2017年1月12日

1月12日 移動販売車から新しい「さんさん商店街」へ

今朝は、宮城県南三陸町の“未来の担い手”。新しく誕生する「さんさん商店街」に出店を決めた、ある若手料理人のお話です。

3月3日「さんさんの日」にオープンする、本設の「さんさん商店街」。このオープンを一番待ち望んでいるのが、この方かもしれません。震災直後から、暖かい料理を届けるため移動販売車で走り続けた「しお彩」の後藤一美さんです。後藤さんは震災前、南三陸町志津川地区の中心地で飲食店を営み、海鮮を中心に地元の食材で「どんぶり」を提供する、地元の方に人気のお店でした。津波ですべてを流されてまもなく、後藤さんはお総菜の移動販売を始め、コロッケや唐揚げなどの揚げ物から、卵焼き、ひじきの煮物、ポテトサラダなどの手料理を町の人たちに食べてもらおうと、町内を移動販売車で走り続けました。

そして震災からまる6年。今年3月にオープンする新しい「さんさん商店街」で飲食店「しお彩」は再スタートを切ります。

◆「新しいさんさん商店街の旗頭となるようなお店を持ちたい」
お店は「お魚通り」という町の中心部で、地元の食材を使った海鮮どんぶりがメインでした。南三陸町で9年前に立ち上がった「キラキラ丼」という、観光客を呼ぶため飲食店組合の有志が集まり、当時は5店舗でキラキラ丼を出していました。(ご自宅は?)自宅も店舗も別々だったんですが、どちらも津波で流出しまして、丁度妻のお腹に赤ちゃんがいて、3月11日から1か月半後の5月1日に無事に次女が生まれました。それで避難所生活をしていた時に町民の皆さんから「しお彩さん早くがんばって〜。待ってるよ〜」という声を随分いただいて、町に何もなくなって食べるものもないから早く復活してって声をうけて、それじゃ何かをしなきゃいけないって時に移動販売の車を見つけて、これから高台で仮設住宅が出来た時に買い物が不便ということで、まずは移動販売を始めました。(どうでした?町の皆さんの声というのは)仮設住宅に住むというのが私を含めて初めてだったので、狭い台所で料理を作るのが大変だと。私の車が行ってその場で目の前で揚げ物を揚げるなど暖かいものを提供していましたので、皆さん車に寄ってくれて久しぶりに再会する人とか、皆さんと心打ち解けあったというのが印象的ですね。(後藤さんご自身も仮設生活で大変な中、周りの仮設暮らしの方を気づかうのは大変だったのでは?)子供が産まれてまだ落ち着かない状態だったのでやはり自分の家族も大切だったのですが、震災以前に店を3年半やってこれたのも住民の皆さんに支えられたおかげなので、やっぱり恩返しというか、何かで皆さんを元気づけようと思ったんですね。(その移動販売は今まで続けてこれられた?)3月にオープンするさんさん商店街に新しく店舗を構えるので、その準備を考えて2016年12月に終了する形をとりました。(3月から本設のさんさん商店街でいよいよお店をスタートさせるということなんですね)私も前は飲食店やっていたんですが、震災後に移動販売をやって5年半のブランクがあるんですね。それを感じさせないように新しい商店街で「食」を求めて来る方がたくさんいると思うのでそのために商店街の旗頭が出るようにやっていきたいと思っています。今でも商店街に向けて励ましの言葉や「期待しているよ」という言葉をたくさんいただくので、それに恥じないようなお店を持ちたいと思っています。


後藤さん、仮設の「さんさん商店街」で仮設店舗出さないか? と声もかけられたそうですが、買い物に困っている仮設住宅の方、とくにお年寄りに直接暖かい料理を届けたいと仮設店舗は断り、移動販売を去年の12月まで続けていたそうです。

いよいよこの春オープンする新さんさん商店街内の「しお彩」。新しいお店ではどんなメニューで勝負するのか、この続きは明日のLOVE&HOPEでお伝えします!

