、ボールを床に弾ませて、ボールがバウンドしている間だけ前に進んで、ゴールを目指すゲームで遊びました。先生と13人全員の息が合わないとゲームはクリアできません。そこで、全員で作戦会議を行い、知恵を出し合い、チームワークを高め、ゲームをクリアすることができました。
◆4時間目、「トークの時間」北川先生のこれまで
![](/cms/thumbnails/c0/c0d8f368d8a61a40e8b1a1d654d1f303.jpg)
「先生は子どもの頃、どんな子どもだったでしょうか?1番、のびたくんみたいな子。2番、ジャイアンみたいな子、3番、出木杉くんみたいな子、4番、進撃の巨人だった。」
子どもたちからは大きな笑い声。時折こんなクイズを交えながら授業で、北川先生は自分がいかにして夢を叶えてきたかを子どもたちに語りかけます。子供の頃、体が大きくて気が強く、すぐケンカをしてしまうジャイアンのような子供だったことからはじまり、ラグビーとの出会い、実は、ラグビースクールを何度も辞めようとしたことなど、失敗談やダメだったことも包み隠さず話していました。
さらには、スポーツで感動を届ける大切さ、いろいろなポジションがあっていろんな人が楽しむことができるラグビーの素晴らしさ。自身がスポーツを通じて培ってきたものを伝えようと、着慣れないスーツ姿で子どもたちの前に立つ北川先生は熱のこもった授業を進めていきます。
今では日本代表としても活躍し、ワールドカップという大舞台で世界の強豪と戦うなど華々しい経験をしている北川先生の、決して順調ではなかった道のり。そんな中で、何度も夢を諦めそうになった時に支えてくれた仲間や恩師、家族の言葉の存在や、自分自身が辛い状況から抜け出すために、自分のいいところを見直しながら前向きに立ち直ってきた経験はきっと子どもたちの心に届いたのではないでしょうか?
授業を終えた北川先生は一日を振り返ってこんな感想を聞かせてくれました。
![](/cms/thumbnails/7c/7c4d95f7b7a5a25cbda53b6741013cac.jpg)
◆子どもたちにどんなことを伝えようと思っていましたか?
「自分は小さい頃に特に夢を持っていたわけではないけど、ラグビーと出会って、ラグビー選手になりたいという夢を持つことができて、その夢を追いかけることで前進することができた。今は夢が無いかもしれないけれど、夢を持ったときにはすごい自分のエネルギーになるし、みんなに夢を持ってもらいたいと思って話しに来ました。」
◆一緒にゲームをやってみての感想はどうでしたか?
「元気なことはもちろんなんですが、ゲームへの理解力、解決力は本当に素晴らしいと感じた。僕が言う前に子どもたちから作戦会議しようと言ってきてくれるくらい活発な子たちだったし、その作戦の解決法もかなり的を射ていたので、本当に感心しました。」
◆講義を聞いている子どもたちはいかがでしたか?
「ゲームの時間の明るさをそのまま教室にもっていくのかなと思っていたんですけど、話を聞いている顔がものすごく真面目で、何か一つでも盗んでやろうという眼差しがすごくて、一生懸命聞いてくれているのがすごくわかったのでとっても嬉しかったです。」
◆子どもたちの夢を聞いて感じたもの、得たものはありますか?
「本当に明確な夢を持っている子もいたし、自分が子どもの頃にこういう授業を受けていたらまた違ったかもしれない。子どもたちのしっかりとした夢を聞いて、この子たちに負けないように自分も大人としてしっかりとした夢を追わないといけない、と改めて思いました。」
授業の後には、北川先生から実際にトヨタ自動車「ヴェルブリッツ」の試合で着ているジャージとサイン色紙のプレゼントがありました。子供たちはその大きさにまずビックリ!笑顔で受け取りました。
今回の取組を含め、10月の本大会まで様々なサポートをしているトヨタの様々な社会貢献活動の様子は、トヨタのソーシャルアクション「トヨタマゴ」のサイトから発信されていきます。詳細を知りたい方は、「トヨタマゴ」で検索してみてください。
【アンケート実施中!】
クイズに正解&アンケートに答えた方の中から、50名様にいわて国体 ボランティアグッズとQUOカード1000円分をプレゼント!
