2017年9月4日

9月4日 九州北部豪雨 朝倉市松末地区の住民4

先週に引き続き、7月の九州北部豪雨の被災地、福岡県朝倉市からのレポートです。

記録的豪雨で大きな被害を受けた地域の一つ、朝倉市。土砂崩れなどによって1000軒近い家屋が被災。いまも多くの住民が避難生活を余儀なくされています。その朝倉市の中でとくに被害の大きかった 杷木松末の石詰地区は18軒のうち10軒の家が流され、犠牲にあわれた方は5名。いまだ1名の安否がわかっていません。県道と集落をつなぐ道路の大部分が流され、車で入れない状態が長く続いた石詰地区。台風が来ると再び土砂崩れなどが起きる恐れがあるため、懸命の復旧作業が続いています。
復旧が進まず地区の衰退を懸念している、区長の小嶋喜治さんのお話です。

◆10年後も地域の皆さんと暮らしたい
松末石詰地区。16軒あったんですけどそこから上は10軒流されたので、ここら辺だけが数軒残ってるだけです。当日は下の方の地区におったんです。帰ってきたら途中で道が半分なくなっていたので、最初は5人下の家に集まって、6日朝に6名こちらの家に降りてきて、それから井上さん宅に13名、その3ヶ所で避難したんです。(本来避難所は?)避難所は松末小学校やけど避難所にならんけんね、状態が良いところに掛け合うしかないです。私のところは床下ぐらいなんで大丈夫です。電気が通ってないので住んではいない。やっと仮設の道が8月13日にできたのであとは発電機でどうにかするしかないですね。1か月以上経ってやっとここまで来られるようになったから、ボランティアさんとか来られるようになったけどね。それまでは全然入られんかった。荷物取りに川の道を上って、水の中を渡って帰ってたんです道がないけん。水の中を歩いて帰って来るような感じ。
今から河川と道路と上のほうに砂防ダムを作るいうけん、とにかく先に流木の撤去をしてしまわないといかんけん。心配なことはこれからどうしていくか、皆さんの残った土地をどうしていくか。家が流され下に住んで、整地したあとに農地また作るでしょ、そしたらわざわざ下から登ってきてまで作る人はおらんでしょ。今から10年で高齢者になってしまいますもん。農地はできたけど借金もできた状態となってしまいますよ高齢者は。若い人はもう登ってこんですよ。
(小嶋さんご自身はこの地区をどのように残していきたいですか?)そりゃ皆さんと一緒に暮らしたいというのは山々ですね。よそへ行ってもいいんですけど、やっぱり息苦しい感じはありますね。今娘のところに住んでますけど隣近所がいないでしょ、ここに住んでいれば、家を空けててもなんも問題ないですけんね。


この小嶋さんの家は幸い、床下浸水で電気が復旧すれば住むことができるそうですが、集落の18軒中10軒が流されている状況を考えると、“地区として存続”が難しいのでは…と先行きが見通せない状況。まずは復旧作業を早く進めるためにも、台風などで次の土砂災害が起きないことを願うばかりです。

『LOVE & HOPE』、明日は同じ石詰地区から、自宅が流されそれでも家族の命を救った住民の方の声をお届けします。

2017年9月1日

9月1日 九州北部豪雨 朝倉市松末地区の住民3

今日9月1日は「防災の日」。今朝も引き続き、7月の九州北部豪雨の被災地、福岡県朝倉市からのレポートです。

記録的豪雨で大きな被害を受けた地域の一つ、朝倉市。死者・行方不明者は30名を超え、山沿いから流れ出した土砂によって1000軒近い家屋が被災。市内5カ所で通行止めが続き、いまも多くの住民が避難生活を余儀なくされています。その朝倉市では、平成24年の九州北部豪雨を教訓に各地区で「自主防災マップ」をつくり、避難訓練をしたり、指定避難場所までたどり着けない場合の「自主避難場所」を決めていました。

赤谷川に沿う山あいの集落、杷木松末の本村地区で園芸店を営む、岩下さんのお話しです。

◆5年前に決めた「自主避難場所」に逃げた人は助かった
5年前もこういう豪雨災害でも被害なかったわけですよその時。そこはヒグチさんとナガイさんというお宅なんですけど、そこの高台はぜんぜん無傷だった。その時たまたま私、区長していたので、そのあとハザードマップを作ってから、危険場所、避難場所を作成して、豪雨災害、大雨の時は高台だから安全ということで皆さんを避難させてくださいと、その2軒の方にお願いをして快く引き受けていただいたわけです。(それは地域の25軒の皆さんは知っていたんでしょうか?)もう5年前からですから知っていたはずなんですけれども、指定避難場所まで逃げようとした人が亡くなったんですよね、だから途中の道ダメになって車ごと流されて亡くなられたんですよ。だから何人か止めとるんですよ車で行くなって。こっちの決めたところにって。だから止めた方ももう少し強く引き止めればよかったって悔いておられるんですよね。皆さんこんな風になるとは思ってもいなかったし。そこに避難してたのは15名くらいだったと思う。逃げなかった人は7人ぐらいで組んで、逃げ遅れた人を家も潰れかかったところから救出してるんですよ。2人。消防署に電話しても結局道路が分断されてるから来れんわけですよ。だから自分たちでどうかして下さいということで、それでみんなで救出に行ったわけですよ。


平成24年の九州北部豪雨の頃、本村地区の区長をされていた岩下さん。市の指定する避難場所は5キロほど山を下った場所にあって遠すぎるので、その時に安全だった高台の2軒の家を“地域の避難場所”と決めていました。今回の豪雨でもその2軒は無事で、そこへ避難した方の命は守られましたが、家に残った人の何人かは孤立し、車で避難しようとした人の中には濁流に呑まれてしまった方もいます。

河川の氾濫や土砂崩れで、壊滅的な被害を受けている本村地区。果物や花を育てていた岩下さんは家の泥出しをしながら、こう話していました。

◆農地が整地されるのは10年後
私たちの話では、田んぼとか畑が整地されるのは、10年後じゃないやろかって。それを期待してるけど個人の力じゃとても復興のできるような状態じゃないですけどね。だから農業してた人はこれから先のあてはないわけですよね。農地が10年後に復活しても、今60代後半のものは10年後ですよ70何歳ですよ。そしておまけに農機具なんかも流されると農機具は100万200万はしますからね。なかなかできることじゃないですよね。でもこんだけやられたらあんがい諦めがつくんじゃないですか(笑)。こんだけめちゃめちゃになれば、自分の土地はどこやったかいなって、どこからどこまでが分からんような状態ですよ。



頻繁に豪雨災害が起きている日本。決して他人事ではありません。地域の災害リスクを知るのはもちろん、自力で命を守るためにその時何をすべきか想定しておくことも必要なのかもしれません。

『LOVE & HOPE』、来週も朝倉市からのレポートをお伝えします。
«前の記事へ || 1 | 2 | 3 |...| 327 | 328 | 329 |...| 1066 | 1067 | 1068 || 次の記事へ»

パーソナリティ 鈴村健一

メッセージ、ご意見、プレゼントご応募はこちら

特別番組 LOVE & HOPE ~10年目の春だより

TOKYO FM 特別番組 HANABI

「LOVE&HOPE~防災ハンドブック2015」PDF版ダウンロード配信中

アーカイブ

  • いのちの森
  • Support Our Kid's
  • TOKYO FM
  • JFN