2016年12月1日
11月30日 群馬大学・片田敏孝教授(1)
今日は、防災のスペシャリスト、群馬大学大学院教授で広域首都圏防災研究センター長、片田敏孝さんのインタビューです。岩手県釜石市で長年防災教育に携わり、現在も全国各地で、防災の取り組みを指導。「命を守る」「人が死なない防災」が、片田さんの活動のキーワードです。
では、先週火曜日の「福島県沖を震源とする地震と津波」に対する避難の行動は、片田さんの目にどのように映ったのでしょうか。
◆あの日の教訓が生かされたのだろうか
東日本大震災から5年8か月ぐらいたっているが、まだ皆さんの頭の中にあの時の思いが鮮烈に残っているんだと思う。そんな中での今回の大きな地震、そして津波警報、津波注意報ということで皆さんそれぞれ行動をとられたと思う。
ポイントとして「あの東日本大震災の教訓は生かされたんだろいうか」というところに注目してみたい。今回さほど多くの方が逃げておられない、という状況がある。また逃げられた方についても、教訓を生かして逃げたんだろうか、ただ恐怖感に駆られて、フラッシュバックのようにあの時のことがよみがえって、怖くなって逃げたのか。もしただただあの時のことがよみがえって、フラッシュバックのように逃げたというのであれば、経験していない人にはフラッシュバックは起こらないわけだから、次の世代に教訓は引き継がれないということになる。
じゃあどうやったら教訓は生きるのか。長年に岩手県釜石市で防災教育に取り組んできたが、そのきっかけとなったのは、子供たちに「津波が来たら逃げますか?」と聞いたら、「逃げない」と答えたこと。「どうして逃げないの?」と聞いたら、「だって僕のおじいちゃんは逃げないよ、お父さんだって逃げないもん」と答えた。つまり地域の大人たちが逃げていないという状況のままに、子どもたちも逃げないと言っている。子どもたちが逃げないのは、そのように育まれたから。ではいまの状況において「教訓が生きる」というのはどういうことかというと、今回の2016年11月22日の「福島県沖を震源とする地震と津波」においても、皆さんが懸命に逃げる姿、そしてそれが子どもたちもそれを見ながら、「こうやって逃げるんだ」という思いを新たにし、そしてまた、いつの日か津波警報が出るときに、またその時に逃げる。そして、逃げ続けるという行動をとっていくと、その中で育まれていく子どもたちは「いままでもずっと逃げてきたし、これからも逃げるんだ。だってこの地域は津波がよく来るところだから」と子どもたちに刷り込まれるような社会の風習、文化として遺していく。これが次の世代に引き継ぐということだと思う。そしてそれを引き継いでいって、3代4代たったときに、またいつの日か残念なことだが津波のその日を迎えるんでしょう。でもその時に、言わずもがな逃げていく子どもたちの姿が、そこに浮かんでくるんだと思う。
5年たって仮に教訓が生きていないんだとするならば、よくこういう状態のことを「風化」というが、皆さん意外に思われるかもしれないが、広辞苑で「風化」という言葉を調べてみると、最初に「徳によって教化すること」という言葉が出てくる。「徳によって教えと化すことが風化」、これどういうことかというと、当たり前すぎて言うに及ばない状態になったときに、これを本来の意味の「風化」という。そうすると、例えば釜石の子どもたちに「津波から逃げますか?」と聞いたときに、「どうしておじさんそんな当たり前のことを聴くの?」とキョトンとしててくれるくらいが一番いい。それが本当の意味で「教訓として伝わった」ということで、本当の意味で「風化がなされた」「文化化した」ということになる。
「福島県沖を震源とする地震と津波」で避難指示・避難勧告の対象となったのは、およそ26万人。けれども実際に避難した人の数はおよそ9000人とみられています。そんな中、「逃げることが当たり前になることこそが、東日本大震災の教訓」という片田先生の言葉。あなたはどう感じますか?
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