アンケートはコチラから
【トヨタマゴ】
笑顔うまれるソーシャル・アクション『トヨタマゴ』サイト
いわて国体・冬季大会は、スキー競技が20日(土)から開幕しました。今朝は、東日本大震災を乗り越え、東北各県から戦いに臨む、若きアスリートにスポットを当ててお届けしています。
今朝、注目するのは岩手県・山田町出身の、阿部友里香選手。
![](/cms/thumbnails/e3/e339624ccad2336f53274e89f3c18563.jpg)
この選手は2014年ソチパラリンピックのクロスカントリースキーで「8位入賞」を果たした、日本のホープ。現在20才の阿部選手は、左腕に障害を持っているのですが、小学生の頃からバレーボールなどスポーツに積極的に挑戦。中学生で障害者のスキー競技と出会いました。
◆震災後本格的にスキーをはじめた
2010年バンクーバーパラリンピックをたまたまテレビで見た。障害者スポーツを見るのが初めてだったのだが、こういうこともあるんだなと思って、やってみたいなと思って始めました。本当にたまたまテレビをつけた時に映っていたのがクロスカントリースキーで、もともと小学校の時はゲレンデスキーをやっていたがクロスカントリースキーは初めてでした。スキー協会に電話をしたら今の監督さんを紹介してくれて、監督さんが直接地元に話をしにきてくれた。ジュニア発掘をしていたそうで、それで参加しました。最初は全然できなかったです。初めて体験したのが中学3年生の冬で、地元山田町の高校に進学するつもりだったが震災で家が流されて通えなくなり、その時に被災者を受け入れしている盛岡南高校に、スキー部もあるということで入れさせてもらいました。そこでスキー部に入って本格的に競技を始めました。
スキー競技に本格的な挑戦を考えていた矢先に起きた震災。阿部選手は、こう振り返ります。
◆家が流されただけ
震災はまだ中3だったんですけど、卒業式の練習をしたりと学校にいました。すごい揺れでした。私は職員室にいましたけど職員室のものはすべて落っこちていました。一度校庭に集められてそこから体育館に移動したんですが、町で火事があり山を伝って火が来る可能性があるということで、さらに上の方にある山田高校に移動して一夜を過ごしました。わたしの場合はお家が流されただけで、ショックはショックだったがみんな流されていたのでそこまでは。みんな一緒なので。でもその当時の1週間程度のことはあまり覚えていないです。お父さんが仕事が道の駅なんですけど、そこから迎えに来てくれて親戚の家が山の方にあるので、そこに帰りみんなそこにいました。役場の下に家があったんですけど、みんな火事でやられたのでなかなか近づけなくて、徐々に火が消えたりしてから家のものを探したり、近づいたんですが、ほとんど焼けたり流されたりしていました。今は両親は仮設住宅に住んでいます。
そんなご両親の支えもあって、阿部選手はいま、東京の大学に通いながら、企業の障害者スポーツのジュニアチームに所属。クロスカントリーだけでなく、バイアスロンの選手としても活躍していて、岩手国体のデモンストレーションにも招待されています。
◆バイアスロンの普及につなげたい
岩手国体は完全国体を目指している。もともとバイアスロンは国体種目だが実弾を撃つため銃の免許が必要。一般でも出来る主に自衛隊の選手。そのため何年か前に国体からなくなってしまったんですが、岩手国体は完全国体を目指しているということで、電子銃(レーザービーム)でミニバイアスロン大会という形で小中高、大学生、一般でゲームをやりまして、それにゲストとして出場して楽しくやりました。バイアスロンの普及にも繋がると思いますし、実際に出場した人たちもすごく楽しかったと言ってくれたのでやってよかったと思っています。
「いわて国体・冬季大会」に出場する東北の若きアスリートに注目。きょうは岩手県山田町出身、ソチパラリンピック クロスカントリー日本代表の阿部友里香選手でした。
ちなみに阿部選手、昨シーズンはワールドカップでも表彰台を経験!
![](/cms/thumbnails/8c/8cf88f43dba67b8f13ad3e8ac3bd9a0d.jpg)
![](/cms/thumbnails/b6/b67cbfc41144bd51f45cec3358facd08.jpg)
明日も、阿部友里香選手のインタビューをお届けします。
************************************
夢を追うために大切なこととは
―「スポーツ笑顔の教室 in 岩手・釜石市」レポート その1―
これまで、「いい町・いい社会」づくりを目指し、みなさんとともに取り組んできたトヨタ自動車。ひとつひとつの社会貢献活動が、豊かな社会の未来の「タマゴ」となることを願い、笑顔が生まれるソーシャルアクション「トヨタマゴ」の活動を展開し、Webサイトにて取り組みの様子を発信しています。今年2016年は、活動の一環として、現在冬季大会が開催中の震災復興のシンボル「いわて国体」をサポートしています。
今日はそんな活動の1つ、トヨタグループのチームに所属するアスリートが夢先生となり、被災地の子どもたちとスポーツを通じて交流を深める、釜石市の唐丹小学校で開催した「スポーツ笑顔の教室」をご紹介します。
先日2月3日、日本代表として2011年開催のラグビーワールドカップに全試合先発出場を果たし、現在はトップリーグ、トヨタ自動車「ヴェルブリッツ」に所属する「北川俊澄(きたがわ・としずみ)」選手が唐丹小学校を訪れ、「スポーツ笑顔の教室 in 岩手・釜石市」が開催されました。
![](/cms/thumbnails/ba/ba8d8e30b09993e3169bc5469de8d863.jpg)