2017年1月12日

1月11日 南三陸まちづくり未来(2)

今朝は昨日に引き続き、宮城県南三陸町のにぎわいを再生させるための組織「株式会社 南三陸まちづくり未来」代表、三浦洋昭さんのインタビューです。

この春、新たなスタートを切る志津川の「さんさん商店街」と、歌津の「伊里前福幸商店街」。その両方の運営を担うのが、入居する店主たち36人が株主となって設立された株式会社 南三陸まちづくり未来です。

大きな変化を迎える南三陸町。三浦さんはそんな南三陸町のこれからをどのように描いているのでしょうか。

◆三陸道でつながる2つの商店街
(南三陸まちづくり未来でかかわっていく中で、南三陸の町の未来をどんなふうに描いているか?)いま目前に見ているのは「さんさん商店街」が三陸道でつながり、「伊里前商店街」にもつながる。仙台圏と近くなりますので、ファンづくりをしていく。歌津地区は「海の駅」構想ということで進んでます。あっちは海にいちばん近い商店街なんです。50メートルくらいで海なので見晴らしがいい。その海を背景にした商店街にしたらいいんじゃないかと。それで「さんさん商店街」と歌津の商店街の色分けをきちっとして、両方の魅力がわかるように進めております。「さんさん商店街」の完成したのちは、近隣に防災庁舎があるということで、1つの核になるだろうと。世界に震災の発信、そういう惨劇を発信する大きな場所になる。それが大きな地域の力になって行くのかなと思うので、この南三陸町に、町民はもとより町外の方、外国人の方、一年中往来するような地域になればいいんじゃないかなというふうな将来像です。

仙台から南三陸へのアクセス、いますでに三陸道が「志津川」までつながっていますが2017年度に「歌津」まで開通。仙台圏からアクセスしやすくなります。震災の惨劇を伝える中核地域としての「志津川」。海辺の風景と美味しい海の幸が集う「海の駅」の「歌津」。それぞれの個性で、人を呼び込みたいということです。


昭和8年創業の老舗食品販売会社「マルセン食品」の代表でもある三浦さん。町の復興を担う「株式会社 南三陸まちづくり未来」の代表以外にもいろんな顔をお持ちでした。町の未来を描くうえで、どうしてもやりたいことがあるそうです!

◆町民運動会で地域のコミュニティづくり
いろんなことやってるんです。今日芸能発表会委員長、あと体育協会の副会長もやっていて、第一回町民運動会というのも提案している。高台移転してコミュニティが真新しい状態になるので、それを集合して心を一つにするには行事をすることがいちばんなんですよね。集まって飲む回数が増えれば、否応なしに友達になりますから。それが積み重なって絆が深くなっていくと思うので、それを目的として、町民運動会。車押し大会とかで、子供が老人の車いすを押してパン食い競争とか(笑)例えば何月何日と日にちを決めたらその行政区でそれに向けて会合が開かれてですね、責任者がでたりして地域のコミュニティっていうのは自然に構築されていくんじゃないかと思うんです。仮設住宅が小学校とか学校から取れれば校庭が開放されるので、仮設からみんな高台に移転しますよね。落ち着いたらそん時を見計らって一回目を。あと2年くらいかかるんじゃないかと思うんですけど。次なる復興のステップの足掛かりを作っていくというのを、いいんじゃないかと思ってるんですけど。ま、いま言えるのはそんなとこですね。未来像といえば。私は押されてるかもしれないけど。(パン食べてたり・笑)


「株式会社南三陸まちづくり未来」が運営を手掛ける、志津川の「さんさん商店街」は、
28店舗が出店し3月3日開業。一方、歌津の商店街は、8店舗が参加して、3月から4月の開業を目指している。いずれも隈研吾さん設計。

明日は、そんな新しく誕生する「さんさん商店街」に出店を決めた、ある若手料理人に注目します。

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パーソナリティ 鈴村健一

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