東日本大震災の時、約20メートルの大津波に襲われたにも関わらず、災害前からの震災時の行動についての授業により、74名の生徒全員が助かったことで知られている唐丹小学校。今回は5年1組、男子7名、女子6名。欠席もなく、全員参加してくれました。
![](/cms/thumbnails/68/68e969b93066dd11d22bed2f1eee5a09.jpg)
◆まずは「ゲームの時間」
「唐丹小学校」では、3時間目と4時間目の授業を開催。3時間目は「ゲームの時間」。体育館での体を思い切り動かしての授業です。先生のニックネーム、「トッシー!」と、みんなで呼んで北川先生がみんなに紹介されると、その背の高さに生徒たちみんなから驚きの歓声があがりました。先生の身長は195センチ。体重110キロです。トップアスリートの体格に、みんな興味深々です。
![](/cms/thumbnails/f6/f6a0f7bfdded9d12c26fbf61c4042308.jpg)
◆「うまくいかないときはみんなで話し合おう」
体を動かしての授業は、先生と一緒に全員で「だるまさんが転んだ」をしてみたり、ボールを床に弾ませて、ボールがバウンドしている間だけ前に進んで、ゴールを目指すゲームで遊びました。先生と13人全員の息が合わないとゲームはクリアできません。そこで、全員で作戦会議を行い、知恵を出し合い、チームワークを高め、ゲームをクリアすることができました。
◆4時間目、「トークの時間」北川先生のこれまで
![](/cms/thumbnails/c0/c0d8f368d8a61a40e8b1a1d654d1f303.jpg)
「先生は子どもの頃、どんな子どもだったでしょうか?1番、のびたくんみたいな子。2番、ジャイアンみたいな子、3番、出木杉くんみたいな子、4番、進撃の巨人だった。」
子どもたちからは大きな笑い声。時折こんなクイズを交えながら授業で、北川先生は自分がいかにして夢を叶えてきたかを子どもたちに語りかけます。子供の頃、体が大きくて気が強く、すぐケンカをしてしまうジャイアンのような子供だったことからはじまり、ラグビーとの出会い、実は、ラグビースクールを何度も辞めようとしたことなど、失敗談やダメだったことも包み隠さず話していました。
さらには、スポーツで感動を届ける大切さ、いろいろなポジションがあっていろんな人が楽しむことができるラグビーの素晴らしさ。自身がスポーツを通じて培ってきたものを伝えようと、着慣れないスーツ姿で子どもたちの前に立つ北川先生は熱のこもった授業を進めていきます。
今では日本代表としても活躍し、ワールドカップという大舞台で世界の強豪と戦うなど華々しい経験をしている北川先生の、決して順調ではなかった道のり。そんな中で、何度も夢を諦めそうになった時に支えてくれた仲間や恩師、家族の言葉の存在や、自分自身が辛い状況から抜け出すために、自分のいいところを見直しながら前向きに立ち直ってきた経験はきっと子どもたちの心に届いたのではないでしょうか?
授業を終えた北川先生は一日を振り返ってこんな感想を聞かせてくれました。
![](/cms/thumbnails/7c/7c4d95f7b7a5a25cbda53b6741013cac.jpg)
◆子どもたちにどんなことを伝えようと思っていましたか?
「自分は小さい頃に特に夢を持っていたわけではないけど、ラグビーと出会って、ラグビー選手になりたいという夢を持つことができて、その夢を追いかけることで前進することができた。今は夢が無いかもしれないけれど、夢を持ったときにはすごい自分のエネルギーになるし、みんなに夢を持ってもらいたいと思って話しに来ました。」
◆一緒にゲームをやってみての感想はどうでしたか?
「元気なことはもちろんなんですが、ゲームへの理解力、解決力は本当に素晴らしいと感じた。僕が言う前に子どもたちから作戦会議しようと言ってきてくれるくらい活発な子たちだったし、その作戦の解決法もかなり的を射ていたので、本当に感心しました。」
◆講義を聞いている子どもたちはいかがでしたか?
「ゲームの時間の明るさをそのまま教室にもっていくのかなと思っていたんですけど、話を聞いている顔がものすごく真面目で、何か一つでも盗んでやろうという眼差しがすごくて、一生懸命聞いてくれているのがすごくわかったのでとっても嬉しかったです。」
◆子どもたちの夢を聞いて感じたもの、得たものはありますか?
「本当に明確な夢を持っている子もいたし、自分が子どもの頃にこういう授業を受けていたらまた違ったかもしれない。子どもたちのしっかりとした夢を聞いて、この子たちに負けないように自分も大人としてしっかりとした夢を追わないといけない、と改めて思いました。」
![](/cms/thumbnails/ea/ea7e6ff0411925b9488c5c6212eb9ccc.jpg)
授業の後には、北川先生から実際にトヨタ自動車「ヴェルブリッツ」の試合で着ているジャージとサイン色紙のプレゼントがありました。子供たちはその大きさにまずビックリ!笑顔で受け取りました。
今回の取組を含め、10月の本大会まで様々なサポートをしているトヨタの様々な社会貢献活動の様子は、トヨタのソーシャルアクション「トヨタマゴ」のサイトから発信されていきます。詳細を知りたい方は、「トヨタマゴ」で検索してみてください。
【アンケート実施中!】
クイズに正解&アンケートに答えた方の中から、50名様にいわて国体 ボランティアグッズとQUOカード1000円分をプレゼント!
アンケートはコチラから
【トヨタマゴ】
笑顔うまれるソーシャル・アクション『トヨタマゴ』サイト